最終話『三春四櫻』
花が散りすっかり葉桜になってしまった滝桜の根元に、私は独り腰掛けていた。
何もする気が起きず、ただぼーっと座って一日を過ごす。一仕事終えた充実感が過ぎた後に残るのは、妙な気だるさだけだった。こういうのも五月病というのだろうか。あれはサラリーマンだけがなるものとばかり思っていたのだが。
「おーい、画家さんよー」
声を掛けて来たのは滝沢だった。ひらひらと手を振りながら、彼はこちらに走って来る。
「何だ、相変わらず辛気臭い面してんなぁ。そんなに滝桜が散ってショックだったのかよ、あんた」
「まぁ、ね」
滝沢の問い掛けに曖昧な返事を返し、私はその場に寝転がった。隣に同じく寝転がり、彼はまた言って来る。
「ま、いいじゃねぇかよ。おかげで神隠しに遭わずに済んだ訳だし。もう一回見たかったら、来年まで待ったらどうだ? 俺的には、葉桜も一興だと思うんだがよ」
「そう、ですね」
頭上に枝を広げる滝桜には、以前程の迫力は無かった。生贄の魂を食べ損ねて、意気消沈しているように私には思えた。
来年、か。果たして春は、もう一度巡って来るだろうか。
「しっかしあんたもつくづく物好きだよな。驚いたぜ。拾った命で何をするのかと思ったら、この町に引っ越して来ちまうんだからよ。相当惚れ込んじまってるみたいだな」
「まぁ、ね」
あえて何に対してかは突っ込まずに、私は応えた。
その反応を照れ隠しと取ったのか、滝沢は「くくく、照れてんじゃねぇよ、この色男が」と、嫌な笑い方をしてみせた。
それ以上は何も言わず、私は緑に茂った枝葉が風に揺れ動く様を、じっと見つめていたが。
「こもれびのこえ……か」
「あ? 何か言ったか、今?」
「いえ、何でも無いです」
もう一度、あの絵を見てみようと思った。聞き返して来る滝沢を残し、私は身を起こす。
その視線の先には、一人の少女の姿があった。
「ふっ。彼女のお出ましか。そんじゃま、邪魔者は退散することにしようかね」
滝沢も起き上がり、彼女に気付いて笑った。愛想笑いを浮かべたまま、彼は歩き去って行く。
それを見送ってから、私は少女に声を掛けた。
「それじゃ、行こうか。幸子ちゃん」
私がそう言うと。
彼女はまた、いつもと変わらぬ笑顔を見せるのだった。
一つ、三春に花が咲き
二つ、桜の滝の音響き
三つ、泡沫の春のご到来でございます
……四つ、三春に……
四度目の春。
それは、私達の中に在った。
「三春四櫻」〜終〜
ミハルヨサクラ すだチ @sudachi1120
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