黒模様を落としたパンダと犬のおまわりさん

春海水亭

おしのびパンダの落とし物

「いぬのおまわりさん こまったらどうぞ」

日本の真ん中ぐらいにある"どこやら町"のセイイチ君の家の庭には、

こんな看板があります。

その看板の下には青く塗られて、交番と表札を掲げた犬小屋があって、

長い鎖で繋がれたヤマさんが事件はないかと待機しています。


ヤマさんは黒い滑らかな毛を持っていて、とても撫で心地の良い大きな犬です。

アナタがもしもヤマさんは撫でたなら、

きっとヤマさんは尻尾を振って喜ぶでしょうし、

アナタだってヤマさんの撫で心地の良さを一瞬で気に入ってしまうでしょう。


人間でいったらもうおじいちゃんのような年齢ですから、

黒い毛にぽつぽつと白いものが混ざっていますが、本犬はまだまだ元気です。


ヤマさんは元々は警察犬で、

十年ぐらい働いた後にセイイチ君のお父さんに引き取られました。

警察犬からただの犬に戻ったので、もう好きなだけお昼寝をしても問題ありません。

しかし、大好きなお昼寝よりも、困った人を助けるのが好きなので、

いぬのおまわりさんの看板を掲げて、

迷子の子供や猫を探したり、落とし物を探したり、

お母さんの代わりに買い物に行ったりします。

そうです、とても賢くて優しい犬なのですよ。


「…………ぐるるる」

「ヤマさん、すごい!新記録だよ!ヤマさんは本当に我慢が上手だね!

 我慢の仕方を教えてもらいたいぐらいだよ!」

ある日のことです、ヤマさんとセイイチ君がが鼻の頭にビスケットを乗せて、

どれほど待てが出来るかを競い合っていたときのことです。

(我慢比べはいつもセイイチ君の方が負けてしまいます)


「すいません、いぬのおまわりさんに用事があるのですが」

そう言って、ヤマさん達に声をかけたのは、

厚いコートと帽子を着て、

顔はティアドロップのサングラスとマスクで隠しています、

手はコートのポケットに突っ込んで、少しも肌を見せない人です。

身長はあまり高くないのですが、お相撲さんみたいに太っているようにみえます。


「パンダみたいなサングラスだねぇ、ヤマさん」

「わおん」

さてさて、何やら事件が起こったようです。

ヤマさんは顔を動かして、ビスケットをひょいと食べてしまいます。

「何か困ったことがあったんですね」

セイイチ君は庭にレジャーシートを敷きました。

(ヤマさんの交番はお客さんを招くには小さすぎますからね)


