サヨナラ、小さな罪

達見ゆう

変態にはいろいろな種類がある

 九月に入った途端に急に涼しくなった。八月のあの異常な暑さは幻だったのかと思うくらいだ。


 とはいえ、まだまだビールを飲むには充分な暑さだ。私はいつもの居酒屋「赤の蔵チカラ」へ向かった。女の一人飲みはナンパされる事が多いが、ここはレッドサンダースの熱いサポーターが多い店だ。ナンパより先にJリーグの話やサンダースの最近のスタメン、戦法など、とにかくサッカー談義が多い店で女性一人でも安心できる店だ。


 それにここは路上にテーブルやビールケースの椅子を置いて営業するので、外の風に当たりながら飲むのも心地よい。

 しかも、今日は試合の日だからモニターでパプリックビューイングをやる。ここで皆とワイワイ観戦しながら赤紫蘇レッドサワーを飲むのが定番だ。私は常連客なので混雑しててもピンだから相席でもなんでもして入らせて貰えてる。


「いらっしゃい! おっ! アルタベガ戦以来だね」


「観戦にきたけど、さすがに満席かな? 今日は宿敵鹿嶋ディアズだもんね」


「相席となるならいいよ。外だけどモニターは見えるから」


「じゃ、それで」


 この店では珍しくないことだ。大抵はサポーターなので相席でも試合で盛り上が……。


「蓮見先輩、なんでここに居るんですか?」


「あれ? 偶然だね。屋外で飲みたくて初めて来たけど。ここ、スポーツ居酒屋なんだね」


「おや、知り合いかい」


「会社の……先輩です」


「そっか、知り合いなら一緒でちょうどいいね。で、注文はいつものレッドサワーと本日の『敵を喰うメニュー』でいいね?」


「……お願いします」


 なんで、こんなところに蓮見先輩へんたいやろうがいるのだ。たった一つの憩いの場でもこの変態に侵食されるのか。しかも、この激混みの中でなぜこいつは悠々と入れているのだ。


「そっかあ、君の馴染みの店かあ。そういえばレッドサンダースサポーターと言ってたもんなあ、あっはっは」


 よくわからんが、きっと有休でも使って先に来ててずいぶん飲んだようだ。まあいい、どんな店か理解してるようだし、酔っ払いなら大して会話しなくても大丈夫そうだから、私は試合に集中させて貰おう。今日はさっきも話したが、宿敵の鹿嶋ディアズとの試合だ。そしてお気に入りの赤城君もスタメンだ。

 今日もゴールすれば三試合連続ゴールとなる。それは見逃せない。


 そうして日替わりならぬ本日の対戦相手料理の鹿肉ステーキをツマミに試合を観戦し続けて、三杯目のレッドサワーを口にした時、蓮見先輩がボソッと行った。


「俺さぁ、そろそろやめようと思うんだよね」


「会社ですか? 転職なら早い方がいいですよ」


 適当な相槌を打って試合を見る。赤城君は何度かシュートするもキーパーに弾かれたり、バーに当たったりと惜しいシーンが続く。蓮見先輩へんたいやろうに観戦は邪魔されたくない。それに辞めるならあの恥ずかしい前科を知る同僚はいなくなるし、いろいろ好都合だ。

 って、いけない。赤城君がフィールドを上がっている。シュートを見逃してはならない。


「いや、夜に裸で歩くこと」


「ブフォッ」


 レッドサワーを吹いてしまった。今、なんて言った?


