遅すぎた後悔、そして

 ドアを開けて、家の中に入れてくれたイザベラ。久しぶりに出会った彼女の顔を、ついジロジロと観察してしまったけれど嫌がられなかっただろうか。



 イザベラは、平民が着るような質素な白いワンピースを身に着けていた。しかし、ドレスで着飾っていた頃のイザベラと比べてみても、今の格好の方が似合っている。女性として、とても落ち着いた雰囲気があった。なにより、俺と違って10年という月日が経ったというのにイザベラは変わらず、美しい女性のままだった。



***



 イザベラの住んでいる家の中へと招き入れられて、椅子に座らされる。なかなか、手狭な部屋だった。すぐ向かいの席に、彼女が座った。


 俺は椅子に座ると、首にかけていたペンダントに手を伸ばしていた。ペンダントの中には、彼女の写真が大切に保管されている。旅が辛かった時に写真を見て奮起し、なんとかここまで辿り着いた。


 後は彼女を国に連れ戻すだけ。そうすれば、全てが上手くいく。計画通りだった。


 握っていたペンダントを服の内側へ戻す。彼女の、俺に対しての悪印象はこれから挽回していけば良いだろうと考える。そのためにも、まずはイザベラとの話をうまく進めないと。


 何から話そうか。会話のキッカケを探そうと思い、家の中も観察してみる。


 家の中にある物も質素で、家具なども少ない。かつて貴族の子女だったイザベラが、この様な場所で生活することになろうとは昔の俺は想像もしなかった。けれども短い時間で感じた印象だが、今のイザベラの姿を見てみると妙に似合っているように思えた。


 ふと、今の自分が長旅でくたびれてしまった格好であることを思い出した。極秘で隣国へやって来た俺の今の格好は、見る者によっては盗賊だと言われてしまうような酷さ。かなり薄汚れた格好である。


 一旦落ち着いて、もう少しちゃんとした格好に着替えてから来るべきだったかも。そんなことを考えている俺の耳に飛び込んできた、彼女の言葉。一瞬虚を突かれた。


「それで、ここに来た用件は?」

「……君は昔と変わらず綺麗なままだね」


 僅かに警戒するような固い声。距離を感じさせるようなイザベラの態度。だけど、俺が10年前に彼女にした仕打ちを考えると仕方がないことだと思う。


「あなたが、ここに来た目的は?」

「……ッ」


 イザベラの強硬な態度。世間話すら拒否されるような雰囲気だ。最初の話題振りを間違えてしまったと感じて、慌てて仕切りなおし。彼女には、単刀直入に話してみることにした。


「……実は君に、フロギイ国へ戻って来てもらいたいと思っているんだ」

「はぁ?」


 疑問顔のイザベラ。彼女に、我が国へ戻って来て欲しいなんて確かに今更な話ではある。けれども、俺は心の底から10年前の出来事について謝罪したいという本心を彼女に告げた。


「10年前の事件は、私が間違っていた。本当に済まなかったと思っているんだよ。あの日のことを、君を私が信じなかった事を、そして今までずっと誤解したまま君を待たせてしまったことを、全て謝罪したい」

「……」


 10年前に断ち切ってしまった、俺とイザベラとの本来あるべき関係に戻したいという事を語った。


 しかし……。


「こんな森の奥まで来てもらったのに申し訳ないのですが、なんと言われようと私はフロギイ国に戻るつもりは一切ありません。そもそも”私”は、10年前に処刑されて死んでしまった人間ですよ。生きて帰ったら混乱を生み出すだけです」

「え?」


 イザベラの言葉に、愕然とした。そんな答えが返ってくなんて、予想していなかった。彼女は、自分の生まれた国に帰りたくない、ということなのか。


 10年前の出来事や彼女の罪は、イザベラが国へ戻ってきてくれれば無かったコトにできる準備を整えてある。彼女さえ国へ戻って来てくれれば本来のあるべき関係に戻れるはずなのに。


 思いもよらない彼女の返答。俺は次の言葉が出ず、しばらくの時間が過ぎた。


 そして、気がついた。俺の謝罪の言葉が彼女には軽すぎたのだろうか。俺は改めて気持ちを込めてイザベラに謝罪の言葉を投げかける。だけど、彼女は断固として拒否した。イザベラは、国に戻るという気持ちが一切無いということを理解させられた。


 けれど、なぜそこまで拒否するのか。自分の生まれた国に帰りたくない理由とは。理由を考えて、分かった。


 まだ俺が、あの女と繋がっていると思っているのか。全ての事情を、彼女にはまだ話していなかった。妻だった人間は浮気をして、罰として幽閉したこと。10年前の事件は、その女によって引き起こされたこと。イザベラのことを誤解していたけど、今では真実が伝わっていること。


