第2話ー魔王のいる時代ー

 魔王。

 異常なほどの潜在能力を持って生まれ、魔物を操り度々人類の領土や命をおぼやかす存在。そんな存在がまた現れたという。

 ここ数千年の歴史において何の変哲もない日常。町の人たちは「ああ、いつものことか」と大して驚かずーーいやむしろ商人は盛んに動き出してーー皆、勇者の魔王討伐を信じていた。


「不味いですね」


 ここはギルド。数千年前に魔王が現れてから急激に増加した魔物に対抗するために人類が建てた組織。であると同時に魔物を狩ることで生計を成り立てている冒険者たちの本拠地。

 そんな場所の一番奥。この国で王の次に権力があるといわれる男、ギルドマスターの部屋には暗雲が立ち込めていた。


「ギルドマスター。一部の情報を開示した冒険者たちによる勇者の捜索は未だに続いておりますが……状況は芳しくないようです」


 蒼髪が綺麗な女性、名前は確か「セシル」と言ったか。その女性が筆頭となって結成された探索隊の状況もよくないようで明らかにマスターの顔に動揺が走っていることが目に見える。


「勇者の動向が追えなくなり、魔王の動向も完全に追えなくなったと先代ギルドマスターから遺言を貰って三十年。まさか魔王だけが現れるという最悪な事態になるとは……」


 通常。魔王という存在はある一定の周期で魔物の子供の中から無作為に選ばれて植え付けられる因子である。

 そして勇者という存在は魔王の因子が魔物に付与されたと同時に「勇者の里」という場所から勇者が人類の元に訪れるのである。


 そして、魔王は現れた。にもかかわらず勇者は一向に姿を見せない。どころか、


「喜ぶべきことと言うべきかこれからを憂うべきか、魔王軍は一切の大規模攻撃を人類にしていません」


 セシルが追加の情報をいれる。その情報に安堵するものがいたが、私はその逆だった。

 昔に起こったとされる大規模な魔王軍による侵攻も文献によって現在に受け継がれているだけで私達自身が体験したわけではない。故に私は恐怖しているのだが。


 もう一度外を見る。善良な市民たちは勇者の存在を信じて疑っていない。例えどんな強大な存在が人類に襲い掛かったとしても人類の希望が我々を救ってくれると、そう信じているのである。

 いや、違うな。そう信じなければもたないのだ。心が、体が、恐怖で動かなくなりそうなのだ。

 自分自身が一番知っている。私は……人類は非力だ。一部の才能にあふれるー勇者含めー者たちを省き、私達の種族はとても弱いのだ。

 だから勇者の存在に安堵して、毎日を過ごして恐怖から目を背けて、見なかったことにして、私は……私は……


「まあ、魔王さえ来なけれれば大抵の魔物に抵抗できそうですけどね」


 部屋が静まる。発言者は先程から話題の中心にいるセシル。当の本人はこの部屋に二つしかない窓の外を見ながら言葉を繋いでいく。


「みなさんは、人類の抵抗の象徴、母体であるギルドの職員ですから知っていると思いますが」


 その前提の言葉に周りの一部の職員の肩がびくりと震える。……?どうして肩が震えているのだろうか?


「今ギルドにいる上位冒険者は強いです。もう一度言います。強いんです」


 可愛い系というよりかは美人系、そういう印象があるセシルの口から放たれた衝撃の言葉。ああ、勿論人類側からしたら人間が強いという言葉に驚くだろう。だが私はそれ以上に彼女の口から「めちゃくちゃ」なんていう言葉が出るとは……。


「先程も述べた通り魔王クラス、幹部クラスの魔物が来ない限り人類の剣は折れないと私は信じています。まあ皆さんそれをご存じでもなお先程から一喜一憂を繰り返していることは知っていますがね?」


 ガタガタという擬音が一部から聞こえてくるのだが大丈夫なのだろうか?

 確かにこのセシルという女性は謎の威圧感を放つときがあるのだがーー私が鈍感なだけ?ーー

 残念ながら私自身は裏方……というか正式なギルド職員というわけではないので、冒険者の強さや事情に詳しくはない。がセシルの言うことが本当なのだとしたら人類の反撃とまではいかなくても、防衛線を張ることはできるのだろうか。


「ふふ」


 窓の外を眺めていた、蒼髪の女性が唐突に笑みを零す。まるで外に恋焦がれた何かがいるような、そんな表情。

 私自身も気になってすぐに窓の外に目を向ける。

 だが、私の視線に入ったのは黒髪の少年だけでとても彼女が恋焦がれるような存在はどこにもいなかった。


 ***


 今日も街の中を駆け抜けて、一つの建物を目指していく。

 街の中でも一際大きくて目立ちそして街を守る結界でもあるのかなって程に街の中心に置かれている建物。ギルド。

 僕は今日もそこを目指して朝早くから宿屋を飛び出していく。

 僕は両親の顔をよく覚えていない。物心つく頃にはまだいたような気がするけれど、僕の記憶にはほとんど残っていない。

 ……僕を置いてどこに行ったのかなんて知らないし、もう興味もない。子供一人を置いてどこかに逃げる親の性格なんて底が知れているに違いないしね。


 何より、今の僕には生きがい、いや、生きるためにしなくてはならないことがある。

 冒険者稼業だ。いや、見栄を張った。冒険者になるための勉強だ。

 冒険者。そう呼ばれる存在にどれだけ憧れたか。人類の剣。それが冒険者。人類の盾と呼ばれる近衛騎士団とはまた別ベクトルの強さを持つ存在達。

 僕の夢はそんな冒険者になることだ。

 もちろん、夢物語かもしれないし既に軽く絶望しかけているけど、僕はどうしても諦めがつかなかった。


 僕自身よく聞かれるのだ。

 対して頭がいい訳でもないし、基礎体力だって平均かそれ以下なのにどこからそのやる気は溢れるのかと。

 僕はそれに毎回こうつく。


「お父さんが元々冒険者だったから」


 これ自体は事実ではある。物心着く直前の記憶。腰に剣を下げた父さんの後ろ姿が鮮明に残っている。

 だけど、父さんが冒険者らしきなにかだったから僕も冒険者になることを諦めている訳では無い。それはきっかけに過ぎないんだ。


 本当の理由は恥ずかしくて誰にも言ってない。


「遅いぞ!リュオ!どうしてもっと早く来れないんだ!」


「す、すみません!」


 僕がいつも使ってる宿屋からギルドまで距離があるせいで毎回遅れしまう僕を教官はいつものように叱ってくる。こればっかりは僕の管理不足故のことだからしっかりと謝罪する。

 今日はいつもよりも半刻も早く出たつもりなんだけどな……。


 怒られた僕は猛省して気分を落ち込ませている……はずなんだけど、僕はこの冒険者を目指す人達が集合するタイミングがすごく好きで楽しみにしている。

 それは何故か、それは僕が誰にも言っていないが関係している。


「ッ!!////」


 後ろ姿だけでわかる。いいや髪の毛だけでわかる。いいや、存在感だけで、わかる。


 彼女だ。彼女がいる。


 心臓の跳ね上がりを感じる。最新の魔道具である銃を打った時の反動を超えるリコイルが僕を襲う。

 彼女の名前は「マナ」

 僕と同じ冒険者志望の女性で、

 世界に有数しかいない程の魔法の使い手で


 僕が恋した赤髪の女性。

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