正月記念ss 年賀状


 『奏多。正月に私年賀状送るから、奏多も送ってね』

『あぁ、分かった』

『えへへ。約束ね』

『約束だ』


寒い冬の帰り道小指と小指を絡め、少年と少女は笑い合った。


『俺の住所分かるのかよ?』

『分かるよ。おばさんにちゃんとメモ貰ったから』

『そうか』

『奏多こそ、私の住所分かるのかな?』

『分かるに決まってんだろ。俺も同じでおばさんに聞いたからな』


 そう言って二人は、指を離し互いの家に帰っていき各々で年賀状を書き送った。

 それ以降、習慣化し二人は毎年のように年賀状を送り合った。が、やがて二人は思春期を迎え送る。すると、送るのが恥ずかしくなりいつしか送らなくなった。

 だが、そのことを後に少年は机の上に残された年賀状達を眺め後悔する。

 

 もっと、少女との思い出を残しておけば良かったと。



 


「……嫌な夢を見た」


年始早々に見た夢は、俺にとって悪夢というものに相応しく最悪の目覚めだった。

 その証拠に目からは涙が溢れており、俺は涙を袖で拭う。

 半年前に俺はあの子とのことは自分の中で整理がついたと思っていた。けれど、整理をつけただけで傷つかないわけじゃない。前よりはマシになったそれだけだ。


「……何で止めちまったんだ。俺」


天井を眺めながらそう独りごちる。

 あそこで送り続けていれば、未来が少し変わっていたかもしれない。

 腕で顔を隠し、後悔する。

 ピロンッ。

 暫くそうしていると、スマホから通知音が鳴り俺はのそのそとゆっくりスマホを手に取る。


小鳥『おはよう。奏君』


 送られて来たのは、いつも通りの挨拶メッセージ。それを見て、荒んだ心が少しだけ落ち着いたような気がした。


湊川『おはよう。小鳥』


 感謝の念を込めメッセージを送る。

 これが今の日常。前の世界とはもう何もかもが違う。

 俺の手にはもう支え合い絶対に守ると誓った存在がいる。


小鳥『九時頃そっちに行くね』

湊川『分かった』


 俺は簡潔に返事を返すと、ベッドから起き上がり服を着替え始めるのだった。

 


「あれ?何で、奏君が私の家に来てるの。私が迎えに行くって話だったよね?」


午前八時。

 家を出てきた小鳥は居るはずのない俺を見つけ、困惑の声を溢す。

 俺は、それに対して片手で頭を軽く掻いて理由を話した。


「悪い。家に小鳥が来るのが待てなくなって、つい来ちまった」

「ふふっ、そっかそっか。今日はそういう感じか。新年早々甘えん坊の奏君が見れるなんて、私はついてるね」


と、嬉しそうに顔を綻ばせる小鳥。


「別に甘えてないだろう?」

「あっ、照れてる。可愛い」

「バッ!違うって」


 出来るだけ平静を装い、ぶっきらぼうに言ったつもりだったが小鳥にはバレてしまい揶揄われしまった。

 俺は恥ずかしくなって、つい顔を隠してそっぽを向く。


 「ごめんごめん。揶揄うのはこれくらいにして行こっか」


 小鳥はまるで、子供をあやすのかように優しい声色を出すと、俺の指に指を絡めた。

 そこで、俺は軽く深呼吸をして心を沈めると「あぁ」と小さく返事をし二人並んで歩き始める。

 俺達が、今から向かうのは近くの神社。本当は昨日の一月一日に行きたかったのが、お互いの予定が合わず次の日である二日に行くことになったのだ。


「人多いかな?」

「さぁな。でも、まだ三が日だから結構いそうだ」

「そうなんだ。私、年明け前に行くのが普通だったから、その辺分からないんだよね」

「年明け前に比べたら少ないと思うぞ。まぁ、場所によって来る人の数は変わるから、何とも言えんが」

「へぇー」


 こんな他愛のない会話をしながら、歩くこと数十分。目的地である神社にやって来た。

 比較的小さい神社だったからか、人が少なく案外すんなりと入ることが出来た。


「作法とはいえ、この季節に冷水で手を洗うのキツイな」

「うん、分かる。カイロとか持ってきてないとかじかんじゃうよね」

「カイロ持ってきてないのか?」


手水舎で手を洗い、はぁと息を吐いて小鳥が手を温めているのを見た。俺はすぐに持ってきていたカイロを差し出す。


「うん。だけど、大丈夫。私には奏くんの手があるから。寒くても何も問題ないよ」


俺の手を取りそう言って嬉しそうに笑う小鳥。


(本当に俺の彼女は凄いな)


