愚かな選択

 イザベラの所業を知って学園へ急ぎ向かった俺は、そこで彼女の犯行を直接自分の目で見ることになった。そして、一時的にイザベラを拘禁するように命令を出した。引き連れていた兵士に指示をして、城の中へ彼女を連れてきた。彼女の理由を直接、聞いてみたいと思ったから尋問する。


「なぜ、女子生徒をイジメた?」

「私は、やってない」


 学園で一体何が起こっていたのか、イザベラが何をしていたのか自分の口で改めて詳細に語ってもらうつもりだった。それなのに、彼女は自分の行いを強く否定した。謝罪も聞き入れるつもりだったのに、彼女自身がそれを否定してしまった。


 イザベラをどう裁くべきか考える必要があると、俺は思った。



***



 イザベラは、彼女をイジメた理由を語らなかった。私は何もしていないと、犯行を否定し続けた。


 拘禁してから3ヶ月。依然として、彼女は一切の犯行を否定し続ける。けれども、彼女の無実であるという言葉とは逆に、調査によってイザベラが犯行を行ったという証拠が揃い、被害者の証言が増え、目撃者が順調に集まってしまった。


 俺の知っているイザベラは、小さな頃から妙に落ち着いている女性だった。何事に対しても、平然としているマイペースな女性というイメージ。


 だが今ではそれがまやかしであったという事が判明した俺以外の人物に対しては、嫌がらせによって苦しめるなんて事を平然とやってのける酷い女だったらしい。


 その他にも、貴族という権力を笠に着ては領民を虐げるような行動も取っていたという報告があった。


 俺は、イザベラの事について何も知らずに今まで過ごしてきたことを酷く後悔していた。もっとイザベラと一緒に過ごす時間を取っていれば、イザベラの事についてをもっと知っていれば、今のような状況になる前に事態を回避できていたかもしれない。


 過去のことを今更になって悔やんでも仕方ないとは承知の上だが、それでも過去について思案せずには居られなかった。


 彼女の罪を全て調べ終わった頃、そのあまりの非道さに頭を抱えるしか無かった。それでも、イザベラは俺の婚約者である女性だ。彼女を助けたいと考えて三ヶ月もの期間を罪を償うように説得したのに、彼女は一切自分の行ったことを認めなかった。


 イザベラの振る舞いを知った王国内では、イザベラが俺の婚約者で相応しくないという意見が多数。俺とイザベラは、婚約を破棄せざるを得ない状況となっていた。


 結局は俺とイザベラの婚約は破棄される事になった。現王様の体調が悪い状況で、王国内の情勢も芳しくない。早急に、代わりとなる王妃を決める必要があった。


 イザベラとの婚約破棄が確定したという王族の内情を知った貴族たちは、こぞって身内の令嬢をイザベラの代わりにと差し出してきた。権力闘争が巻き起こり、事態は更に深刻となっていった。


 現王が病に伏せており、王国の運営も滞りがち。貴族間の関係も悪化が進んでいる状況。三重苦が積み重なりあって、王族として問題を対処しなければならない俺は、どこから手をつけるべきか優先順位が決められずに頭を悩ました。




 現王の代わりとして王国の運営を担っていた俺は連日連夜、様々な話し合いが行われ疲労困憊していた。そんな時に支えてくれたのが、イザベラに虐められていた女性のマリアだった。


 彼女にはイザベラに関する問題の重要参考人として、城に滞在してもらっていた。俺はマリアと偶然、城の中で顔を交わす機会を多く持っていた。最初は顔を合わせた時に軽く挨拶をする程度だったけれども、俺が疲れているのを見つけては休むように助言をしてくれたり、食事を用意してくれたり、文句も言わず愚痴を聞いてくれた。時には、ただ寄り添って一緒に休んでくれたりもした。




 いつの間にか俺は、マリアに惹かれていた。これから先にある数々の困難を超えていくためには、彼女の助けは必要不可欠だと思った。マリアとも相談した。


 次期王妃を務める気概はあるか問いかけると、彼女は力強く頷いた。それから少々強引に事を進めて、俺とマリアは婚約関係となった。


 マリアは、イザベラという加害者に毅然と立ち向かった勇敢な女性として、貴族や市民に喧伝しやすかった。それからマリアは、子爵という比較的低い爵位だったので対立している大貴族たちにも話をつけやすかった。彼女の家が王族の恩恵を受けたとしても、大貴族には太刀打ちできない程度だから。


 政略的な結婚だったけれども、イザベラの凶行を知って落ち込んでいた時に慰めてくれたり、現王の代わりとして仕事をした時の疲れをマリアは癒やしてくれて自然と惹かれていった。


 俺はイザベラの起こした騒動の中で、マリアと出会えた事は唯一良かったと思える点だった。



***



 遂に、イザベラが処刑される日が来てしまった。


 広場に集められた民の前でイザベラは手首を固定されて、その上に刃が設置されていた。そんな状況に置かれても、イザベラはいつもの様に何事にも関心を寄せないという顔で、民からの厳しい視線を受け止めていた。


 イザベラは何故、あんなにも落ち着いていられるのだろうか。


 俺が処刑人に指示を出してしまえば、イザベラは首を切り落とされて生涯を終えるという状況なのに。もしかして、彼女は俺が本気で実行する気はないと踏んでいるのだろうか。だから、慌てず騒がす平常心でいられるのか。


 確かに俺は最期まで、彼女に助かって欲しいと願って説得を続けていた。だけど、それにも限界があった。限界はとうに過ぎてしまった、俺は躊躇なく処刑を実行することが出来るだろう。


 しかし俺は、自分の意志に反して少しだけ未練を持って彼女に近づいてしまった。自然と、俺の口から言葉が溢れ出た。


「何か申し開きはあるか?」


 イザベラは俺の言葉を聞くと、今までは何も感情がないような無表情だったのに、一転してニッコリと俺に向かって笑いかけてきた。彼女が浮かべた笑顔は、見る者をゾッとさせるような、しかし俺が今までイザベラと一緒に過ごしてきた中では一番に美しいと思わせるような表情だった。


「執行人の方が読み上げたモノは全て、私のやった事ではありません」

「ッ!?」


 こんな状況になっても、やはり彼女は罪を認めず償う気持ちは一切無かった。その後も少し会話を試みたが、イザベラは何も語らなかった。

 

 イザベラの言葉なんて聞かなければよかった、と後悔した。今まで見たことのないようなイザベラの笑顔は、彼女を助けたいという俺の想いが最期まで否定されたようで腹立たしくなった。


「……刑を執行しろ」


 処刑人に、怒りのままにギロチンを作動させるよう指示をした。俺は、一緒に来てくれていたマリアと、イザベラの元から離れた。


「さようなら、イザベラ……」


 それでも俺の口から、イザベラとの別れの挨拶が自然と漏れていた。あれでも俺の婚約者だった女性。だけど、これから先の人生はマリアと2人で生きていく。


 気持ちの切り替えと、覚悟が必要だった。

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