バラバラ

U・B~ユービィ~

バラバラ

午前中の授業を終えて、僕は大学の食堂に向かった。

学食はお腹を空かせた人間たちでごった返していた。

僕はいつもの場所に向かう。壁際の4人掛けのテーブル席。

ほぼ毎日つるんでいる姿を見つけた。仲良し4人組が勢ぞろい。

僕の学生生活は彼ら抜きでは語れない。


僕はあいさつをしながら「ハンバーグ定食」が置かれている席に座る。

あらかじめ注文してもらっていたのだ。

大好きなハンバーグを前にして、口の中が唾液でいっぱいになった。


ハンバーグを捉えている視界の右側にヒラヒラと代金を催促している手のひらが見えた。

僕は、その上に五百円玉をそっと置く。

『まいどあり~』という言葉と共に手のひらは視界から消えた。


「いただきます」

僕は大好物のハンバーグに箸を伸ばす。

(やっぱりハンバーグは良いなぁ。ハンバーグを食べられない人生なんて死んだ方がマシだ)

無我夢中でハンバーグを頬張る。



午後1時過ぎ。

僕たちは食事を終えてまったりとしている。

「僕たち」といっても、

メンバーは僕と友達―ハンバーグ定食を用意しておいてくれた―の二人に減っていた。


今ごろ他の二人は午後の授業を受けている頃だろう。

いくら仲が良くても、授業という力の前では我々は引き裂かれる運命なのだ。

あぁ…なんと儚い運命なのだろう。


思わず名言風のとんちんかんな言葉が浮かんでしまった。

満腹のせいだな。知らんけど。



『なぁ お前スプラッター映画大丈夫だったよな?』

横から唐突な話題が飛んできた。

「え?あ、うん。全然大丈夫だけど?」

僕はスマホを見ている友達の方を向く。

『今この動画観たんだけど、お前にも観てほしいんだよ』

スマホの画面を向けられた。


目に入ってきたのは連絡アプリの画面。

サムネイルに浮かんでいる再生マークが目立っている。

「んーどれどれ」

11:29】という受信時刻が表示されている。

今から一時間以上も前。


彼が今から見せようとしているこの動画は、

映像系の専門学校に通う彼の友達から送られてきていた。

友達は動画が送られていた事にさっき気づいたらしい。


『行くぞ』

動画が再生される。わずか十秒足らずの動画みたいだ。

アングルは前後に少しぶれているので、おそらく撮影者は歩きながら撮影したのだろう。

スマホのカメラが捉えていたのは、

道路上に這いつくばっている「上半身だけの女性」だった。


彼女は撮影者の進行方向、左斜め前にいた。

髪型は黒髪のロング。

おそらく白いワンピースを着ているのだが、8割ほどは赤く染まっている。

両腕は肩付近でちぎれている。

這いつくばっているの彼女の顔は、髪で隠れていてよく見えない。

『貞子』みたいな格好になっている。


撮影者は、スマホ画面の中心に女性を捉えたまま前に進んでいる。

女性を捉えるアングルが真横になったあたりで、動画は終わった。


「うわぁ すごいリアルだな」

戦争映画のワンシーンのようだというのが率直な感想。

『やばくね?』

「…確かにヤバいな」

『だろ?なかなかよく出来てるよな?俺らと同い年なのにすげぇわ』

「うん。すごい出来だね」


(ホント、良くできた「作り物」だ)

僕はコップの水で乾いたのどを潤した。



ほぼバラバラ状態の女性を観た最初の数秒間、

僕は「本物」だと思って思わず顔をしかめた。

でも、すぐに違和感に気づいた。

状況が不自然過ぎる。

道路の真ん中に「上半身だけの女性」がいるわけない。

その事に気が付いた瞬間、僕は作り物だと確信した。


そもそもこの動画の撮影者が「映像系の専門学生」という時点で、この動画の真偽は明白だろう。


『この動画の感想を伝えたいけど、アイツに連絡付かないんだよな…またスマホの充電切れたのか…』

しょうがない奴だなというニュアンスで、友達がボソッと呟いた。



僕たちの話題は、動画に出てくるリアルな人体のパーツに移った。

どんな映像処理にどんな特殊メイクをすればこんな映像になるのか…

何度も動画を見返す。


「本当に身体がちぎれているように観えたな…」

『だなぁ。こういうシーン映画で見かける事あるけど、どうやって撮ってんだろうな』

「うーん…ある程度は実写で、残り全部はCGとか?ぜんぜんわかんないけど」

『やっぱCGだよなぁ』

「いやぁ、ホントすごいな。肉片とか散らばっている臓器とかもかなりリアルだ」

『腸とかも飛び出ちゃってんじゃん。細かい部分までようこだわってんな…』

「……」

『凡人の俺らには理解できない世界だな』

「間違いないな」

『てかさ、なんでアイツはこの動画を撮ろうと思ったんだろ。どういう設定なんだ、これ?』

「うーん…」

その時、背後から「人身事故がうんぬんかんぬん」という会話が聞こえてきた。


『へぇ人身事故ね…あ!これ!近くに駅っぽいの見えるな!』

「という事は…設定は【電車に跳ねられた女性】とか?」

『そういうことかも。へぇ人って電車にはねられたらこんな感じになんのか』

「…あれ?てか、これウチの最寄り駅っぽい」

『え?あー、確かに◯◯駅だな』

あれほど盛り上がっていた会話がピタッと止まった。


(まさか…)

そんな考えが、お互いの頭の中を一瞬よぎったのだろう。

僕は背中がゾクゾクする感覚に襲われた。


そんな空気を変えるように、友達が立ち上がって大きく上半身を伸ばした。

『ん~~…はぁ、そろそろバイトに行くとするかな』

「おぉ、がんばれ~」

『がんばる~またな~』

「それじゃ、また明日!」



僕はキャンパスを出て、大学の最寄り駅に向かった。

駅に着いたのは10分後。

改札機にICカードをかざして、ホームに入る。

いつもより混雑している。珍しい。まぁ こんな日もあるか。

自宅の最寄り駅である「◯◯駅」までは、この駅から一本で行ける。

20分ほどの距離。


(次の電車はいつごろ来るんだろう)

僕は電光掲示板を確認する。

「え?」顔が凍りついた。


1129ごろ「◯◯駅」で発生した人身事故のためダイヤが乱れて運行しております】



あの日から、路面にぶちまけられた肉片、臓器が頭にこびりついて離れない。作り物ではない本物の映像。



僕は、肉を見ると気分が悪くなってしまう身体になってしまった。

ありとあらゆる肉料理が食べられない。


さようなら大好きなハンバーグ。


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