#WEB夏企画

黒岡衛星

溶けない記憶とバニラ・アイスクリーム


 言葉少なに、ぼそぼそと、スーパーカップのバニラ味を褒めるその姿が好きだった。

 今村夏音いまむらかのん

 今はどうしているんだろう。


 好きだった先生が死んでしまった。

 それは小学三年生の時で、夏音とはその頃から同じクラスだった。

 恋とかそういうのではきっとなくて、こんなひとが家族にいたらいいのに、なんて思うような、学校へ行くのが憂鬱じゃなくなるような、そんな先生。

 お葬式でわたしは泣いた。夏音も泣いていた。

 その時、生徒で泣いていたのはわたし達ふたりだけだった。

 学校は何事もなかったことにしたいみたいに続いて、新しい先生は嫌いじゃないけど普通のひとで、一気に学校に行くのがつまらなくなってしまった。

 この一件をきっかけに、夏音とよく話すようになった。つまらない学校にそれでも通えていたのは、夏音が居たからだと思う。

 夏音は自分の名前にコンプレックスを持っていた。夏の字が似合わない性格だとよく悲しんでいた。親に何かを言われていたのかもしれない。

 アイスが好きな子だった。だいたいあの年齢の子はアイスが好きなもので、わたしも好きだったけど、夏音は特にこだわっていた。

 まずバニラ。それも、できればスーパーカップ。

「かのん、そればっかりで飽きないの」

「うん、好きだから」

 普段はそれしか言わなかったけど、一度だけ理由のようなものを話してくれたことがあった。

「バニラって、すごくシンプルっていうか、基本っていうか。それなのに、すごく美味しいし、誰にも愛されるっていうか、嫌われないっていうか」

 だからね、と言葉を続けていく。

「わたしもね、そういう風になりたい。なんか、将来の夢はバニラアイスです、みたいでちょっと子供っぽいなって思うんだけど。でも、スーパーカップのバニラみたいに、手頃なんだけど誰からも愛されるのって、きっと、わたしみたいな普通の、地味な、そういう人間にとっての憧れなんだって、思う」

「かのんは全然ふつうじゃないよ」

「えっ」

「こんなにスーパーカップが好きな子ほかにいないもん」

 ふたりで笑った。

 わたしは言った。

「きっとね、そういう風に考えられるのって特別だよ」

「そうかな」

 いつも自信なさげな夏音の、少しはにかんだその笑顔がずっと印象に残っている。


 

 ある日、夏音がうちに泊まりにきた。

 親は喜んでいたけど、きっと、何かあったんだろうなって思った。

 夏音本人は家の話をしたがらないけど、そもそもしたがらないのってそういうことだろうし、たまに言葉の端から伝わってくるものもあった。

「ごめんね」

「いや、大丈夫だよ。それより、かのんこそ大丈夫」

「うん、ごめんね」

 こういう謝り癖は、性格なんだろうか。つい考えてしまう。きっと失礼なんだろうけど。

 わたしは母に、スーパーカップのバニラをいくつか買ってきて、とお願いしておいたけど、「どうせならもっといいものを買ってこないと失礼」だと思ったらしくて、勝手になんかちょっと高いアイスを買ってきてあった。

 わたし達は暗くなる前に、近所のコンビニに出かけることにした。近所、といっても夏の気温でアイスが溶け出すくらいには距離があって、仕方ないから途中の公園で食べてしまおうということになった。

「ごめんね、うちの母親が」

「ううん、楽しいよ」

 言葉少なに、スーパーカップのバニラを食べながら、公園の先にある夕焼けを眺めてた。

「あのね、わたし転校することになったんだ」

「えっ」

 いつ、と反射的に訊く。返ってきた数字はすぐ近い日だった。

「最後に、思い出がほしかったの」

 無理言ってごめんね、と申し訳無さそうにする夏音の姿が、なんだかすごく悲しく見えた。

 わたし達のお泊り会は、きっと色んなひとのそれよりも静かだったと思う。本棚に差してある漫画を読み、テレビでやっている映画を観て、よくわからないけどすごいね、といくつか言葉を交わした。晩ごはんは部屋でふたりで食べて、母が買ってきた高いアイスも食べたけど、夕方に公園で食べたスーパーカップの方がおいしかった。


 あれからすぐに夏音は引っ越してしまって、ずっと会っていない。どうしているのかもわからない。

 たまに親と、「あの時泊まりに来た子って」みたいに話すことがあるけれど、それだけだ。

 普通の友達ならもっと、連絡先を交換したり、手紙を書いたりするんだと思う。でもなんか、そういう、友達っぽい友達って感じでもなかったんだ。

 スーパーカップのバニラを見かけるたびに思い出す。なんとなく買って食べてしまう。

 少なくともわたしにとって夏音はバニラアイスの象徴で、誰よりも夏だ。

 元気してるかな。

 わたしの舌を、バニラ味の氷が撫でていく。

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