バスで会ったらサヨウナラ
―運命の出逢いとは突然訪れる、その別れは更に突然訪れるものである―
アーカギー・ネイフ
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「おはようオジちゃん、あはっ、かみボサボサだよ~。」
早朝6時、ひどい寝癖頭を掻きながら起きだすと、らいあがこちらを指差して笑った。机に目をやると既に朝食の目玉焼きとパンが湯気を上げている。
起き出してからすぐに料理に取り掛かったのか、ところどころ寝癖がピョンピョン跳ねている。人の事言えねーぞ。
コロコロと笑うらいあを無視して椅子にかける。そして黙々とらいあの用意した朝食に手を付けた。昨夜の飯といい、結構うまい。
まともに朝食食ったのもいつ以来だろうか。ここ最近は記憶にない。
ふと視線に気づいて顔を上げると、らいあが両肘をついて真をじっと見ていた。
「……なんだよ?」
「おいしい?」
ニッコリと眼を細めて小首を傾げる。
お前は俺の彼女か嫁か?言い方がなんか妙にマセてやがるぞ。
最近のガキは皆こうなのか?
しかし朝飯まで用意するとは全く便利なガキだ。勝手に冷蔵庫を漁るのは感心しないが。
「…ずいぶん早起きなんだなお前。」
らいあの問い掛けには答えず、リモコンを手に取りテレビをつける。
なんかこのガキに素直においしいというのは、何となく癪だった。
「うん、だってオジちゃんお出かけするんでしょ?」
「ああ。」お前は連れてかないけどな。
『ー尚、本国会で可決された警察法の改正により、最堂政権発足以来実に12もの法改正が行われた事になり、一部では批判の声が挙がっておりー』
…最近やたら多いねぇ。面倒くせえ、これじゃあ改正じゃなくて改悪だろうに。
一応、今夜チェックしておこう。
画面の右端に表示される時刻に目をやる。今は6時10分だ。
歯を磨いて、この忌々しい超天然頑固パーマを、アイロン当て30分で素直なストレートに矯正し、着替えて7時出発でいいだろう。
拓造との待ち合わせには充分間に合う。
「じゃあらいあ先にじゅんびして待ってるね~。」
「ああ。…ってちょっと待てお前!一緒に来るつもりか!?」
大きく頷いて、上機嫌で食器を片付け始める。すっかりお出かけする気でいやがる。
「いやいやいや、ダメだお前はお留守番だ。この家から一歩も出るんじゃない。」
「だーめ、らいあもいっしょに行くもん。」
笑顔で却下しやがった。
「ワガママ言うなガキッ!ダメったらダメだっつーの!」
「…行くもん。」
クッ!このガキ昨日と同じ手を使う気か…。流石にこの朝っぱらからあんな大声出されたら、鬼頭さんはおろかマンション中の住人に聞かれちまう。
諦めの大きなため息をつく。仕方がない、ここは前向きに考えよう。
このガキをここに置いておくためには、拓造の協力も必要になるかも知れない。今の内に紹介しておこう。そしていざという時は全てヤツに押し付けよう。
「ねえ、オジちゃん。これ着てもいい?」
支度を済ましたらいあが広げたのは、真が普段から来ている白のダウンジャケットだった。
そう言えばコイツ、昨日あのロリコンヤクザにパーカー貸してたな。
「でもお前、川島のオッサンに貰ったっていうジャケットあるじゃないか。俺の着たらブカブカだぞ。」
「ううん、これがいい。」
そう言って真のジャケットに袖を通す。案の定袖口から手も出ないし、裾なんかは腰の辺りまである。
見た目は何というか、フランス人形で作ったてるてる坊主みたいだ。
「ホレ見ろ絶対変だって。いいからこっち着ろよ。」
「オジちゃんのお洋服あったか~い…」
聞いちゃいねえ。ホントよく分からんガキだ。
「チッ、勝手にしろ。ほら行くぞ。」
「はーい!」
無駄に元気ならいあと共に玄関のドアを開ける。
そ~~~と、かなり慎重に。
***
ここ最近続いた雨が去り、久しぶりに晴れた空は雲一つない快晴だった。朝から忙しそうな通行人に混じって、真とらいあはバス停に向かって歩いていた。
アクビをしながら背中を丸めて歩く真の横で、相変わらず無駄な元気を振りまくらいあ。
何やら鼻歌交じりにスキップ踏んでやがる。何がそんなに楽しいのかねぇ…。
「ねえオジちゃん、今かららいあ達どこに行くの?」
「俺のダチのとこだよ。」
「ダチってジュンちゃんの事?」
「ちげーよ。拓造っていうヤツだ。お前にも紹介してやるよ、ちゃんと挨拶ぐらいはしてやれよ。」
「うんっ!わかった!」
しかし拓造にはなんて言ってコイツの事説明すればいいのかね?ウチの姉貴とも面識のある拓造相手に、姪っ子は通じないしな…。
正直に経緯を説明するのが早いだろう、けどあの真面目ヤローはまたブツクサ五月蝿いんだろうな。面倒くせえ。
「それとガキ、俺は今から仕事があるんだ。いいか、絶対余計な事するんじゃないぞ。」
「よけいな事って?」
「昨日みたいな事するなって事だ。いいな?」
「?…ん~わかった。」
そうこうしているうちに拓造との待ち合わせのバス停についた。
探すまでもなく、バス停の時刻表とにらめっこしている不審者を発見した。
「拓造、待たせたな。」
そう言うと拓造はくるりと振り返った。
その顔を見て真は思わず足を止めた。
いつもの赤ら顔は蒼白に、唇なんかは長時間プールに浸かった後のように紫色になっている。眼の下に浮かぶパンダ並みのクマも相まって、その顔はまさに死人のそれだ。
「…遅いぞ、真。」
声もしゃがれて、いつも以上にバリトンが効いてる。
「…お前、どうしたの?」
「…昨日、緊張して寝られなかった。」
はあーと真は嘆息した。
ビッチリとセットされた髪と、無理して買った高級スーツに身を包んだ彼が、今日という日にどれだけの気合を込めてきたのかという事を雄弁に語っている。
けどな拓造、その気合とお前の精神状態の落差がなんともシュールなんだよ。
切なすぎて笑えねーぞ流石の俺も…。
「ま、まあそんなに緊張すんなよ。俺に任せとけば大丈夫だって。」
そう言うと拓造は力無く笑った。
やめろその顔、なんか胸が締め付けられるんですけど。
世界で一番優しいウソ 小坂広夢 @kusamakura0813
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