秋のこと

ぱくぱくかつおちゃん

秋のこと

 見るたびにそうだ。

 見かけるたび、彼は花束を持っていた。片手で持つのにちょうど似合うくらいだけど、食卓に毎日飾るには少し大袈裟な、そんな花束を、いつもしている腕時計、それくらいの涼しい顔で持っているのだ。

 花の色形は、毎回違った。ピンクや赤色で愛らしいときも、黄色と紫でおしゃれな時もあって、とにかく様々で、そうしていつも、やはり花束を携えて、彼は現れた。

金木犀の甘く香る、秋のこと。


 わたしはその頃、郊外の広い公園でバイトをしていた。昼間、サークルの二回期上の美人の先輩と二人で移動販売車に乗り込み、レトロな時計塔がしゃんと構える公園の中でクレープを焼いては売る。ミュージックビデオの背景の賑やかしにもなれそうな、ファンシーなバイトである。

 親子やカップルが一通りやってきたあとの、お客さんのピークも過ぎた17時頃によく彼はやってきた。わたしたちの車の定位置である時計塔の正面から見て、左から、つかつかと歩いて右のほうへ向かっていく。まっすぐ、いつも前だけを見据えていた。たとえばクレープなんて陳腐なものには一瞥もくれなかった(もちろんクレープを陳腐だなんて言ったことは、クレープに並々ならぬ想いを抱く先輩には秘密である)。

 いつも車の中から公園を眺めているわたしにとって、車窓を枠に見る風景が、花束を抱えて歩く彼の姿が、さながら映画のようだった。


 彼は、大学生くらいのお兄さんに見えたのだが、なんてったって、綺麗な顔をしていた。だから、と言うのもなんだか後ろめたいけれど、わたしはお兄さんが通るのを、楽しみにしていた節があった。よく姿を見る土曜日には、お気に入りのリップを使ってみたり、車の中だから見えやしないとわかっているのにかわいい靴下を選んでみたりと、勝手に盛り上がっていたのである。

 お兄さんは、見かけるたび、冷静さや強ばり、そして期待、そのぜんぶのいちばん美しいとこ取りのような、そんな表情をしていたように見受けられた。いま思うと、わたしは_____________________







 ある日曜の昼下がり、彼は花束を持たずに現れた。

小春日和の公園は、金木犀の香りも止んで、鼻から抜けるような清くひんやりした空気で満ちている。

 彼は左から小走りでやってきて、時計塔の前で止まると、息を整えた。すぐそばに時計塔があるのに自分の腕時計でちらりと時間を確かめると、片手でふわ、と髪の毛に触れる。その後は右の方を、ただぼんやりと見つめていた。

 数分経って、右から彼と同い年くらいに見える女性がやってきた。走り出しそうな急ぎ足でやってくる彼女は、丁度今日の空みたいに澄んだ水色のフレアスカートを少し押さえながら、空いたもう片方の手をひらひらと振る。なんでもない。時計塔のもとに立つ彼が、弾かれたように少しぎこちなく手を振り返す。なんでもない。彼は、いつも花束を携えていた右手で、やってきた彼女の左手を大事そうに取って歩き始めた。なんでもないのに。

「あ、うまくいったんだね」

 先輩がふとそう呟いてわたしがえっ、と先輩を見たときにはもう、当の先輩は次のクレープのための生地をすくっている。

 正面に向き直ると、彼は、彼と彼女は、わたしたちの車のすぐそばに歩み寄ってきていた。

「クレープをふたつ、ください。チョコアーモンドと、イチゴホイップ」



「かしこまりました。チョコアーモンドと、イチゴホイップ、お一つずつで、お会計、864円頂戴します」





恋をしていたのかもしれない。

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秋のこと ぱくぱくかつおちゃん @pakupaku-katsuocyan

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