焦がれる、夏の日
水原緋色
第1話
田んぼに植えられた稲がのび、太陽の光に照らされ青々と輝いている。冷凍庫からアイスを取り出し、溶けないうちに口へ入れる。冷たさが、キンと響く。
長く続いた梅雨も終わったが、この辺りの気候のせいで湿気はいつまで経っても身にまとわりつく。日差しもきつく、肌に刺さる。夜は夜でさらに湿度が高くなるし、一日中外に出られたものでもない。エアコンは必須だ。
「そんなにぐーたらしてたら筋肉衰えちゃうよー」
畑仕事を手伝い終わった幼なじみの諒太が、台所に野菜を運んでくる。それに曖昧な返事をかえし、アイスの棒をゴミ箱に投げ入れる。
「あ」
外れた。
その一言で状況を察したらしく、諒太が顔を出す。
「あーもーほら、横着するからー」
「ん、悪りぃ」
「はいはい、今度はちゃんと捨ててね」
そう言って代わりに捨ててくれる。
立ち上がって伸びをし、隣に立つ。
「どうしたの?」
「んー、なんか手伝う」
「ありがと。じゃトマト湯がいてくれる? その後、皮剥くから」
「おー、わかった」
鍋に水を入れ、つまみを回し火をつける。沸騰するまでの間、じっと諒太の手元を見つめる。慣れた手つきで、収穫されたばかりの瑞々しい夏野菜を切っていく。台所に揃う材料を見る限り今日は夏野菜カレーだな。ナスは嫌いだけど。
「ナス、カレーに入れるなら食べれるんじゃないかなって思うから入れるね。ちゃんと食べてよ。じいちゃんと作った野菜なんだから」
見透かされているらしい。不満の声をあげればじとりと睨まれる。
「わかったよ……」
沸騰した鍋にトマトを入れ数十秒、そろそろかと冷水へ移す。触れるぐらい冷えたトマトの皮を剥き、くし切りにする。こっちはサラダに使うらしい。
「うん、ありがとう。助かったよ」
そのあとも洗い物をしたり、食器を用意したり台所をうろうろとする。
「しーちゃんさ、もしかしてかまって欲しかったりする?」
「ちゃんづけ、いい加減やめろよ」
「ごめんごめん、志恩。で、構って欲しいの?」
別に、とぶっきらぼうに返し作業を続けていても、時々微笑ましげにこちらを見る視線が気になる。
ルーを入れあらかた煮えるまで鍋の中を時々かき混ぜる。キッチンに立つ背中は、最近見なかった姿だ。外出自粛なんてものが起こる前はお互いの家を行ったり来たりしていたし、大学も同じだったからほぼずっと一緒にいた。
だからだろうか、どうやって接していたかわからなくなる。世間が少し落ち着いた頃同じように実家に帰ってきたが、道中もまともに会話ができなかった。
鼻歌を歌いながら味見をする。
「うん、上出来」
言葉通り、表情も明るく嬉しそうだ。
あぁ、愛おしい。
こみ上げてくる感情と、諒太の腰に手を伸ばす体を止められない。
腰に腕を巻き付け、顔を背中に押し当てる。俺より少しだけ背が高い。畑仕事をずっと手伝っていたから、体つきもしっかりしている。胸いっぱいに息を吸い込むと、クスクスと笑う声がする。
「やっぱり、構って欲しかったの?」
「違う。……なんとなく懐かしくて」
「会えなかったもんねー。寂しかったんだ」
モヤモヤとしていた感情に名前を与えられて、そうかと息を吐く。
「あぁ、寂しかった。たぶん、わかんねぇけど」
「離れることなかったもんね。俺も寂しかったよ」
「そうか」
ふふふ、と笑う諒太に抱きつく腕に少し力が入った。
「相変わらず仲がええな」
泥を落とすためシャワーを浴びていた諒太のじいちゃんが、冷蔵庫から麦茶を取り出しながら、諒太によく似た笑顔で笑った。
「そーだよー。これからもずっと仲良しだもんねー、志恩」
「あぁ、そうだな」
邪魔者は退散するか、とじいちゃんが大きく笑い声を上げながら居間へと足を向けた。
焦がれる、夏の日 水原緋色 @hiro_mizuhara
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