結局、最後は誠意です。

迷いの森の奥深くには、長齢のエルフが一人だけ住んでいる。

自分の年齢すら忘れるほどに、長い時を一人だけで過ごしてきた。

常にじっとりと湿って薄暗いのだから、

木々の隙間から木漏れ日が差し込んできた時に、

ようやく彼はこの森にも太陽が差し込むのだと思い出した。

絶望の夜が無くても、

太陽に目を向けられぬような場所であると、賢者マチキルは思っていた。


無限に等しい魔力とそれらによって行使される魔法は、ほぼ全能に等しい。

太陽が誰かに微笑みを向けぬように、海が命を抱きしめぬように、

神に等しい力を持てば、それ相応の振る舞いが要求される。

一人でも誰かを愛してしまえば、それは無数の愛さぬ者を生じさせる。

故に、彼は深い深い森の中で一人静かに過ごしていた。

それが正しい有様だと信じていた。


人間のように精緻に動くゴーレムも、生命のように振る舞うホムンクルスも、

一人の暮らしを、二人や三人に変えることはなかった。


(正しいってそういうことやろ?)


賢者を孤高の高みから引きずり下ろした勇者も聖女もいない。

もう、二度と見たくない。会いたくない。


「……と、思うてたんにな」

賢者マチキルは頭をかき、目の前の者をみた。


迷いの森の奥深く。

賢者の住処であり、

勇者ワンキと聖女デッキルが賢者マチキルと初めて出会った場所である。

故に、

勇者ワンキと聖女デッキルがここに辿り着くことになんらおかしいところはない。


瞬間移動魔法ウメダエキハツ

世界のあらゆる場所へと飛べる賢者マチキル。

どこへ行くかわかったとしても、

瞬間移動魔法で逃げてしまえば、捕まえることは出来ない。

根気が尽きるまで追おうとしても、無制限の魔力がそれを許さない。

追う側の寿命が先に尽きることは間違いない。


「待ってくれ!」

勇者ワンキが叫ぶ、待てと言われて待つ者はいない。

仮に勇者が神速の動きで瞬間移動が行われる前に彼を捕まえたとして、

移動は何の滞りなく行われる。


「神法『そこをなんとかアンチスペル』」


だが、発動するはずだった魔法は不発に終わった。

魔力を用い、世界を改変するのが魔の法ならば、

神の法とは、今ここにある世界そのものである。


故に、女神アマカラテラスの加護を受け、

神の法を行使する聖女デッキルは、

魔法の存在そのものを否定することができる。


「お、お前……そんなん出来たんか!?」

賢者マチキルは思い出す。


戦いを応援する聖女デッキル、

尽きることのない財力で良い装備品を買い漁る聖女デッキル、

取得した数々の資格で旅をサポートする聖女デッキル。

簿記の資格が思ったよりも冒険で必要になった聖女デッキル。

(こいつ神法とか使ったことないやんけ!!!)


「やったら……出来ました!」

「やったら出来た!?」

「今、やったら、出来ました!」

「今、この場で!?じゃあお前ら準備もせずに勢いだけで来たんか!?」


ほんの少しだけ頬を吊り上げて、聖女デッキルが笑う。

すらりと伸びた雪のように白い人差し指が、賢者マチキルへと突き立てられる。


「ご存知でしょう!?勇者様は勢いで動きます!それが良いところです!!」

「勢いで動いてエライことになったんちゃうんか!?」

「それに……何が出来なくとも、仲間は放って置けない……そうでしょう?」


初めて、賢者マチキルが勇者たちと出会ったことを思い出す。

当時の彼らは、魔王と比べればあまりにもか弱い

風に吹き飛ばされる藁も同然の存在だった。

血筋がそうであったとして、女神に選ばれたとして、

それがどうしたというのだ。


――か弱い人間に、何ができんねん?

――何も出来ないも同然でしょう。それでも、放っておけません

――魔王どころちゃうやろ、魔王の配下将軍やってお前より数億倍強いわ

――それでも、戦って戦って積み重ねれば、いつかは頂きに辿り着くはずです

――楽観論やな

――それでも、今俺達はアナタにたどり着きました


「さぁ、勇者様!見せてやりましょう!私達の謝罪を!」

「ああ!行くぞ聖女デッキル!!」

「なん……やと……」


賢者マチキルの前に並ぶは、

勇者ワンキの土下座だけではない、聖女デッキルの土下座もあった。

二人の土下座が並ぶことで、その謝罪力は二倍である。


「二人土下座やと!?」

「仲間のためなら……私だって下げたくもない頭も下げます!

