有人飛行

雨世界

1 青色の空を眺めていたら、私は空を飛びたくなった。

 有人飛行


 プロローグ


 私は、月にいた。孤独な孤独な場所にいた。(月は孤独な場所だった)


 本編


 月

 

 なんにもない場所。……つまらないね。


 ふと気がつくと、私は月にいた。

 月の、なにもない『月の海』と呼ばれている場所にいた。

 なんにもない大きな月に開いたクレーターの真ん中あたりのところ。本当になんにもない場所。(酸素も、水も、風も、なんにもない)

 そんなごつごつとした灰色の月の大地の上に、私は一人で立っていた。


 しばらく歩いてみると、ちょうど、座ることができるような形をした、小さな岩があった。

 私はその場所に座り込んで、その岩の上で体育座りをしながら、空に浮かんでいるたくさんの星の光を見上げることにした。

 あまりにも、星の光が綺麗だったから、自然とそうしたいと、私は思ったのだった。

 そこからは、とても綺麗な青い色をした小さな地球の姿も見えた。


 そのみんなのいる幸せそうに真っ暗な宇宙空間の中で輝く地球を見て、思わず私はその場所で、一人で、泣き出しそうになってしまった。


 だから私は、それ以上、綺麗な地球を見ることをやめた。


 それから私は、顔を自分の両膝の上に押し当てて、目をつぶって、できるだけ体を丸く、小さくして(それは私なりの絶対の防御の姿勢だった)静かに、……一人で泣き始めた。(結局、私は、泣いてしまった)


 それは、いつものことだった。

 

 ぎりぎりの場所。あと少し押されてしまうと、落ちてしまうところに立っている人。私は、祈る。(……その人が、どうか助かるように)


 地球


 青色の空を眺めていたら、私は空を飛びたくなった。


 新が見上げる空は、青色だった。


 今年、十四歳になる孤独な女子中学生、水野新(あらた)には、ずっと昔から思っていたことがあった。ずっと昔から憧れていることがあった。それはあの青色の空の中を、まるで鳥のように自由に飛んでみることだった。

 新は、いつものように、一人で(ずっと憧れている)青色の空を眺めていた。そこにはなにもない。(余計なものは、一つもなかった)そこにはただ、『永遠の青色』が広がっているだけだった。


 おーい。なに見てるの?


 そんな君の声が聞こえた気がした。(君の、もうずいぶんと見ていないまっすぐな笑顔と一緒に)

 

 空だよ。あの青色の空。なんにもない空っぽの場所。心の中で、新は言う。


 君の大好きな場所だよね。


 うん。そうだよ。にっこりと笑って、心の中で新は言う。


 新はその青色の中に、ぽっかりと浮かんでいる白い月を見つけた。その白い孤独な月を見ていると、新たは今朝見た月にいる自分の孤独な一人ぼっちの夢のことを思い出した。(そして、ちょっとだけ恥ずかしくなった)


「よっと」

 そんな声を出して新は校舎の屋上に寝っ転がっていることをやめて、一人、その場所に立ち上がった。


 それからゆっくりとその顔を笑顔にして、新は歩き出す。


 目的の場所は、……月。


 新は、月に行ってみたくなったのだ。

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