最終話 かいわれ大根の日


~ 九月十八日(金) かいわれ大根の日 ~

 出席番号21番 西野『満喜子』


 ※人心収攬じんしんしゅうらん

 みんなの気持ちをうまく汲んでまとめる。




 土壇場まで準備をする俺たちだったが。

 姫くんがいないせいで。

 

「演劇部の方、明日が本番だからな」


 今日は通し稽古が出来ずに。

 不安を募らせていた。


「も、最上君、膝あたりから切っておけばよかった……」

「なに言ってんの?」

「足から、また最上君が生えてきて……、ね?」

「カイワレか」


 さすがに疲労困憊。

 普段は言わないような冗談を口走るのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 まあ、確かに。

 姫くんが、あと三人いれば。


 こんなに苦労することは無かったんだが……。


「ま、待たせた! 通し稽古するぞ!」

「姫くん!? 何匹目!?」

「は? なに言ってんだ」

「いや、良く戻ってこれたな……。って! 今から!?」


 さすがに今から通し稽古なんてできるわけない。

 何時だと思ってんだ。


「電車無くなるわよ!」

「でも、今夜くらいしか機会無いし……」

「勘弁してくれ! さすがに帰りてえ!」


 意見は真っ二つ。

 お互い一歩も引く気なし。


 こういう時に、人心収攬じんしんしゅうらんできるような男を夢見ているものの。


 実際に直面すると。

 何もいい言葉が浮かばねえ。


 どっちに転ぶか。

 ただ静観してると。


「みんな! きいて!」


 教卓に颯爽と立ち。

 俺たちを見つめるのは。


 委員長だった。


 ……かつて俺は、こいつの事を。

 優しいタイプでも寛大なタイプでもねえと。

 委員長には相応しくないと評していたが。


 この一か月の間に。


 状況が、こいつを委員長にした。


 そんな、真の委員長が。

 騒ぎを一瞬で止めたセリフとは。


「…………明日は家に帰りたいでしょう?」


 なんて見事な説得術。


 誰もが、せめて本番前は家で眠りたいと思っている心理を突いたこの一言。


 強制なのに、それと悟られず。

 自分でどちらを取るか選んだ結果として。

 全員に、居残りを決意させてしまった。


 しかも。

 この準備の良さ。


「晩御飯と明日の朝御飯! 宿泊申請! シャワー室の使用許可! 寝袋の手配! 全て済ませてある!」

「すげえ!」

「さあ、あたしたちの気合を見せてやろうじゃない! 演劇部門の一位の座! 狙いに行くわよ!」


 おおと拳を振り上げる。

 我がクラスメイトたち。


 そして、自分も腕を振り上げてたことにいまさら気づいて慌てて腕を下げたら。

 にやっと笑った委員長と目が合った。



 ……昨日は秋乃。

 今日は委員長。


 俺が夢見て。

 俺ができないことを平然とやってのけた二人に。


 嫉妬はねえが。

 悔しいものはある。


 ……ようし。


