第5話 16歳女性の場合

彼はまた、私を置いていってしまった。今度はお互いに思い合いながら。


伯斗さんの一件からもう3年。私は自動的に所長となり、仕事に追われる日々を送っていた。最初の頃は、新しい人材が来ていたが、誰もがこの仕事に耐えきれずにやめていった。これを伯斗さんは何百年も続けていたとなると、今から私はゾッとする。


伯斗さんが罪を償ってから、今までにないことが起こっていた。基本、ここで罪を償った人は周りの人間から記憶ごと存在が消えるはず。でも、なぜか伯斗さんのことは私以外も覚えていた。いつも呼び出しをしてくれる方や、1度しか会ってないはずの私の友達とか。機械の不具合かなと思い、何度か検査をお願いしたのだが機械には以上はないとのこと。それ以降の方の記憶は無くなっていたので、伯斗さんにしか起こらなかった。


伯斗さんの私物は全部上にもっていかれてしまった。彼が集めていた、裁いた人の遺品も。伯斗さんが生きていたという証拠は、私の手元には残っていない。唯一、机と椅子だけは残してくれた。経費削減になるからだそう。


私は仕事の時、伯斗さんが座っていた椅子に座る。孤独な戦いの中で、少しでも大好きな人のことを思い出せるから。それに、いまだに彼の温もりが残っている気がしているから。辛いことがあると、この椅子に座って、1人で泣く。そんな日もあった。


今日は平日なのに、珍しく仕事がない。上がとても忙しくて、色々とメンテナンスをする日らしい。何年経っても、私の仕事量は減らない。自殺者は年々増え続ける一方。こういうレアな休みは、嬉しい。久しぶりに友達の元に行くことにした。


「久しぶり。まだ、彼氏さんは見つからない?」


「まだかな。どこで何してるのかわからなくて。」


ここでいう彼氏は、もちろん伯斗さんのこと。説明が面倒くさくて、一応行方不明になっていると言っている。本来なら、転生したでいいのだが、どこかに、まだ彼と過ごしたかった自分がまだ彼がこの世界に生きていると言いたいのかもしれない。この調子だと受け入れることはできそうもない。


「しおり疲れてない?顔色も悪いし、元気がないっていうか。」


「大丈夫だよ。心配しないで。」


こんなことで疲れたとか言ってられない。伯斗さんはこんなことを1人で何百年も。


「そう?ならいいんだけど。早く見つかるといいね。」


友達の店を後にして、最初で最後のデートで行ったところをウロウロした。伯斗さんが罪を償ってから、彼の背中ばかり追っている気がする。


上の方からメンテナンスが終わったと私のスマホに連絡が来た。問題ないか確認だけしてほしいとのこと。わざわざ休日に確認しにこいなんて。今までは、上に対してそんなに文句はなかったのだが、伯斗さんの私物を全部もっていかれた頃から不信感は募っていく。それ以降も、何かと、彼のことを聞いてきて仕事場を漁られていた。嫌だと断れないのが下請けの性で、いかないわけにはいかなかった。


仕事場に行くと、1人の男性がいた。


「メンテナンスが終わったので、確認よろしくお願いします。」


「私、機械とかわからないので、オッケーなら帰ってください。」


「だいぶ冷たいですね。以前あなたなら、こんなことなかったはずですけど?」


「あなたに私の何がわかるんですか?この仕事の辛さも、私が経験したことも。」


私は珍しく声を荒げた。それにしても、なんなんだこの人。


「あなたの経験したことなんて、俺にわかるわけないでしょ?俺は、あなたではない。しっかり言葉にしなければ、伝わるものも伝わりませんから。」


「なら、さっさと帰ってください。あなたと話していてもイライラしてくるだけです。」


「だいぶ嫌われてしまいましたね。では、失礼しようかと。」


その男は、深く被った帽子に手を当てながら、その場に立ち、振り向いた。


「そうだ。自分家がないんですよ。しばらく、あなたの家に泊まらせてもらえないかなって。」


「何言ってるの?嫌に決まってるじゃない。それに・・・。」


その男は帽子をゆっくりとあげて、その顔を見せた。目の前には私が会いたいと願っても叶わないと思った人が。


「嘘?なんで?」


「ただいま。しおり。」



『あなたに1日だけ差し上げます。そのあとは、私を愛してください。』

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あなたに1日だけ差し上げます。そのあとは・・・ 有馬悠人 @arimayuuta

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