薔薇と私(2020/10/09)

毎日、私は薔薇ばらに水を与える。この薔薇は私の彼氏、高次こうじがくれたものだ。

毎年、季節になると真っ赤な薔薇を咲かせる。

それを高次に見せると喜ぶ。今年も高次を喜ばせようと思った。


私は薔薇に話しかける。


「今年も綺麗に咲いてね。高次もきっと喜ぶから」


植物に声を掛ければ、成長するとどこかで聞いたことがある。

それを私は実行していた。毎日、日常であったことも薔薇に話しかけていた。

その所為か、真っ赤な薔薇は咲いた。

今年も高次にこれを見せられると思っていたのに。


突然のことだった。その日、カフェで会った高次の様子は変だった。思い詰めたような表情で暗い。


「今日は休日なんだね」

「ああ。有給取って。どうしても美紗に会いたくて」


私は高次の素直な気持ちが嬉しかった。高次が息を吐く。


「別れてくれないか」



私は一瞬、何を言っているのか解らなかった。私の表情を見て高次は目を反らす。


「ど、どうして?」

「好きな人が出来て同僚で」


高次は私に説明する。二股ではなく、勝手に自分が好きになったのだと。

私は引き留めるもなく、別れを承諾した。


その時は意外にも納得がいっていた。

家に帰った私は何もする気が起きなかった。三日三晩、何をしていたかも忘れていた。

気づいたら空腹で、冷蔵庫のチーズやハムを貪っていた。

ぽっかりと空いた心の穴は埋めれなくとも、お腹は空くらしい。

お腹がいっぱいになるにつれ、どうでもよくなっていく。

高次がいない前の日常に戻るだけだ。戻るだけと思ってもやはり、自然と涙が出た。その時だった。


「あーあ。ちょっと」

「は?」


その声の主を私は探した。見つからない。


「ここよ!ここ」

「え?」

「あんたの目の前」


私の目の前には枯れ掛かっている薔薇しかなかった。


「え、まさか薔薇?」

「そうよ。ってか水。三日間貰っていないんだけど」

「えー!えー!」

「驚きすぎ水!くれ!」


私は慌てて、水を薔薇に与える。薔薇は嬉しいのか、少し揺れた。

信じられなかった。薔薇が喋り、水を要求。有り得ない。


「で。大方おおかた、あなたはフラレたんでしょう?」

「どうして?解るの?」

「そりゃあ、見てたからあんたを」

「そ、そうですか。あなたを私にくれた人からフラれました」

「そう。可哀想。でも、それは私と関係ないわ。これからも宜しく!」

「は?」


薔薇は生い茂り、私に笑いかけているように見えた。


「あんたにとって私はフラれたことを思い出すかもしれない。でもね、花は心を癒すわ。綺麗な薔薇は特に」


薔薇の表情は見えないが、微かにドヤっている声色に思えた。

薔薇のくせにドヤ顔するのか。私は次第に滑稽に思えてきた。


「ドヤってる。薔薇がドヤ顔。有り得ない」


私は笑えてきた。とうとう、抑えきれなくなり、爆笑する。


「あっはははは。可笑しい」

「ちょっと、植物に失礼よ。何が面白い?」

「ごめん。薔薇が喋ってる時点でヤバい。ひー」

「全く落ち込んでると思ったら元気になって。あんたって現金ね」

「いや、だって普通」

「まあ、いいわ。元気出たなら。これからも宜しくね。美紗」


視界が真っ白になり、私はベッドで目を覚ました。時刻と日付を確認すると、朝の7時で10/09だった。


高次にフラれた次の日だ。


薔薇が喋り出したのは夢だったのか。


私は薔薇を確認する。薔薇はいつも通りだ。

しかし、水に濡れた後があった。

風もないのに、薔薇が揺れた気がした。


薔薇と私

題材 植物 文字数1,359 製作時間 21:31

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30の世界 深月珂冶 @kai_fukaduki

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