「そろそろタイミング的にもねえ」


「それは一体……」


『ゴォーーールッ! 前半三十二分、背番号三十番赤城慎二のボレーが決まりましたっ!』


 店内に歓声があがり、一気にボルテージが上がる。しまった、衝撃的な発言に気を取られて赤城君のゴールを見そびれてしまった。録画はしているが、リアルタイムは何よりも変え難い。


 蓮見……やはり、いつかは東京湾に沈めなくてはならない。


「最後に今度の日曜の夜に歩くかな。人出が一番少ないし」


「ほ、ほほう」


「なあに、同志じゃないか。来たけりゃ来ていいよ」


 ふむ、ラストランならぬラストマッパか。それはちょっと怖いもの見たさで行ってみようかという気にもなる。どうしようか。いや、待て。私は未だに同志と思われている事は問題ではないか? わ、ワタシもマッパになれと??


 あまりの衝撃的な発言とその後のことに気を取られ、残りの試合内容が頭に入らなかった。赤城君はその後も見事なオーバーヘッドを決めて勝利を決めたがぼんやりしか覚えてない。

 蓮見……やはりいつか東京湾に沈めるしかない。



 そして、その運命の日。さすがにもうマッパは嫌なので、ビキニ姿になることにした。これならギリギリセーフだろう。お巡りさんに見つかったら「今年買ったのに使う機会無かったからせめて着ようと思った」という言い訳も用意したし、肌寒さ対策を兼ねたパーカーも用意した。って、なんで律儀に蓮見先輩に倣ってマッパになる必要があるのだ。まあ、いい、ビキニに着替えてしまったし出かけよう。


 蓮見先輩からもらった「人に見つかりにくいルートマップ」を元にフラフラ歩いてみたら、すぐに見つかった。いた、ラストマッパ。あまり直視したくないが、まあ、ラストだし。


「よぉ、やはり来たか。って、水着姿じゃ真の変態道は極められないぞ」


 だから、あの時は勘違いもあってやらかしただけで私はノーマルで……と言い訳してもなんの得にもならないので笑って誤魔化した。


「いやあ、さすがに夜は冷えるな。この開放感ともしばしのお別れ。お巡りさんに捕まる心配も今シーズンは今夜でおしまい。サヨナラ、小さな罪、だな」


「全然小さくないと思います。軽犯罪かもしれませんが」


 マッパで出歩くのが、なんでこやつにとって「小さな罪」なんだ? それにしてもなんか引っ掛かる物言いだな。なんだろう、この違和感は。


「だって、人に迷惑かけてないし」


「見てしまった人の精神汚染は考えてないのですか?」


「銭湯じゃ、皆裸なのに路上は罪っておかしいよなぁ」


「それは同性だし、入浴という目的あるし、閉鎖空間だしって、ツッコミどころ満載なんですが」


 まあ、蓮見先輩へんたいやろうと不毛な議論してもしょうがない。そろそろ時間だし、帰るか。


「さて、来週からはゴスロリのコスプレして練り歩くか」


 私は勢いよくズッコケてしまった。そうだ、初めて部屋に行った時『ゴスロリして香水にも凝ってる』とか抜かしていたような気がする。つまり秋冬は寒いからマッパではなくゴスロリの女装なのか。なんだよ、変態の見納めと思ったら変態第二形態になるだけかよっ!


「秋冬だと見つかっても単なる白い視線で済むからな。あ、君もやる? 」


「いえ、お断りします」



 蓮見……やはりこいつはいつか東京湾に沈める。……にはめんどくさいから、その辺の荒川の魚のエサになってもらう。


「そうか? ゴスロリの方はアプスタでも上げてるけど、なかなか評判いいぞ」


 マッパのはずなのにどこかから取り出したスマホには女装姿の蓮見先輩が写ってた。

 ……ウソだろ? いいねが五桁だと?! しかも、何だ、この美女は?! メンズLサイズの体つきでなんでこんなにスラリとしたスタイルになるのだ?!


「ほら、着痩せとかメイクとか、いろいろコツがあるんだよ」


 くっ……殺せ!! 女子力がこの変態より下だという事実……!!


 思わず蓮見先輩へんたいやろうから女子力アップを教わる弟子入りしようかという衝動、荒川の魚のエサになってもらいたい衝動。私はひたすら葛藤するのであった。



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