「こうなったらとことんやってやるぜ! 俺の剣をもてい!」

「おお! 一番やる気ねえ奴に火が付いた!」

「立哉が燃えてるうちにやるぞ!」

「カメラ回せカメラ!」

「じゃあ、アドリブだらけの通し稽古、開幕だ!」


 ……そして、俺は。

 空回りしたまま暴れまくって。


 今までのシナリオを。

 大幅に変えちまった。



 なんか。

 すまん。



 だからそんなに怒らないでくれ、委員長。




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




 男子部屋にさせてもらった。

 隣の空き教室。


 窓に映る淡い月の光に目を細めながら。

 俺は一人、考えていた。



 夏休みが明けたころは。

 面倒にしか感じていなかった文化祭。


 気づけば散々振り回されて。

 強引に意識を塗り替えられて。


「…………明日から、始まるのか」


 本番は明後日。

 半分以上、何も決まっていないアドリブ劇。


 そんないい加減な舞台なのに。


「なんだか、楽しみだな」


 一か月前の俺には想像もつかなかった独白に。

 思わず苦笑い。


 すると、俺の肩に。

 誰かの手がそっと置かれた。


「バカだな、立哉。お楽しみは明日からじゃない。もう始まってるんだぜ?」

「なんだと?」


 いつもの間延びしたしゃべり方はどこへやら。


 凛々しい口調と鋭い眼光。

 そんなパラガスの頭に。



 ほっかむり。



「……これから俺たちは、死地に挑む」

「まさか、隣の部屋を覗く気か!?」

「寝袋に包まった女子の寝顔を見る程度じゃアガリは少ない。だというのに、リスクは最大というバカげた計画だ。……お前は皆の生還を、ここで祈っててくれ」


 パラガスの言葉に呼応するように。

 後ろに控えた十人ほどのほっかむりが俺に頷く。

 

 そんなことされたら。

 こうするしかねえじゃねえか。


「……止めるな、立哉。その手を放せ」

「バカだなお前は。…………死ぬときは、一緒だぜ」


 そして手ぬぐいの結び目を鼻にかけると。

 一斉に握手を求めて来たむさくるしい面々。


 バカ野郎、勘違いすんな。


 俺は、世渡り下手だから表に出さねえだけで。

 すっげえこういうのに興味ある。


 率先して廊下へ飛び出して。

 本体へ合図を送って誘導する俺の雄姿に。


 みんなはひそひそと、見直したとか言って来た。



 ……よせよ。

 照れるじゃねえか。



 だが、ここからが勝負。

 音をたてないように。

 慎重に扉を開いて。


 敵陣の様子を窺ってみると……。


「あれ!? もぬけのから!?」


 ガラっと開いた扉の向こうは無人の教室。

 そして呆然とする俺達探検隊は。

 甲斐の声を聞いて一斉に大声をあげた。


「……なんか女子たち、最上と西野をくっつける作戦してるらしいぞ?」

「「「おれたちより、なんて建設的!!!」」」


 不毛な探検にドキドキしてたのが恥ずかしい!

