第3話 愛を告げる日

 ルカが目を覚ました場所は、ピンクゴールドを基調とした煌びやかな部屋だった。ここはきっと、ディーナの部屋なのだろう。あまりにもお嬢様感が溢れた部屋に、思わず頭がくらくらしてくる。


「ごめん、ルカっ!」


 しかも、ルカが起きたとわかるや否や、ありえないことにディーナが頭を下げ始めたのだ。ルカは当然のように唖然とし、しばらく何も言うことができなくなってしまう。

 一つだけハッキリと言えることといえば、ディーナのステージが終わってから意識を失ってしまい、遠い記憶を思い出していたということだろう。

「……ディーナ姫。ど、どうなさいましたか」

 やっとの思いで口にしたのは、魔法使いとしてのルカの言葉だった。例えルカの大切な幼馴染だとしても、今は歌姫ディーナなのだ。礼儀を間違ってはせっかくなれた魔法使いもクビになってしまうかも知れない。だから必死に背筋を伸ばしてかしこまったのだが、

「もうっ」

 どうやらディーナ――コノハはその態度が不服のようで、あの頃と同じように頬を膨らませる。ルカは観念して肩の力を抜いた。

「コノハ」

「……よろしい」

 機嫌がころころと変化するのもあの頃と変わらないようだ。

 コノハは満足げに口角をつりあげると、これまでの経緯を説明し始めた。


 ルカが今日、魔法使いとしてデビューする。

 魔法使い一人一人の名前を確認していたコノハは、そのことを事前に知っていたのだという。ルカと再会できるのが嬉しくて、コノハは使用人にある頼みごとをした。

「ステージが終わったら、ルカ・クライスをさらってきなさい。個人的に話があるの」

 と仰々しく言った結果、ルカは気を失う羽目になり、長い夢を見て、ディーナの部屋で目を覚ました。と、いうことらしい。

「ごめんね、どうしてもルカに会いたくて。……それと」

 コノハは小さく息を吸い、コバルトブルーの瞳をまっすぐ向けてくる。


「あの時のリベンジがしたかったの」


 コノハの言葉に頷かない程、ルカは馬鹿ではなかった。

 今日は別にコノハの誕生日ではないけれど、コノハと再会できた記念の日ではある。――とか言いつつ本当は理由なんていらなくて、ただ二人で飛びたいだけなのだ。ずっとあの頃の出来事が忘れられなかった。苦い思い出でもあるけれど、コノハのことをただの幼馴染だと思わなくなった日でもあったから。


 お屋敷の外に出ると、ルカはおもむろにコノハの抱き抱えた。

「……じゃあ行くよ、コノハ」

「うん!」

 あの頃と同じような元気な声に、ルカの心は自然と弾む。

 ――嬉しい。そう、自分は今嬉しくてたまらないのだとルカは実感していた。ディーナとしてのコノハを見ていてもあの頃の笑顔は一切なくて、幼馴染だった頃の記憶がなくなったのではないかと不安だったのに。今、ルカの心を包んでいるのは確かなわくわく感だけだ。

 ルカはコノハとともに空を舞う。

 雲一つない星空に、進めば進むほどに色を変える街灯り。

 まるで二人だけの世界に飛び込んだようで、ルカはただただ夢中で駆け抜ける。ふとコノハの瞳を見つめると、周りの景色にも負けないくらいに輝いていた。ディーナではまず見られない表情に、ルカはやっぱり嬉しい気持ちに包まれる。もしかしたら魔法使いデビューの瞬間よりも高揚しているかも知れない、なんて言ったらコノハは怒るだろうか。

 でも、だって、仕方がないではないか。

 コノハと再会するためにここまで頑張ってきたのだから。



 長い長い、空の旅のあと。

 ルカとコノハは、魔法とはまったく違う光の世界に辿り着いた。

「…………っ!」

 コノハの瞳がより一層輝きを放つ。その隣でルカは息を呑んだ。

 言葉が上手く出てこない。なんてったって、八年越しにようやく見られた光景なのだ。簡単に言葉にできるものではなく、ルカはただじっと花畑を見つめてしまう。

「……凄い……」

 長い沈黙のあと、コノハはぽつりと呟いた。やっぱりルカは頷くだけで何も言うことができなくて、自然と口が開いてしまう。


 ――その花畑はコノハの瞳と同じコバルトブルーの光を放っていた。


 まるで天然のスポットライトのように、一つ一つの小さな花がルカとコノハを優しく包み込む。あの頃のコノハは「宝石みたいに光るんだって!」と言っていたが、確かにその通りだと思った。見る角度で花の表情が変わって、いつまでも見ていたくなってしまう。

