放火犯(2020/10/08)

「僕の妻、叶井かない美佳子みかこは十年前、火事に巻き込まれて死んだ」


やっとのことで両思いになった14歳年上の岩美いわみ亮二りょうじが言った。

私と亮二の出会いは職場だった。

転職してきた亮二を私が教育係として頼まれたことがきっかけだ。


亮二は最初のころ、虚ろな目をしていて、若いわりに覇気はきがなかった。

私はそんな亮二に話をかけたり、励ましたりした。

次第に私と亮二は想いを通わすようになった。

これまでのうつろで覇気がなかった原因が妻の美佳子の死だと、今の言葉ではっきりと解った。


「そう。それは不慮ふりょの事故なの?」

「ああ。不慮の、と言いたいことだけど、違うんだ」

「え?どういうこと?」

「家に放火されたかもしれないんだ」


亮二の重々しい表情が息苦しくなってくる。


「放火って犯人は?」

「解っていない」


私は何故か嫌な予感がした。

私は十年前の10歳の時、近所の友達と遊んでいたころを思い出した。

なぜ、こんな時に思い出すのだろう。

私の顔を、亮二が見る。


「前にお前さ、話してくれたろう」

「前に?」

「火遊びしてお母さんに怒られたってやつ」

「え?あ、話したね」


私は亮二に少し前、母との話をした。

私が火遊びをしていると、母がものすご険相けんそうで怒ってきたことだ。


「なあ、それ、どこでやっていた?」

「どこ?うーん。思い出せない」


私は嘘をついた。本当は思い出していた。

そう誰かの家の前にあった、廃品はいひん回収かいしゅうの為の新聞。私はそれに火を着けた。


「そう。じゃあ、新聞紙に火を着けたことある?」

「し、新聞紙かぁ。ないよ」

「そっか。火事で消失した後にな、子供向けの指輪みたいなのが燃えずに残っていたんだ」

「そ、そう」

「あのとき、24でまだ子供居なかったし、美佳子が大事にしているものもなかった。あれ、すごく不思議思えてな」

「そうなんだ」


私は亮二と美佳子が住んでいた家に放火してしまったのだろう。

はっきりと解った。私の額から冷や汗が流れる。


「お前だったんだな。今、はっきりと解った。じゃあ、お前を殺して俺も死ぬ。好きだったけど、さよならだ」


私の意識はここで途絶えた。


放火犯(了)


題材 火 文字数838 製作時間 27:02

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