それでも頭は下げとけよ!

人類が百年ぶりに迎えた優しい夜が終わった。

日は昇る、これからは、何度でも。

その単純な天の法則に感動した者がどれほどいるだろうか。

魔王が死に、百年続いた絶望の夜は終わった。

光を喰らう黒い太陽ではない、青い空には神々しき光を放つ太陽があった。


太陽を背にし、勇者ワンキと聖女デッキルが向かうのは

彼らの旅の始まりと終わりの場所、

旅立ちの儀式を、そして魔王討伐記念パーティーを行ったセンコドロー城である。

世に二つとない木造の城であった。

二人は枯れ果てた世界樹の門を超え、絡み合う木の柱が支える謁見の間へと訪れる。


城下町では何も知らぬ町人が声援を送り、英雄を歓迎する和やかなムードが続いたが

城に近づけば近づくほどに、すれ違う者の顔はなんとも言えないものになっていく。

魔王をも滅ぼす人外の強さを持つ者への恐怖ではない。

守るべき王を傷つけた敵に向ける憎しみでもない。

ただただ、気まずい。


完璧な英雄は存在しないとはいえ、

駄目なところを見てしまったなぁという風である。

勇者パーティーに対する彼らの感謝の念は果てしない。

小学生男子のお母さんへの感謝を10とするならば、彼らの感謝は8兆ほどはある。

小学生男子はもう少しお母さんに感謝したほうがいいだろう。


しかし、それはそれとして気まずいものは気まずいのだ。

そして勇者も勇者で大変に申し訳ない気持ちがある。

謁見の間へと辿り着くまでに勇者は何度深く頭を下げたことだろう。

そして兵士は何度頷きを返したことだろう。

筆者の推測が正しければ、アメリカ合衆国のヘヴィメタルバンドであり、

ジョジョの奇妙な冒険においてもスタンドの名称として登場した、

メタリカのライブにおけるヘッドバンギングの回数ぐらいだと思う。


想定読者層である女子高生の皆様に今更説明することでもないが、

ヘッドバンギングとはリズムに合わせて、頭を激しく上下に振る動作である(wikipediaより引用)

