1.恵まれた器と、恵まれない環境。






 【聖痕】とは神に認めら、愛された者の証。

 その祝福をもってして、才気溢れる器にはさらなる力が与えられる。それを俗に天才と呼ぶのだが、表出するか否かはその者の生き方次第。

 自身の才に気付き、それを伸ばすことができるか。


 すべては、その者の生き方に委ねられる。



「たとえ自身に大いなる才があったとして、そのことに気付かずに生涯を棒に振る者を多く知っている。だが、俺はこの段階でヒイロの力を覚った」



 それはすなわち、俺が求める最強の魔剣使いへの道、そのスタートラインに立てたということ。規格外の器を手にし、さらには神による選定を授かったのだ。

 これほどまでに恵まれた始まりが、他にあるだろうか。



「しかし、ヒイロは平凡な農家の生まれか。境遇は決して恵まれたものではない、な。その上で、いかにして鍛錬を積むかが課題になるが……」



 ――考えろ、俺。

 魔剣使いとしての経験を生かすためには、まず魔剣を扱えるような立場へと至らなければならない。それこそ、生まれを覆すような機会に遭遇しなければ……。



「ヒイロ! 朝ごはんできてるよ!!」

「あ、分かったよ母さん!」



 だが、そこまで考えたところで。

 ヒイロの母が、階下から大声でそう呼びかけてきた。



「仕方ない。ひとまず食事を摂ってから、考えるとしよう」



 そんなわけで。

 俺はひとまず家族のもとへと向かうのだった。







 貧しいながらも、愛情のこもった食事を摂り終える。

 そうなると、今度は農作業の手伝いだ。



「足腰は、そこらの子供よりしっかりしているかもしれないな。もっとも栄養面が足りていないから、その成長にも限度があるといった感じだが」



 その合間に、俺はヒイロの身体能力を確認する。

 身体能力自体は並以上だ。しかし、いま言ったように環境に恵まれていない。本来ならもっと伸びるはずの部分が、欠けているように思われた。

 それを補うにはどうすれば良いのか。


 そう、思索を巡らせていた時だ。



「おい、ヒイロ。今日も遊ぼうぜ」

「ん……?」



 どこか意地悪な声で、そう声をかけてくる者があったのは。

 振り返るとそこには一人の少年。ヒイロの記憶に刻まれた彼の名前は――デイス。この一帯の農家を取り仕切る家の嫡男だ。

 田舎の少年にしては恰幅が良い。

 年齢がヒイロより三つ上だということもあるが、恵まれた身体をしていた。



「いや、遊んでいる時間はないんだけど……」



 そして、デイスについてもう一つ。

 ヒイロの記憶に刻まれている情報があった。それは――。



「あぁ? ボクの命令に逆らうってのか?」



 ヒイロは彼から、執拗ないじめを受けている――ということ。

 この年代における体格差は、とかく大きなものだ。育った環境に加えて、年齢の差もある。そのため今まで、ヒイロはデイスのいいように弄ばれてきたのだ。


 そして今日もまた、この少年は指を鳴らして暴力の準備段階を踏む。

 俺はそんな相手を観察しながら、一つ息をついた。



「本当に、呆れたものだ」

「……なに?」



 こちらの言葉に、デイスは眉をひそめる。

 その様子を確認しながら、俺はまっすぐにこう言った。



「振り回すだけが力だと勘違いしている。せっかくの才能がもったいない。とかく、お前を見ていると残念な気持ちになるよ」――と。



 すると、大柄な少年は声を張り上げる。



「なんだと!? ヒイロのくせに、ボクのことを馬鹿にしやがって!!」

「事実を言っただけだ。怒るということは、自覚があったのか?」

「こ、このぉ……! 後悔しやがれぇ!!」



 そして、挑発するとデイスは大きく拳を振りかぶった。

 彼の動きを観察しながら、俺は――。



「ちょうど良い。デモンストレーションには、もってこいだ」



 足元に落ちていた木の棒を拾い上げ、そう口にする。

 本来なら勝ち目のない体格差を持つ相手に対して、ヒイロがどう戦うことができるのか。この恵まれた器に魔力、さらに前世、オルタとしての知識。それらを掛け合わせることで、どのような反応を見せるのか。


 俺は小さく笑って、木の棒に魔力を流し込んだ。

 そうすることによって、ただの棒切れは一線級の武器へと変貌する。



「悪いが、少しばかり運がなかったと思ってくれ」

「なっ――!?」



 そう告げて、デイスの攻撃を軽くいなした。

 そして、続けざまに――。



「がっ!?」



 彼の横腹目がけて、軽く一撃を叩き込む。

 それだけで、デイスは目を白黒させながら倒れ込んだ。あっという間の出来事。俺は棒切れを捨てながら、ふっと息をついた。



「……やっぱり、規格外だな」



 まだまだ未完成だが、やはり凄まじい。

 体格差と年齢差。それらを度外視した一撃を、軽々と繰り出せるのだから。ヒイロはやはり、常識破りの才を秘めていた。



「あとは、この環境をいかに変えるか、だけか」



 俺は改めてそう考え込んだ。

 しかし、名案はなかなか浮かばない。

 仕方なし。とりあえず、自宅へと戻ることにするのだった。







「物音が気になって覗いてみれば。いまの戦いは……?」



 ヒイロ――オルタとデイスの戦いを見ていた初老の男性がいた。

 立派な顎髭をたくわえたその人は、少しだけ考え込む。

 そして、一言こう口にするのだ。



「なるほど。あの少年は、興味深い」



 男性は小さく笑うと、その場を後にする。




 オルタには、知る由もなかった。

 この謎の男性との出会いが、彼の環境を激変させる、ということを……。



 

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聖痕を持つ魔剣使い。~さらに強くなるために最高の器を探して転生したら、なにやら神に選ばれていました~ あざね @sennami0406

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