王子の10年
かつて婚約者であったイザベラを処刑した日から暫くの間は、色々と忙しいけれど穏やかで幸せな日々を過ごすことが出来ていた。
しかし、ふとした瞬間にイザベラが処刑された瞬間が脳裏に蘇った。本当に、あの選択は正しかったのだろうか。そんな悩みから目を逸らしつつ、日々を過ごした。
心の底から幸せだと感じられるようになったのは、王位の継承が無事に終わって、マリアと一緒になれた時だった。
精神的に疲れてしまっていた俺の側にはいつも、マリアはただ寄り添ってくれた。彼女が俺を支えてくれていた。
そんな、幸せだと感じてた日々も長くは続かなかった。マリアもまた、俺のことを裏切ったから。
結婚してから2年後、マリアがある男と浮気をしている現場にバッタリと居合わせてしまったのだ。あろうことか、マリアは俺たち家族の自室に男を連れ込んでいた。
2年で俺との間に子供が出来なくて、周りから跡継ぎ問題に関してプレッシャーを感じていた。跡継ぎの子供を生むために間男から子種を貰おうと仕方なく、枕を交わしたと彼女は言い訳した。
彼女の言葉を信じられなかった。詳しく調べてみれば、マリアと間男の関係は俺と結婚する前から続いているモノだという。知らないのは、俺だけだったようだ。
間男の素性は、現在も城で働いている大臣の一人息子だった。間男も、将来は国を支えてくれる人材になるはずだった。なのに、この様な事件を起こされてしまい罰を与えないと駄目だった。
大臣は息子の管理不十分の罰で辞職させて、息子共々国外追放を言い渡すしか事態を収める方法はなかった。
そしてマリアの方にも、不貞行為の罰を与えた。彼女は、病気を理由に幽閉させることになった。
「あの女の時みたいに、私も処刑するんでしょ!?」
「そんな事はしない」
マリアを人目に付かない、遠い場所へ幽閉する前。彼女との最後の面会。2年前に行ったマリアとの結婚時に王位継承が行われて、現在の国王は俺となっていた。
それなのに、王妃であるマリアを今の状況で処刑なんてしてしまうと国王としての器を疑問視されかねない。不貞行為の事実についても隠さねばならない。ただでさえ今は国内が不安定になっているのに、不用意に刺激するような事をしたくなかった。なので彼女の処分は、幽閉という軽い罰だけ。本当ならば、死刑にしたい。
「あっ、そう。……それにしても折角手に入れた王妃の地位が勿体無いわ」
「何?」
マリアは、いつも俺に見せていた態度から一変していた。そして彼女は、何事かを語りだした。聞くべきではないと思ったが、俺は無意識のうちに耳を傾けていた。
「あの女は黙っていてくれて助かったけれど、まさか処刑するなんて思わなかった。あれだけの罪を彼女が起こせるはず無いじゃない」
「そんな、まさか……」
「私が彼にお願いして、あの女を陥れてやったのよ。それが真実」
「……」
今更になって真実を知った。あの時、何があったのか。今更、死んでしまった彼女の事を悔やんでも仕方のないことだ。俺は、自ら命令をして処刑したのだ。
「……こいつを連れて行け」
俺は、マリアの語る最後の言葉を聞かないふりをして、兵士にマリアを連れて行くように命令をした。
王妃との幸せな日々を失った後、俺は国を良くしようと更に尽力した。
妻だった女との問題から、8年の月日が経っていた。
国内は混乱を極め、結局は内乱が勃発してしまった。内乱を起こした者達の主張では、王族による国の舵取りが上手く行っておらず国民が貧窮している。今の王に国を任せておけないとのこと。
内乱を引き起こしている者達には賛同者が多く、一大勢力と化していた。中には、貴族の協力者も居て戦況は拡大。事態が、なかなか収まらないでいた。
そんな状況の中、信じられないような情報を手に入れた。どうやら、処刑したはずのイザベラが実は、今もまだ生きているという噂。
何故、彼女は生きているのか。あの処刑からどうやって生き残ったのか、別人ではないのか。色々と考えたが、イザベラが生きているのならば俺は、彼女に国へ戻って来て欲しかった。今の俺は、誰かの助けが必要だった。
思い返してみれば、イザベラを処刑してしまったあの時から徐々に俺の人生は狂い始めていたんだ。彼女を取り戻しさえすれば。イザベラを、元の婚約者という位置に戻さえすれば。
その関係こそが、本来の通りの未来だったはず。イザベラに王妃になってもらえれば、今まで上手く行かなかったことが元通りになるような気がする。国の混乱も元に戻るのではないか。
絶望していた内乱についての問題を解決するための僅かな望み。
速やかにイザベラを取り戻すために、俺は今では少なくなった信頼できる部下だけ引き連れてイザベラが処刑の後に逃げこんだと言われている隣国に向かった。
イザベラの居場所はすぐに突き止められた。なぜなら、彼女は美しい容姿のままで今も幸せに暮らしているらしい。彼女と交流を持った人たちは、イザベラを絶賛していた。
あんなに親切な人は他に居ない。見た目が美しいのに、心までも美しい人だった。魔法の才能に溢れていて、困っている人を魔法で助けてくれたらしい。その国では、イザベラは英雄と呼ばれるほどの有名人になっているらしい。
そんなイザベラの活躍した噂を辿って行くと、現在の彼女が生活している場所まで容易に特定することが出来た。
俺はイザベラを探して、とある村へとやってきた。
時間は夕方。辺りは暗くなっていき、本当なら翌日を待って訪問するべきだろう。けれども俺は、一刻も早くイザベラを我が国に連れ戻したかった。完全に辺りが暗くなる前に、森の中にあるという家を見つけ出した。
「はぁ、ふぅ……。あれが、彼女の住む家……」
到着したときには呼吸も荒くなって、疲労困憊だった。だけど、彼女と再会できるという事実に胸が熱くなって、家のドアをノックしていた。
「どちら様でしょうか?」
10年ぶりに聞いた、イザベラの美しい声だ。10年の月日が経ったというのに、彼女の声は何も変わっていないようだった。
「イザベラ! 居るのだろう、開けてくれ」
早く彼女と会いたい、という逸る気持ちが抑えきれなかった。そして、気がつくと俺は激しく戸を叩いていた。
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