立食パーティーを追放された俺、菓子折り持って詫びに行く
春海水亭
「ごめん」で済むと思うなよ!!
「大変に申し訳ないと思っている」
額を土が汚した。
魔王が死んだ、汚染された土壌は地の精霊の管理の下に戻り、
豊かなる恵みが、あらゆる生物種にもたらされていくだろう。
そのような清らかな大地に頭を擦り付けて、勇者ワンキは土下座していた。
魔王のもたらした絶望の夜ではない、正常なる夜のことであった。
「お前、わかっとんのか……」
エルフ族の賢者マチキルは、声だけは落ち着かせようと必死であった。
子どもに語りかけるように、ひどく、ひどく、ゆっくりした口調である。
だが、雪原を思わせる白い肌には、燃える怒りの朱が差していた。
隠しきれぬ怒りをせめて発散するかのように、
マチキルは己の銀のイヤリングを二度、触った。
静寂なる夜に、チャリ、チャリという音がやけにうるさく響いた。
「勇者様……」
土下座をする勇者があまりにも憐れであったが、
だからといって聖女デッキルにはとりなしの言葉が浮かばなかった。
何故、こうなってしまったのだろうか。
聖女デッキルは祈るように杖を握りしめた。
時は戻らぬ、死人は返らない、堕ちた星は沈み、
永遠の歌声は枯れてしまった、魔王が残した絶望も消えることはない。
それでも、人は立ち上がることが出来るだろう。
だから――聖女デッキルは祈った。
勇者様が泥酔してパーティーでやらかしたことも、どうにかなってほしい。
「お前が主役の魔王討伐記念パーティーやぞ!?」
静かな夜に、賢者マチキルの叫び声が響き渡る。
抑えきれなかった感情がとうとう溢れた。
声はほとんど涙まじりで、子供の癇癪のようである。
「なにが悲しくて主賓を追放せんとあかんのじゃ!!」
「はい……全く仰る通りです……」
天より降り注ぐ雷のように、
抵抗する術もなくマチキルの言葉はひたすらに勇者ワンキへと落ち続けた。
魔王は良かった。
あいつが全部悪いので、とりあえずあいつを殺せばなんとかなかったので。
だが、自分が正当な理由で怒られている場合は、
誰かを殺してどうにかなるというものではない。
そして、怒る方も怒る方で信頼できる仲間に説教などかましたくはないし、
見守る方だって、
信頼できる仲間同士が真っ当な理由で荒れている様など見たくはなかった。
いっそのこと、もっかい魔王現れてくれ……
誰にも被害を出さず、ちょろっと頑張ったら倒せるタイプの
勇者、賢者、聖女。魔王を討伐した後でも三人の見据える方向は同じだった。
(((もう、いっそ現われろ魔王……全部有耶無耶にしてくれ)))
だが、勇者としてはひたすらに申し訳ない気持ちでいっぱいであったし、
賢者は最年長であるために、こういう場面で説教をしなければならないし、
聖女も迷惑を被ったのが主に自分の父親なので、見守ることしか出来なかった。
(なにが、賢者や!なにが賢い者や!
こんなことになるんやったら遊び人でよかったわ!
儂を今すぐ遊び人にせぇや!ボケが!!)
「いや、ほんまお前なぁ!
なんでパーティー会場で
(……あれは本当に見たくなかった)
聖女デッキルは思い出す。
勇者をパーティー会場から追放するために、王である自分の父親が土下座し、
謝罪のために、賢者マチキルが土下座した光景を。
そして今勇者ワンキが土下座している。
「なんの連鎖反応や!!アルコールでそんな反応起きてたまっかいな!!」
「はい、ほんとすいません……アルコールの反応は
「お前、結構余裕無い?」
勇気を持って、言わなければならない時もある。
聖女デッキルにそれを教えてくれたのは勇者ワンキだった。
ならば、今こそ言葉を発するべきだろう。
「勇者様はギリギリまで頑張って、ギリギリまで踏ん張って、
どんな時でも諦めない人だから……!」
「アウトなんだよ!!しかも引き伸ばされたギリギリのラインをよォ!!」
「とにかく、申し訳ないと思っています、今後酒は飲みません……避けます……」
「ジョークぶちこんだぞ!こいつ!!」
「思い出してください、賢者マチキル!!