  顔に熱が集まるのを感じながら、その手をしっかりと握り返した。


 数分後。

 目の前にいた人達が参拝を終え、俺達の番がやって来た。

 賽銭箱の前に立ち、財布から既に取り出していた五円を入れ小鳥と一緒に鐘を鳴らす。


(小鳥が幸せに笑顔で暮らせますように)


 手を合わせ彼女の幸せを願う。自分を救ってくれた彼女の幸せを。

 長い時間をかけて神様に頼んだ。

それを終えると、俺は目を開け未だに何かを願っている小鳥を連れてその場を離れ、御守りやおみくじを買って過ごした。


「じゃあ、帰ろっか」

「そうだな」


 一頻り楽しみ終えすることも無くなったので、俺達は手を繋いで神社を出る。

 そして、談笑をしながら暫く歩いているといつの間にか小鳥の家前に着いていた。


「上がっていく?」

「いや、まだその時期じゃないから止めとく」

「そっか。じゃっ、また明日。明日は福袋を一緒に買いに行こうね」

「分かった。明日は俺が迎えに行くから大人しくしとけよ」

「それは出来るかどうか分からないね。だって、今から楽しみでうずうずしてるんだから」

「遠足前の子供かよ。じゃっ、またな」

「うん。バイバイ」


 小鳥が家に入っていくのを手を振りながら見届け、ドアが閉まったところで俺は手を止める。

 ポッケに手を入れ、まだ温かいカイロを指で転がしながら俺はゆっくりと家を目指す。


「奏君!」


 そうして、ポケッーと歩いていると後ろから慌てた様子の小鳥がこちらにやって来た。


「どうした?」

「はぁはぁ、今日渡そうと思ってたものがあったのを思い出して」

「渡すもの?」


正月は確かに記念日だが、俺達カップルにとっての記念日じゃない。

 思い当たる節がなく、俺は首を少し傾げた。


「うん。はい、これ年賀状」

「あっ……」


小鳥が取り出した一枚の白いハガキを見た瞬間、俺は思わず声を上げた。


「奏君の家に送ろうと思ったんだけど、やっぱり手渡しで送りたくなって持ってきてたんだけど。初詣が楽しくって、最後に渡すのを忘れてたんだ」


 「うっかり」と、乾いた笑みを浮かべ小鳥から年賀状を手渡される。

 それを見つめながら、俺は今日見た夢を思い出していた。


 『約束ね』


 あの子と交わした約束を果たすことはもうできない。

 そして、この後悔を晴らすためには年賀状を送り合わなければいけない。けど、高校生にもなってそんなことをするのは不自然だ。付き合わせるのは悪い。


 だから、どうすることも出来ない。この気持ちは風化するのを待つしかないんだって。そう一人で決めつけていた。


(本当、小鳥は凄えよ)


 けど、そんな俺のちっぽけな悩みなんて彼女は何のこともないように解決してくれる。

 何で悩んでいたのか馬鹿らしくなるくらいに。いとも容易く。自覚もせずに。流石、元ヒロイン様。モブ程度の小さな悩みなんて問題の内に入らないらしい。


「ありがとう。めっちゃ嬉しい。明日絶対返すよ」

「うん!約束だよ」


  受け取った年賀状を握りしめ、俺は微笑を浮かべながら小鳥にそう告げると、彼女は嬉しそうに頷くのだった。


 

 

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負けヒロインとモブのハッピーエンド※旧タイトル  前世読んでいた恋愛系マンガのモブに転生したけど、それに気づいた時には物語は終わっていたので負けヒロインを幸せにしようと思う。改訂版 3pu (旧名 睡眠が足りない人) @mainstume

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