レジャーシートの上に、ヤマさんはおすわりをして、

セイイチ君とお客さんは体育座りをしました。


「ビスケット食べますか?」

「いただきます」

お客さんにビスケットの袋を差し出すと、

お客さんがポケットの中から手を取り出しました。


「わおん!」

「うわあ!」


ヤマさんもセイイチ君も驚きました。

人間の手ではありません、黒い毛に覆われて爪が鋭く、そしてとてもごついのです。


「内緒ですよ」

お客さんはそう言って、サングラスを外しました。

目の部分は白い毛で覆われていて、その目はとてもつぶらです。

黒目がちというより、ほとんど動物の目そのものと言っていいでしょう。


「……だ、誰ですか」

「……くうん」


内緒ですよと言われても、

ヤマさんにもセイイチ君にもこの人が誰なのかわかりません。

人間じゃないことはわかりますが、そうだからと言って別に有名人に会ったみたいにぺらぺら喋りたいとは思いません。


「ううん……やはりそうですか」

お客さんが頭をかきました。

「信じてもらえないかもしれませんが、私はパンダなんです」

「パンダと言っても……」

「わふ」


ヤマさんは交番の中から動物図鑑を取り出して来て、

パンダの部分に前足を乗せました。

お客さんとは違って、

目の周りには黒い毛が、大きい垂れた目のように存在しています。


「相談というのはこのことです、

 つまり私は目の周りの黒い模様を落としてしまったのです」

「うはぁ、驚いたねぇヤマさん」

「きゃいん」


お客さんは自分を近所の動物園に住んでいるパンダのポンポンと名乗りました。

そして、なんで黒い模様を落としたのかを話し始めたのです


「私は時々動物園をお忍びで抜け出します。

 動物園はそんなに狭くないと言ったって、

 一日中いるのは嫌になってしまいますからね。

 けど、パンダは人気者ですから、バレたら大変なことです。

 パンダなんてここらへんには私しかいませんからね。

 そこで私は頑張って黒い模様を外せるようにしたのです。

 皆さんは私を縞々の白熊とは思いますが、パンダとは思いませんからね。

 えぇ、実はあなた達とすれ違ったこともあったのですよ」


ヤマさんもセイイチ君も驚きました。

そう言えば、この間白熊にすれ違ったと思いましたが、

実のところ、あれは人気者のパンダだったのです。


「私は人間のファッションが好きなので、

 動物園をこっそり抜け出しては、こうやってお洒落な服装を揃えているんですよ」

そう言って、モデルのようにポンポンがくるりと回ります。


「わふぅ……」

「ヤマさんも驚いたのかい、僕もだよ」

ヤマさんもセイイチ君も驚きました。

このトンチキなファッションはポンポンが正体を隠すためだと思っていましたが、

どうやら、ポンポンのお気に入りみたいだからです。

(黒い模様を外すだけで白熊に変装出来るんですから、

 そういえば服を着る必要は無いですもんね)