 それが……仲間の絆というものではないですか!?」

「……お前、謝る気あるんかないんかどっちやねん!!」

「賢者マチキル!!

 つまり聖女デッキルはそれほどの覚悟を持って土下座をしているんだ」

「その覚悟を口に出したら台無しやろ!!」

叫ぶ賢者マチキル。

だが、勇者も聖女も一歩も引かぬ。

その土下座に一片の迷いも無い。


「……俺だって怖かったんだ」

じめじめと湿った土に額を擦りつけ、勇者が言う。

それはある意味で魔王との戦いに挑むよりも勇気を必要とされる告白だった。


「魔王軍の全軍よりも、魔王は強い。

 その魔王を倒した俺達は、魔王を超える怪物も同然だ……

 英雄として手厚くもてなされているが、それはただの見せかけで、

 本当は恐ろしいと思っているのかもしれない、

 あるいは殺意を抱いているのかもしれない」

子どもが大人を試す行動を取るように、勇者もまた、試してしまったのだ。

ただの人間に対する、自身への感情を。

それは、どう考えたって間違っているに決まっている。

それでも、魔王に打ち勝って尚も、孤独という恐怖はそれよりも恐ろしかった。


「いっそ憎まれてしまったほうがいい、その方が楽だから……

 俺はそう思ったよ、初めての酒で気が変になっていたのかもしれない」

「……ヅラん時は素面やったろお前?」

「勇者様の洒落っ気です!」

強く、聖女デッキルは断言する。

賢者マチキルはただ、言葉を飲み込むことしか出来なかった。


「王様に謝られて、俺はなんて馬鹿なんだろうって思った。

 結局、俺が人を信じられなくなってただけだ」

そして、と勇者が言葉を結ぶ。

賢者マチキルの心に結ぶための言葉を。


「マチキル、俺は俺だ。勇者ワンキだ、これからも」


賢者マチキルは憐れだ。

世界を救うと決めたのならば、

感情を捨てた世界じかけの救済機械になれればよかったものを。


己は変わらないが、人は変化する。

己は死なないが、人は死ぬ。

己と、他人は違う。


賢者マチキルは別れるぐらいならば、出会いたくないのだ。

どれほどの魔法を以てしても、孤独だけは一人では癒せぬのだから。


それでも、勇者と聖女に出会ってしまった。


賢者は勇者よ、勇者であり続けろ、と祈ってしまった。

何の間違いもなく、狂うこともなく、勇者であった者になってくれるな、と。


暴れる勇者などは見たくはなかった。

恐れられる、怯えられる、そして人間が敵となる。

美しきものが壊れる様など見たくはなかった。

ならば、永遠に別れようと思った。


しかし、目の前に立っているのはやはり――勇者であった。


「……せやな、ワンキはワンキや。何も変わらんか」

「ええ、勇者様は何も変わりませんとも!」

「儂も大人や、むしろ儂の方が……大人気なかった、すまんかった!」


賢者マチキルが土下座をする。

読者の皆様もお気づきであろう。

土下座を点として、土下座の点と点を結ぶことで美しい正三角形が誕生するのだ。

時の権力者は自らにひれ伏す民を点として繋ぎ、星座のように楽しんだという。

この三角形を見て、皆様も時の権力者のように土下座に思いを馳せていただきたい。


「……それでマチキル、こんなものを持ってきたんだ」

立ち上がった三人は土で額を汚している。だが、それを気にする者もいまい。

勇者ワンキは鞄から箱を取り出した。赤いリボンが結ばれている。

「なんやこれ」


賢者マチキルが箱を開く、賢者と言えどその中身は想像できなかっただろう。

中身は手作りのホールケーキであった。


「デッキルが作ってくれたんだ、俺の誕生日と……パーティーの再結成記念にって」

「デッキル……お前……」

「ふふ、私の食品衛生責任者の資格が生きましたね」


聖女デッキルが笑う。

勇者ワンキも賢者マチキルも笑った。


「さぁ、パーティーをやり直しましょう!今度は3人で!」

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立食パーティーを追放された俺、菓子折り持って詫びに行く 春海水亭 @teasugar3g

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