「…………コノハ」

 そろそろ何か言わなくてはいけないな、と思った。

 しかし、幻想的すぎて呆気に取られてしまったルカはあまり頭が回っていなかったようだ。本当は八年越しの景色の感想を言わなければいけないのに、言葉は思ってもみない方向へ進んでいく。

「僕はずっと、君に伝えなきゃいけないことがあったんだ」

 ようやく辿り着いた景色に、きっとルカは感動してしまっているのだろう。無性に泣き出したくなる気持ちを必死を抑える代わりに、内に眠っていた気持ちが溢れ出ていくようだった。

「……空を飛ぶのが好きだから、僕は魔法使いになった。でも、本当は……それだけじゃなくて」

 声が震える。視線も合わせられない。

 なんて格好悪い姿なのだろうと思った。

 コノハはちゃんとこちらを見てくれているだろうか? それすらもわからない。ただ、想いだけは止められなかった。逃げたくない。後悔だってしたくない。だからルカは言葉を紡ぐ。

「君の歌声が好きだった。君の笑顔が好きだった。ちょっとわがままなところも、気分屋なところも、全部…………」

 声は震えちゃいけない。視線も合わせたい。

 ルカは精一杯の勇気を込めてコノハを見て、その言葉を口にした。


「好きだって、気付いたんだ」


 もしかしたら、笑う余裕すらあったのかも知れない。

 ディーナになってからのコノハは、どうしたって遠くて、遠くて、遠かった。魔法使いになったって届かない場所に行ってしまったと思っていたから、今の状況が信じられないくらいに嬉しくてたまらない。

「ルカってさ。髪、伸びたよね」

 確かにルカは三年前と比べて髪が伸びた。ルビーレッドの髪を一本結びにしていて、これがルカにとっての精一杯の格好付けなのだ。

 しかしそれを今言われるとは思っていなくて、

「それ、今言うこと?」

 と、正直に訊ねてしまった。

 コノハは昔から、恥ずかしいことがあるとすぐに話題を逸らそうとする。今もきっとそうなのだろうと思っていた。

「だって。……それくらい、時が流れたんだなぁって思って」

 コノハは一瞬だけ、目を伏せる。

 珍しく声のボリュームが小さめで、ルカは心配になってしまう。しかしコノハは、ルカの予想に反してすぐに顔を上げた。

 まっすぐ、花の色と同じ瞳をルカに向けている。

「ルカ、私……。私ね」

 一歩、また一歩。

 コノハはルカに近付いていく。

 やがてルカの目の前まで辿り着くと、小さな両手でルカの手を包み込んだ。

「ディーナになった私は、何もかもが完璧じゃなくちゃいけなくて。いつの間にか、笑い方すら忘れちゃってた気がしてた。……でも、違ったの。私にはルカが必要なだけだった」

 コバルトブルーの瞳から、大粒の雫が零れ落ちている……ような気がした。

 実際にコノハがどんな表情をしているのか、ルカにはわからない。せっかく見られた綺麗な花畑も、滲んでしまってよく見えなかった。

「そっか、これからはルカが一緒なんだ」

 囁かれた言葉に、ルカの心は自然と温かさが満ちていくようだった。

「そうだよ。僕はこれからずっと、君の空を飛べるんだ」

 自分も言葉にしてみると、その温かさはだんだんと熱を帯びていく。


「幸せだね」

 コノハの言葉に、ルカはただ、握る両手に力を込める。


 今日はルカが魔法使いとしてデビューをした日。

 そして、コノハと再会できた日。


 ルカにとって大切な、二つの夢が叶った日だった。


                                     了

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魔法使いは君の空を舞う 傘木咲華 @kasakki_

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