 なるほど、そうか。


 イザベラは、自分が国に帰ることで混乱を引き起こすのではないかと考えているのか。あの女に対して配慮している、ということか。


「……君は、そんなにも優しい女性だったんだな」


 事情を全て話せば、彼女も分かってくれるだろう。そのためにも、とにかく彼女と話さないと。ひと晩かけても、彼女に理解してもらう。気合を入れて話し始めようとした時、扉の開く音が聞こえてきた。


「ッ!?」


 誰なんだと、視線を向けてみる。扉を開けて部屋に入ってきたのは、30代ぐらいの見知らぬ男性。


 イザベラは、1人でこの家に住んでいると思っていた。部屋の中に突然入ってきた男にビックリ。それで彼は、一体誰だろうか。イザベラと、どういう関係なのかな。必要なら、俺が彼女を守らねば。対処できるように、椅子から少し腰を浮かせる。


「エリザベス、ご飯は出来たか? って、あれ? 誰か来ているのかい?」

「えぇ、ごめんなさいフィリップ。お客様が来ていて夕飯はまだ出来ていないの」


 男は脳天気な声を出しながら、俺に目線を向けてきた。イザベラと親しそうな男。嫌な予感がした。


「その男は誰だい、イザベラ?」


 俺は男から目線を逸らせずまっすぐ見つめたままで、男の正体についてをイザベラに聞いて確認した。すると、即座に返ってきた答え。


「私の夫であるフィリップですよ」

「僕はイザベラの夫、名前はフィリップだ。よろしく頼む」


 ソレは、一番聞きたくなかった事実だった。まさか、イザベラが既に結婚していただなんて……。


 そして、フィリップと名乗った男の言葉に付け加えるようにしてイザベラが詳細を話してくれた。その話を聞いて、俺は絶望した。



***



 イザベラと一緒になって、住んでいるというフィリップという男。彼はイザベラを部屋から出した後、俺の正面の席に腰を下ろした。どうやらフィリップは、俺に話があるらしい。おもむろに彼は口を開くと、話し出した。


「君の事は聞いているよ。たしか、イザベラの元婚約者だったアウレリオさんだね」


 フィリップの声は、俺を何かとイラつかせた。だが、それを表には出さないように注意しながら、向かいに座る相手には悟られないよう自分を抑えて話を聞いていた。


「君とイザベラ、結婚していると言っていたが本当なのか?」


 そんな事を、彼の口から聞きたいのではなかった。なのに俺は、ここで一体何を話すべきか迷ってしまい、気がつけば答えを聞きたくもない質問していた。


 俺の質問した内容に答えるため、フィリップは長々と喋りだしたために俺は静かにフィリップの話に聞き入るフリを続けた。だが意識内では、イザベラをどうにかして自分の国へ連れ戻せないかと考えていた。


「それで、アウレリオさんは今更なぜイザベラを尋ねてきたんです?」


 フィリップの話は終わったのか、今度は俺について聞いてきた。


「それは、イザベラに故郷へ帰ってきてもらいたいと思ったからだ」

「……そうですか。ですが、彼女はあの国に帰る意思は無いと思いますよ。それに、彼女は今絶対に帰国の旅に出るつもりは無いだろうし、僕も彼女を国へ帰す気持ちはありませんよ。だから、残念ですがアウレリオさんの願いは適いません」


 イザベラが絶対に我が国へ戻ってくることは無いと断言するフィリップ。そして、何故そんな簡単に断言ができるのか。理由を聞いて俺は、絶句するしかなかった。


「彼女は今妊娠している身ですから。彼女の身には赤ん坊が居るんです。だから危険を伴うような旅は、なるべく控えたいんですよ」

「……そんな」


 イザベラを、国に連れ戻す正当な理由も手段も無くなってしまった。


 イザベラが妊娠しているという話を聞いて、俺はイザベラを諦めるしかなかった。過去を取り戻す、唯一の方法が無くなってしまった。


 イザベラの現状を知ってしまった俺は、目的を失い虚脱していた。フィリップとの話も適当に切り上げる。イザベラと別れの挨拶もせずに、彼女の家を出てきた。そのまま部下を引き連れて、一目散で自分の国へ帰ることに。


 何もかもが本当に遅かった。俺の心にその一言だけが残った。



***



 その後、イザベラを連れ戻すことを諦めて国へ戻ったアウレリオ。内戦を起こしている反乱者達に総力戦を仕掛けたが、直ぐに敗北してしまった。


 フロギイ国は、反逆者達の手によって滅ぼされた。そして王室の直系血族は全員、処刑された。


 アウレリオがフロギイ国最後の王であったと、後の歴史書には記されている。

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【短編】処刑から始まる私の物語 キョウキョウ @kyoukyou

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