まるで絵本みたいなほんわかした世界

 警察犬を引退した老犬ヤマさんが、新たな飼い主セイイチくんの元で、交番(私設)を開いて〝犬のおまわりさん〟としてのお仕事を続けるお話。
 童話です。ファンタジー、というよりは明らかにメルヘンの世界。いや本当に真正のお伽話というか、出てくる人や物事がすべて優しく柔らかい。読者の負荷になるようなところがまったくなくて、読んでいて本当に心が和むんです。この時点でもうだいぶすごい。この緩やかさを保った上で、でも物語の起伏自体はきっちりしているというのは、きっと見た目ほど簡単なことではありません。
 個人的に好きなのがその起伏というか、物語自体のスタンスのようなもの。ミステリ的、と言ってしまうとたぶん語弊があるのですけれど、でも構造的にはいわゆる『探偵もの』に近い読み口のお話だと思います。
 主人公であるヤマさんの〝犬のおまわりさん〟としての活動は、「人から困りごとの相談を受けてそれを解決する」というものであり、まさに事実上の私立探偵そのもの。また人の言葉を話せない彼に代わり、翻訳というか仲立ちのような役回りをするのが、その飼い主であるところのセイイチくん。彼には事件を解決するための能力はないものの、でも彼がいなければヤマさんは〝おまわりさん〟としての活動ができないのも事実で、つまりちょうどお互いを補完し合うような彼らの関係性の、このわかりやすさと安定感。なにより単純に仲良し同士というのもあって、スッと物語に入っていけました。
 そして実際のお話の筋、彼らの解決するちょっとした事件。具体的には少し不思議な失せ物探しということになるかと思うのですが、この辺りの発想というかアイデアというか、世界観に合わせたバランスがもう本当に大好き。だって「体毛の柄をなくして困っているパンダ」ですよ!? 何がいいって「そりゃ確かに困る(解決の必要がある)」というところと、そうなるに至る事情がしっかりあって、それがヤマさんだからこそ解決できたところ。
 一般に「どうにかする必要のある出来事」とか「探偵にしか解決できない何らかの事件」というのは、必然的にそれなりに重かったりハードだったりしてしまうものだと思うのですけれど、でも本作の〝事件〟はそうではない。普通にこの世界の童話的な優しさの範疇に収まっている。この匙加減というかバランスというかが、あまりにも綺麗でうっとりしました。事件を作るのって結構難しいもので、特にそれが「発生から解決までの一連の流れに、まったく違和感のないもの」となればなおのこと。
 こうして書くとなんだか大掛かりなようにも見えますが、お話自体はとにかく優しい、ふわふわした童話のような物語です。ここまで書いたことはあくまで「それはそれとして」というか、読む際には全然気にしなくていい部分。ただそのまま飛び込んで、そして読後にはふんわり暖かな気持ちになれる、とてもゆったりした手触りの童話でした。おにぎり屋のおじさんが好きです。