「というわけで、私の黒い模様を探してほしいのです」

「わおん!」

ヤマさんは早速パンダの匂いをすんすんと嗅ぎました。

匂いを辿っていけば、おそらく落とした黒い模様もすぐに見つけられるでしょう。


「わぁん!」

背をぴいんと伸ばして、ヤマさんが歩きだします。

「じゃあ、ヤマさんについていきましょう」

「はい」

セイイチ君もポンポンもヤマさんを先頭に歩きだします。


「わふ」

ある店の前で、ヤマさんが立ち止まりました。

セイイチ君もポンポンもヤマさんを先頭にぴしっと立ち止まります。


「いらっしゃい、ヤマさんとセイイチ君、おや白熊の人もいるのかい」

「こんにちは、おにぎり屋のおじさん」

「わおん!わおん!」

おにぎり屋さんのパンダおにぎりを見て、ヤマさんが吠えます。


「おにぎり屋のおじさん、このパンダのおにぎりの黒模様は……」

「いい海苔だろ?期限知らずの最高級の海苔だ。

 そして俺の腕、海苔を巻かせたらもう世界一だ。パンダそっくりだろ?」

「……しかし、この海苔は私の模様ではないみたいですね」

美味しそうな海苔を見て、じゅるりとポンポンが涎を垂らします。


「私はおにぎりが……特に海苔が大好きなんです、笹よりもね」

「そうなんだ!」

「わほん!」

「実は他の熊もそうなんだよ」


おにぎり屋さんを離れて、ヤマさんの後を歩きながら、ポンポンが話します。

それにしても笹よりも海苔が好きだなんて、

ヤマさんもセイイチ君も驚かされてばっかりです。


それからヤマさんたちはいろいろなところへ行って、いろいろなものを見ました。

スポーツショップのサッカーボール、おもちゃ屋さんのオセロ、

牧場の牛に、リサイクルショップの古いテレビ。


お昼に出発して、そろそろ日が暮れてしまいますが、

それでもまだまだ黒模様は見つかりません。


「ああ……私の黒模様はどこへ行ってしまったのでしょうか。

 もしかしたら、一生見つからないのでは……」

「わぁん!わぁん!わぁん!」

「ヤマさんは絶対に見つかるって言ってます」

「わおん」

ヤマさんが胸を張る代わりに垂れた耳をピンと立てました。


ヤマさんは走ると疲れるので、少しだけ早歩きになりました。

セイイチ君もポンポンもヤマさんを追って早歩きになります。


どうやらヤマさんが決定的な匂いを見つけたみたいです。


ヤマさんが辿り着いたのは動物園でした。

しかし、ポンポンがいるのとはまた別の動物園です。

「私、ここに来た覚えは無いです」

「ということは黒い模様はここにあるのかな……」

「わん!」

兎にも角にもチケットを買いましょう。


「すいません、小学生と犬とパンダのチケットを下さい」

「はい、小学生と犬とパンダですね」

「あ、ヤマさんはおじいちゃんなのでシルバー割引でお願いします」

「はい、かしこまりました」

小学生料金と老犬料金と大人パンダ料金を払って、動物園のチケットを買いました。

さて、黒模様はどこにあるのでしょうか。


「わふ!」

「パンダだよ~可愛いパンダがいるよ~」

ヤマさんが向かった先は夕方だっていうのに人でいっぱいでした。

そうです、人気者のパンダがいるのです。

「けどここらへんってパンダはポンポンさんしかいないんじゃ……」


それにしてもフシギなパンダです。

目の周りには大きい垂れ目に見える黒い模様があるのに、

黒いのはそこだけで、後は全部真っ白なのです。


「あ!私の模様だ!」

「えっ!?」

ヤマさんがわんわんと吠えます。

どうやらここの動物園のパンダは、

目の周りが黒いだけのニセパンダのようなのです。


「こら!私の模様だぞ!」

ポンポンが叫ぶと、びっくりしたニセパンダが黒い模様を落としました。

ニセパンダも驚きましたが、ヤマさんもセイイチ君も驚きました。

ニセパンダの正体は白熊だったのです。


閉園した後の動物園で、話を聞くことにしました。

「……いや、他パンダの黒模様だったとは大変に申し訳ないことをしました」

動物園の園長が頭を下げます。

「ガウ」

白熊も頭を下げました。

「どうしてこんなことをしたんだい?」

黒模様を取り戻したポンポンが熊言葉で、白熊に尋ねます。

(ポンポンにはたくさんのお客さんが毎日訪れるので、

 いろんな会話を聞いて人間の言葉を覚えることが出来ました。

 おそらくこの白熊はそうではなかったのですね)


「町に白熊が出ると話題でしたが、私なんかは一度も町に出た覚えはありません。

 フシギだなぁと思って、一度町に出てみたら、

 なるほど……私には黒模様を外したパンダだとわかりました。

 しかし、町で白熊に会えるとなると動物園まで来る人は少なくなります。

 注意しようと思ったのですが、アナタが黒模様を落としたのを見て、

 いっそ、私がパンダに変装した方が動物園にお客さんが呼べると思ったのです」

「……ううん、お前がいきなりパンダになって帰ってきたと思ったら、

 そんなことを考えていたのだなぁ」


「むむむ、それは申し訳ないことをしたなぁ……

 黒模様は返してもらわないといけないといけませんが……ううん」

「わんわわんわわわんわん!」

パンダと白熊が頭を捻っていると、ヤマさんがわんわんと吠え始めました。

セイイチ君はヤマさんに質問します。


「それはこの事態を解決する方法?」

「わん」

ヤマさんは首を縦に振る代わりにその場に伏せました。


セイイチ君はヤマさんからはいかいいえで答えられる質問を重ねていきます。

(ヤマさんは首を横に振る代わりにぐるりとその場で回ります)


そして、最終的にこういうことになったのです。


・パンダの黒模様はポンポンに返す。


・ポンポンが外出をする時は、

すっかりと着込んでパンダとも白熊とも思われないようにする。


そして――


「出来た!」

おにぎり屋のおじさんが海苔を使って、白熊に黒い模様を作ってやりました。

白熊には町で会えないということが町の皆にわかるまでは、

白熊はパンダのフリをすることを許されたのです。


「ぐぐぐ……」

白熊が涎を垂らします。

「わん!」

ヤマさんが吠えて白熊を諌めます。


白熊も海苔が大好きなので、目の周りの黒い模様を食べないように必死です。

ヤマさんは待ての特訓を白熊にしてやっているのです。


さて、庭で白熊の我慢特訓をしていた時のことです。

「すいません、いぬのおまわりさんに用事があるのですが」

「わん」

「がう」

「どうしたんですか?わっ……」


「すみません、私の黒い模様を落としてしまって」


今度は黒い模様を落としたシマウマのお客さんです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

黒模様を落としたパンダと犬のおまわりさん 春海水亭 @teasugar3g

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