しかし、健康への被害も出ているため、あまり推奨される動作ではない。

皆さんもヘッドバンギングをする際は、大変に気をつけて欲しい。


閑話休題、謁見の間である。

例えば、この部屋の窓である。

窓というものは要するに人間が日光を室内に取り込むためのものであり、

人間のために生まれたわけではない樹木が有しているわけはない。

だというのに如何なることか、職人の精緻なる技工によりて、

それが元々持っていた機構であるかのように、調和して室内に存在している。

窓であり、ランプであり、玉座であり、室内のあらゆるものが

最初からそうであったかのように存在している。


かつては例外として、玉座を飾り付ける金や宝石があったが、今はもうない。

民の生活のために、売り払ってしまった。

かくして謁見の間は、入って思わず「ほう……」と声を漏らすような

自然との調和の空間と成ったのである。


その謁見の間に、勇者ワンキは額を擦りつけた。土下座である。

「大変に申し訳ないことをしたと思っています……」

「頭を上げてくれ、勇者ワンキよ……英雄がそのような姿を見せるものではない」

「いや、そこをなんとか……もうちょっとこの感じを続行する感じで……」

「えぇ……」


聖女デッキルの父にして、

センコドロー王国の王であるトラウィン・センコドローは、

眉間に深く刻まれた皺を、さらに深くして、娘である聖女デッキルを見た。


「そういう感じでお願いします」

「いや……」

「勇者様は深く反省しておられるのです、お父様」

「垂れた頭の下で私を嘲ってたりはしないか?」


しばらく、沈黙があった。

音がないことを決してうるさいとは言わない、

しかし、それは敢えて言わざるを得ないほどに耳にうるさい静寂だった。


しばらくして、錆びついた門が開くように、

ゆっくりと聖女デッキルが口を開いた。


「人間を……信じる心」

「人間を……信じる心?」

「人間を信じる心」

「人間を信じる心?」

「人間を信じる心!」

「人間を信じる心!?」


「そういうことです、お父様」

「お前自身が一番信じるのに時間かかってる気がするんだが……」

「人間を……」

「わかった、もういい」

トラウィン王が手を伸ばして制止する。

年老いた王である。

しかし、伸ばした手は樹齢数百年の霊樹を思わせる威厳を持つそれであった。


「勇者よ……」

その手が根を張るように床に着いた。

一国の王が深く深く地に擦りつけて頭を下げる。


「申し訳ないことをした……」

「なっ、掟破りの土下座返し……!?これはエライことになりますよ!勇者様!」


「十六……いや、もう十七か。

 しかし、そんな少年に、私達は託すことしか出来なかった……

 どれほどの心労があっただろう……どれほどのものを溜め込んだだろう、

 君が暴れたというのならば、それほどまでに追い込んだのは私達だ」

「勇者様、一理あります。大人が全部悪いです」

「……王様、それは違います。俺達は魔王をも上回る怪物も同然も存在です。

 それを暖かく受け入れ、人として英雄として受け入れてくれたのは皆さんです。

 旅の中でどれほどの重荷を背負ったとしても皆様の笑顔こそが……

 その重荷を軽くしてくれたのです。それを気の緩みで……俺こそが悪いのです」

「確かに勇者様も悪いかもしれませんね」

「私こそが……」

「いや、俺が……」


一晩経ち、冷えた頭で考えてみれば、

やはり王は偉大な王であり、勇者は偉大な勇者であった。

二人が共に己の中の罪を抉り出し、

相手に傾きし罪の天秤を自分の元へ傾かせようとしている。


「これはもう、白黒つけるしかありませんね……」

「私のほうが……」

「いや、俺のほうが詫びるに値すると……」


「謝罪の気持ちを受け入れろォーッ!!!!!!」

大砲より射出された砲弾の勢いであった。

土下座姿勢のまま、トラウィン王が土下座突撃をぶちかます。

霊樹の根にも例えられるトラウィン王の脚の力、尋常のものではない。


「老いぼれェェェェェェェェェッ!!!!!

 それは俺のセリフだァァァァッ!!!!」

土下座姿勢のまま、やはり勇者ワンキが跳ぶ。

獣の四足が如く、手足をバネのごとくにもちいての土下座突撃である。


王と勇者の頭頂部が火花を散らす。

真に謝罪をするに相応しい者を決める土下座決闘ドゲンシタトである。

弱き者に土下座の資格は無い。

強き者が頭を下げてこそ土下座に意味が生じる。


土下座決闘ドゲンシタト土下座決闘者ドゲンカシトルモノ達が

お互いの土下座突撃で強さを比べマウンティングしあう究極の死闘。

甲虫相撲のように、浮かび上がらせられ、相手を見下した者が負けなのである。


「すいませんでしたァァァァァァァァァ!!!!!!」

決着は刹那であった。

勇者と言えど、王とは土下座の土俵みやざきけんにおいて、互角である。

しかし、数々の強敵を制した勇者の戦闘能力が、ここでも活かされた。


浮かび上がる王の身体。見下す王。頭を下げる勇者。


「俺がはしゃぎすぎたんです!!本当にごめんなさい!!」

「さすが勇者様……凄まじい謝りっぷり、父上が天井まで吹き飛ばされました」

天井まで吹き飛ばされた王は、ゆるりと着地した。

相手を傷つけない――究極の土下座であった。


「……パーティーのことは許そう」

威風堂々たる王の有様で、トラウィン王が言った。

「だが……」

「だが?」


「本当に謝るべき相手がいるだろう」

「……賢者」

「……マチキル」


「勇者よ!そして我が娘デッキルよ!

 世界を救うには二人だけでは足りぬ!

 賢者マチキルを探し出し、パーティーを結成するのだ!!」

「……はい!」

勇者と聖女、二人の声は重なった。


「3人で、パーティーをやり直そう」


賢者マチキル、世界のどこへでも行ける魔法を持つ。

自分の年齢すらわからぬほど長齢のエルフ。


2人でどこまでも追うのだ。

世界のどこかへと放たれた彼を。

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