 俺たちは、甲斐の案内のもと。

 夜の校舎をひた走る。


 そして、演劇部室の扉を視界にとらえたところで……。


「きゃー!」

「うわああああ!」


 王子と姫。

 二人の悲鳴が聞こえて来た。


「なにがあった!」


 普段聞かない二人の悲鳴に。

 思わず飛び込んだ演劇部室。


 明かりが消されたその部屋には……。



 窓辺に。

 十五個の生首が浮かんでいた。



「「「ぎゃああああああ!!!」」」



 慌てふためく俺たちを見て。

 生首のシルエットが急にうごめきだしたんだが。


 ……そのうちの一個が。

 わたわた手を振ってる。


「……おい」


 B級ホラーの。

 正体見たり。


「覗くならもっとしっかり隠れろ」


 窓を開いて歩くと。

 見知った顔が軒並み苦笑いを浮かべていたんだが。


「あ、あっは! なんだ、驚いたよ! 明かり消したら、ずらりと首が並んでて……」

「まったくだ。なんの真似だよ」

「い、いやあ、うまいこと二人っきりにさせたらね?」

「いい雰囲気になるんじゃないかと……」


 女子一同がびくびくしながら白状すると。

 なあんだと、笑いだした王子くんは。


「あっは! そういう事だったのか! ないない!」


 気軽に手を振って否定するもんだから。

 みんなはそうなんだと苦笑いを浮かべて……。


「だって僕、他に好きな人いるし!」


 ……そして王子くんの爆弾発言に。

 血相を変えて、窓から部室に踏み込んできた。


「す、好きな人って、男子!?」

「そりゃそうだよ!」

「最上君はそれでいいの!?」

「ああ、そいつと付き合えって何度も言ってるんだが」

「何で!?」

「恋愛でもすれば、こいつの芝居に幅が出るだろ」


 演劇バカが。

 こいつはだめだと女子から見限られると。


 今度は王子くんのお相手について盛り上がり始める。


 ……もう、真夜中なのに。

 明日も目一杯動かなきゃならねえのに。


 この大騒ぎ。


 女子にとっての恋は。

 空気や食事と一緒って。


 ほんとなんだな。


「どんな相手?」

「知らないんだよね、これが!」

「なによそれ?」

「いやあ、話すと長くなるんだけど……。ちょっと気になってた人がいたんだけどね? 郡上ぐじょう踊りの夜にフラれちゃってさ!」

「あっけらかんとよく言えるな!」


 思わず突っ込んじまったついでだ。

 聞くだけ聞いてみよう。


「フラれたこと、気にもしなかったのかよ」

「これでも僕、女子だよ? そりゃもう泣いたさ!」

「おお。そうなんだ」

「でもね? 泣きながら歩いていた僕は、その直後に運命の王子様と出会ったのさ!」


 フラれたばかりだってのに。

 出会ったの?


 切り替えはええな。


 なんだか不誠実な気もするが。

 女子がキャーキャー言ってるから水は差せん。


 そしたら調子に乗った王子くん。

 椅子に足をダンとかけて。


「こんなにもたくさんの人が楽しんでる夜に! うつむいて歩くのは僕一人!」


 急に芝居くさく語り始めると。

 女子のボルテージも跳ね上がる。


「そんな僕を、顔も判断つかないほど遠くから見つけて声をかけてくれた王子様!」

「顔が見えねえ?」

「ああ! それでも確かに聞こえたんだ! 僕の名を呼ぶその声が!」

「にしのーって?」

「ううん? 満喜子まきこって!」


 見えやしねえのに。

 気付いてくれたのか。


 そりゃあ特別な人って思ってもおかしくねえよな。


 ……しかし、郡上踊りか。

 秋乃を名前で呼んだのも。

 あの時が初めてだったな。


 M音は聞き取り辛いっていうから。

 舞浜って呼ぶのをやめて。

 あきのって叫んだんだが。


 王子くんの名前もMから始まるのか。

 じゃあ、なんて聞こえるんだろ。


「彼方から届く、僕の名前を呼ぶ声! 大きく振られる虹色の腕輪!」


 まきこ。

 なら、あきこって聞こえるのか。


 …………ん?


 あーきーこー?


「でも、聞き間違えかもしれない。僕は偶然持っていた腕輪を光らせて、控えめに振ってみたんだけど。運命の王子さまはそれを見て、もう一度僕の名前を叫びながら……」


 あーきーこー。


 あーきーこー。




 …………あーきーのー。




「そして、精一杯! 腕輪を振り返してくれたんだ!」




 おれじゃねえかあああああああああああああ!!!




 運命の王子様。

 橋の欄干に上って。


 違うやつの名前叫びながら。

 腕輪振ってただけなんだが。



 こ、これは。

 どうしたらいいんだ!?


 思わず目が合った秋乃も。

 目を見開いて俺を見てるけど。


 そんな時。

 誰かの時計が。


 十二時のアラームを鳴らした。



 ――すると。



 魔法がとけたシンデレラは。

 いつもの『仮面』を脱ぎ捨てて。


「……だから。を救ってくれた王子様に、いつか会える日を楽しみにしてるの」


 聞いたことのないような声で。

 スカートの裾を握りしめながら。


 乙女の恋心を口にした…………。





 秋乃は立哉を笑わせたい 第5笑

 =友達と、お芝居を演じよう=


 おしまい!




 そして明日、2020年9月19日から三日間!

 波乱の文化祭が開催されます!


 王子くんの想いはどうなるのか?

 秋乃は一体どうするのか!


 夢芝居に、乱れて舞いし恋の花。

 果たして咲くや! あるいは散るや!

 どうぞお楽しみに!


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秋乃は立哉を笑わせたい 第5笑 如月 仁成 @hitomi_aki

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