僕が好きになったのは味方の魔法使いでした

安川 瞬

第1話ープロローグー

「お母さん!!??」


 お母さんの断末魔を目の前で聞いた。


「お父さん!!??」


 お父さんの胸から飛び出る剣を見た。


「っ!!??」


 美しい「紅」をその目に収めてしまった。

 ただただ恐ろしかった。背筋が震えた。涙が止まらなかった。

 ーー自分の弱さに反吐が出そうだった。

 そんな大量の感情が渦巻く中で一際光を放つ感情があった。


 そう「美しい」

 こんな状況ですらも僕は恐怖よりも「美しさ」を感じていた。

 僕はその炎に恋をしたのだ。


『……』


 殺戮者が目の前に立つ。

 そう。それは殺戮者だ。


「あ……」


 一気に心の炎が鎮火する。真っ赤な顔が青に染まるまでに時間はそう掛からなかった。

 初めて殺戮者の顔をまじまじと見る。

 魔法のように猛る紅い髪。割れた仮面の奥にある燃え滾る紅の瞳。スラっとした体形で、とても僕のお父さんを刺殺したようには思えなくて……え?女性?


 ーー神速が目の前に現れる。


「え……」


 風の塊が目の前で爆ぜて、気づけば僕は吹き飛んでいた。いや、考えるのは後だ。思考による事実の確認よりも先に本能による姿勢の制御を優先する。

 背中から地面に激突することだけは防ぐために受け身を取ろうとする。

 が、


『しっ!!』


 またもや神速が駆ける。僕の意識の埒外から恐らく……蹴りが飛んでくる。いやほんとにこれ蹴りなの?蹴りってレベルじゃないぞ、これ。言うならば鈍器で殴られるようなそんな感じ。脳が震えるほどの威力に、僕の思考にも靄がかかる。

 結局受け身を取る余裕なんてなく僕は地面に無残に放り捨てられる。ああ……強い強いなんて持て囃された僕も絶対的な強者の前ではこれか……いや、当たり前のことか。上には上がいる。当然の摂理。ただ圧倒的な力でそれを示されただけ。

 これがいつも通りの日常の一コマだったのなら、この戦いを糧にして僕はまた強くなれるのかもしれない。でも、それはもうあり得ない。


 一瞬でも恋情に目覚めた僕がばかだった。一瞬でも思考が鈍った僕がバカだった。一瞬でも目の前に広げられた非日常を理解するのに遅れた僕がバカだった。

 結果、僕はこうして人生の幕を下ろすのだから。

 こうして……自分に課せられた役目を……自分の家系をここで終わらせてしまうことを、後悔しても後悔しきれない。


『ごめん。お父さん』


 小さく父さんに懺悔する。


『お前……』


 無機質な声。男性というには少し高すぎる声。


『なるほど。ここが宿の住む里だったか』


 なんとなくだけれど口角が上がっているような気がする。

 靄かかった思考を限界までフル回転させて、この状況からでもまだ生存を目指してみる。


『ダメだな。ここをお前の墓にはできない好敵手よ』


 そういった彼女は先ほどとは違ったゆったりとした動作で近づいてくる。

 そして僕の元までやってきた彼女は蹴るわけでも攻撃するわけでもなく、僕の頭をつかんで……


「うぁ……うぅ……」


 宙ぶらりんとなった僕の視界の全てに彼女の姿が映し出される。


『私は人間が嫌いだ。だが同時に魔物全ても亜人も嫌いだ。全て全て嫌いだ。信じられるのは自分だけだと思っている』


 仮面の奥の美しい宝石がギラリと光る。


『故に魔王なんていうこんな役柄も真っ平ごめんだ』


 魔王。その単語に僕の脳が激しく警鐘を鳴らす。

 知っている、いやそういうレベルじゃない。僕の、いや人類の敵が今目の前にいる。僕が殺さなければならないーーそういう定めーー存在と僕は今対面している。


『……私は正直こんな世界に未練はない。さっさと死んでも構わないとまでも思う……だが!!』


 ミシミシという嫌な音が耳の真横で鳴り響く。


『私は死ねない!!永遠の苦しみと苦痛を自分自身に与えても私は死ねないのだ!!!この体は!この体に流れる血液は穢れている!!』


 ふと、僕の体から鳴り響く嫌な音が消える。拘束が弱くなったのを確かに感じる。


『私を殺せるのはお前だけなのだ。そんな存在を……渇望してた存在をここで見つけれたのは行幸だ』


 彼女。好敵手である魔王が片手を僕の目の前に持ち上げる。

 痛みや出血で視界は既に赤く充血している。いや、これは彼女自身が無意識に放っている綺麗な「紅」なのだろうか。


『強くなって、また私の前に現れろ。我が好敵手ライバル


 瞬間。ガラスの割れる音が頭の中で響く。

 僕の中の何かが壊れるような音。砕けるような音。無くなるような音。


 それは、


 それは、


 それは、


『今は力を養えろ、そして来る刻を待て』


 僕の使命意識はそこで潰えた。

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