武器を失おうとも最後まで勇気を持って戦った勇者様のことを!!」
「このタイミングで勇気振り絞ってジョーク捻り出すか!?」
「……ごめん、マチキルにもデッキルにも笑ってほしくて……」
「勇者様……」
「無茶言うなや!!お前のせいで
夜に、賢者の声が響き渡った。
だが、その声はどこまでもどこまでも天高く、夜闇に輝く星の光だけが聞いている。
生きる者は皆、眠っていた。夜の獣でさえもそうだ。
魔王がもたらした絶望の夜が終わり、何の不安も持たずに眠れる初めての夜だった。
夜は皆を優しく包んでいた。
土は勇者の額を優しく包んでいた。土下座はまだ続く。
「まぁ、そのアレや……ジャブの話しよか?」
「ジャブ……?」
「王様の頭どついたやん、んでヅラ吹っ飛ばしたやろ」
「大変申し訳無いことを……」
「いや、お前あん時……酒飲んでへんかったと想うんよ」
じわ、と勇者の汗が母なる大地に染み込んだ。
勇者に感情を殺す術はない、人間の感情こそが勇者の力であるからだ。
その勇者ワンキが今、全力で感情を押し殺そうとしている。
しかし、汗だけは抑え込めず、流れた。
「…………飲んでました」
「嘘やろ……ほんまは、お前……」
「…………飲んでませんでした」
「なんで2秒で撤回する嘘吐くんや!!」
「賢者マチキル!勇者様は正直者なのが良いところです!!」
「じゃあ最初から嘘吐くなや!!!」
「王は本当に良くしてくれたと思っています……
ただ、勇者パーティーが無敵だと思っているのか、
割と無理難題吹っ掛けてくるので、無礼講だから良いだろ……
そう思って、あいつのカツラ吹っ飛ばしました……」
「せめて酔った勢いでやったと言ってくれや……!!」
「勇者様は好機を逃さない……
だからこそ、私達が今まで得られた勝利もあったはずです!」
「勇者主賓の!勇者のためのパーティーで!追放されとんねん!!
その最初の一撃やぞ!!」
「いつだって勇者様は私達の切り込み隊長でしたからね……」
「お前の親父のヅラ吹っ飛ばされた話しとんねんぞ!?」
「それでも……それでも私は」
聖女デッキルが城を出て勇者の旅に付いていくと決めたのは、
女神アマカラテラスに選ばれたからではない。
自分でそうすると決めたからだ。
「勇者様を信じます!!もう迷いません!!」
「こいつ疑う余地なく現行犯なんだよなぁ!?」
「……ありがとう」
「お前はありがとうじゃなくてごめんなさいやぞ!!
何度も言うけどそのオヤジのヅラを吹っ飛ばしとんねんぞ!!」
息を荒げ、顔を赤くし、賢者マチキルは叫んだ。
本人でさえどれほど生きたかわからぬほどの長齢である。
しかし、どれほどの年月も、
神が美の模範として創り出したかのような美しさに傷をもたらすことは出来ない。
そんな彼が顔を歪めて叫び倒していた。
「ジャブで、それやお前!!酔ってからがまたすごい!!」
「……はい、ほんとすいません」
「けれど、すごいのが勇者様の持ち味と考えてみるのは如何でしょうか」
「こいつの持ち味でだいぶ不味いことになっとんねん!!」
「それでも勇者様は私のスイートハニーです」
「スイートとハニーで二倍甘いわ!勇者の持ち味ベッタベタやねん!!」
土下座する勇者、叫ぶ賢者、
優しき闇に包まれて、
「もう、ゲロ吐いたのはもう良い!」
「しかし……やはり勇者として人前で嘔吐するのは……」
「ゲロどころちゃうねん!ゲロでマイナス1点だとして、
他で2000とか稼がれたらもうゲロとかどうでもええねん!!」
賢者マチキルの言葉に、聖女デッキルがすらりと手を伸ばし、応じた。
捨て置けぬ言葉であった。
「しかし……勇者様のゲロですよ?」
「お前、どっちの方向に持っていきたいねん!?」
「……魔王を倒し、俺達に道標は無くなった。
俺達はただ、無限の可能性を持て余しているだけなのかもしれないな」
「そういうことです……」
「ちゃうやろ!」
苦虫を噛み潰した、それどころではない。
磨り潰した苦虫の粉末を口いっぱいに流し込まれている。
苦々しいを通り越して、苦々々々々々々々々々々々しく賢者マチキルが続ける。
「とりあえず王様が燃えたな!」
「燃やしました……」
「素晴らしい電撃魔法でした」
「お前の親父が頑丈じゃなかったら死んどったって話やぞ!!」
「……勇者の魔法が見たいというので、つい」
「んで王様、全裸になったな!」
「服を斬りました……」
「王家に伝わる防御魔法をも上回る剣技……さすがでした」
「お前の親父が人前で全裸にされたって話やぞ!!」
「……勇者の剣技が見たいと言うので、つい」
「んで喚き散らして、ゲロ吐いて、
王様土下座してお前をパーティー会場から追放したな!
お前が主賓なんにな!!んで兵士に連行されながらまたゲロ吐いたしな!!」
「はい、すいません……大変申し訳無いです……」
「やはり、ゲロはもう少しポイント高くても良いのではないでしょうか」
「お前の親父ゲロまみれになっとるんやぞ!!」
「土下座した王様にゲロを吐きました……すいません……」
理性的に説教をしよう。
その考えが失われたのは何時だったのか、
賢者マチキルはただ感情のままに言葉を吐き散らかした。
言えば言うほどに己の中で感情は燃え上がっていった。
「もうええ……」
「マチキル……?」
「もう魔王も倒した!お前らに付きおうたる道理も無い……
財宝も全部くれたる!!儂もうえぇわ!!」
「マチキル!?」
「賢者マチキル!?」
世界中にぶちまけられた夜の闇に、数滴の涙の雫がこぼれた。
それで、世界が変わるというわけではない、
夜は夜のまま、闇は闇のまま、ただそこにある。
だが、勇者の世界は変わった。
賢者マチキルは涙を流し、
瞬間移動魔法を用いてどこかへと消えてしまった。
マチキルの銀のイヤリングの残した、チャリという音が。
やけに大きく、勇者と聖者に残った。
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