第3話ー理想と現実と恋ー

 そのあとの話はほとんど聞いていなかった。こんなんで僕は本当に冒険者をやっていけるのだろうか?淫魔みたいな人間を超える美しさを持つ魔物に遭遇したらどうしようか。

 そんなアホな心配をしていると周りから威勢のいい「はい!」の声が響いた。当たり前だけど(当たり前じゃ困るけど)僕は何も話を聞かずに彼女の姿を視界いっぱいに映していたわけだから、どうしようとオロオロしてしまう。

 冒険者同士、助け合いの精神は必要である。しかし、やる気のないやつに出す手はない。それ故に僕を助けてくれる優しい人は周りにいない。さて、本格的にどうしよう。


「あの」


「ん?」


 後ろからかけられた声はあまり聞き慣れていない声で、どうしようかと迷っていた僕にとっては救世主の声にも聞こえた。


「1人なのですか?」


 マナさんのことにしか周りの人達には興味がなかったから、こうやって同業者と話をするのはーー特に女性ーー実は珍しいことであるけれど、こう面と向かうとなぜだか緊張してきた。


「は、はい」


 どうしても素直になれない自分が恨めしい。ここですっと「じゃあ僕と一緒にやりませんか?」と言えたらどれだけ楽だろうか。自分の残念さに顔を下に向けてしまう。


「それでしたら、私も1人ですので是非一緒にしませんか?」


 顔を上げる。その言葉を待ってましたと言わんばかりに僕は彼女を目で捉え……先程までは全く興味のなかった彼女自身が目に映り込む。

 目を隠すほどまで伸びていた綺麗な水色の髪がふわりと浮かびその奥のサファイアブルーの瞳が僕の瞳を貫いた。

 理想の女性とは真逆の色。全てを燃え上がらせるほむらとは正反対の全てを浄化する清流がそこにはあった。

 あの人とは真逆の見た目。万人を魅了する理想に対し、心を浄化されるような、別の美しさがそこにはあった。

 見た目だけで判断するのは良くないかもしれないけれど、この人はいい人なんだろうと勘が言っていた。

 だから僕は彼女の手を取り、笑顔で彼女を受け入れた。


 ***


 今でも忘れられない。

 あの日。

 あの日を忘れることはない。


 1人ぼっちになった僕の空っぽになった心に火をくべてくれたあの人を。


 魔物に襲われてもう死ぬしか無かった僕にあの人は命の火を吹き込んでくれた。


 戦闘はすぐに終わった。圧倒的だった。紅蓮の炎が気づけば魔物を灰に化していた。

 いつから息を止めていただろうか。僕は呼吸を止めてその光景をずっと見ていた。


 ポツ。


 頬に何かが落ちる。


「ねえ」


 びくりと体が跳ね上がって、肺が活動を再開して脈を打つ心臓の音が戻ってくる。


 ポツポツ。


 炎が大人しくなっていく。土が全てを飲み込んで、無に還っていく。


「今死ぬのはダメよ」


 一瞬だけ、一瞬だけ彼女がこちらに視線を向ける。

 赤い眼。赤い髪。

 燃え盛る炎よりも赤く深く澱んだ眼が僕を射抜いた。

 恐らくほとんどの人はそれに恐怖するだろうと思うほどに鋭い視線。

 僕はそんな彼女の「強さ」に惚れてしまった。

 強くなりたいと思った。彼女の隣に立っても恥ずかしくないような強い存在になりたいと思った。

 今まで僕の中にあった感情は喪失感だった。

 それを上回るほどの恋慕が僕の体を赤く包み込んだのだ。


 ***


 僕は弱い。それは紛れもない事実で、飲み込まなければならない現実。

 あの日、強くなる決意をした日、僕はあのままのテンションのままこの町に着いた。

 冒険者になりたい気持ちは十分だった。いやむしろ1人で旅を始めた頃を遥かに上回る過剰なやる気があった。

 ただ、それが問題だった。

 僕には才能がなかった。

 それはそれはギルド職員に哀れみの目を向けられるほどには。

 ギルド職員に「頑張れば強くなれますよ」と慰めの言葉を受けた時、僕は恥ずかしさのあまりその場から逃げ出してしまいたかった。

 結果、僕は逃げ出す選択肢すらも選べず流されるままに冒険者の育成機関に入れられた。

 何人もの同業者に話しかけられてもやる気のなさげな僕にみんなは徐々に離れていき、気づけば僕は1人で浮いていた。

 教官もやる気のないやつは要らないと言って、遠回しに僕を必要ないと言っていた。


 どうでもよかった。そんなのどうでもよかった。胸に灯っていたはずの火は既に雨嵐に晒され、いつ消えてもおかしくなかった。

 何より、本当に才能がなかった。

 剣を振っては空振り、槍を振るっては重心を捉えきれず転がってしまい、大盾を構えては相手のどんな攻撃にも耐えきれず吹き飛ばされる。

 僕の憧れでもある勇者は全ての武器を操り魔王を翻弄し倒したというのに、僕はそれの逆だ。ただ一つとして扱える武器がない。


「才能がない」


 その言葉が重く僕の首にのしかかっていた。

 そんな絶望した僕がもう冒険者を目指すことを諦めようとしていたある日の昼。

 本来なら燦々と輝く太陽によってタオルで汗を拭く季節であるはずなのに、今いる森はどんな季節でも涼しく冒険者達を見下ろしていた。

「変わらずの森」

 数千年前からその姿を変えず、魔物が住まうにちょうどいい場所となってきた低危険度領域エリア

 ギルドによって調教されたオリジナルのゴブリンよりも弱いゴブリンしかいない所謂訓練場と言っても差し支えない場所。

 突破率は100%。未だに突破できていないのは僕だけ。


「諦めた方がいい」


 その言葉の後ろにある「才能」の影に僕は引きずり込まれそうになっていて、


「グギャッ!」


 途端、腐臭が僕の周りに立ち込める。

 腐臭の元を見つけるために顔を上げるとそこに居たのは、ゴブリンだった。

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僕が好きになったのは味方の魔法使いでした 安川 瞬 @yasukawasyun

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