王子視点

最初の間違い

 一体どこで間違えてしまったのだろうか。俺はなぜ、あの時に彼女の言葉を信じることが出来なかったのか。なぜ、彼女を手放してしまったのだろうか。


 今更、どんなに悔やんでもあの頃には戻れない。失ったものは、取り戻せない。



***



 信じられないような報告が、上がってきた。


 報告してきた部下からの説明と、数枚の報告書に纏められた事実を目にして最初に脳裏に思い浮かんだのは、まさか彼女がそんな事をしているだなんて、というような信じられないという感想だった。


「大変申し上げにくいのですが、報告させて頂いたイザベラ様の学園での行いは事実のようです。複数人からの目撃情報が伝えられています」

「彼女の行いを何人も見ている、ということなのか……」


 報告された内容というのは、俺の婚約者であるイザベラが学園である女子下級生を虐めているらしいという話。報告の内容が本当ならば、イザベラは学園内での調和を乱していることになるし、将来の王妃としての振る舞いには相応しくない。


「彼女が何故、そんな事を?」


 いつもは周囲にあまり関心を持たないような彼女が、なぜ他人を虐めるなんて事をしているのか。行われた事実よりも、彼女がそうした理由を知りたかった。


「動機などはまだ掴めていません。いま判明しているのは、イザベラ様がそのような行いをしていて、学園内ではイザベラ様に関する悪い噂が流れているらしいという事だけです。不明瞭な段階で報告してしまい、申し訳ありません」

「いや、いい。早い段階で現状を知れただけでありがたい。イザベラの行動については引き続き、調査を進めてくれ」

「はっ!」


 突然もたらされた部下の報告を聞き終えて、俺は動揺しながら報告してくれた部下を労って下がらせる。


 1人になってから近くにあった椅子に座り込み、深いため息をつく。強い疲労感を覚えた。


 イザベラが他人を虐めているなんて……。いや、もしかしたら何か理由があっての行いなのかもしれない。今聞いた情報だけで判断するのは愚行だな。引き続き、彼女の行動を調べさせることで何か明らかになることがあるはず。そう考えるようにするが、彼女に対する疑念が晴れることはなかった。


 婚約者だったが、彼女がどのような女性なのか詳しく知らなかった。


 もしかすると、そういう性格の女だったのではないか。俺が見えていない部分で、そんな陰湿な行為をする女。


 最近は俺の父である王が体調を崩し気味で、王国内部の動きも怪しくなっている。色々と警戒や準備が必要な時期だった。そのために継承権第一位である俺が先導し、王に代わって王国に所属する部下達を動かしてなんとか国が保っている状態だった。


 王の代わりとして処理しなければならない仕事は多く、俺は忙しい日々を過ごしていた。もちろん在籍している学園に通うことは叶わず、さらに婚約者であるイザベラと顔合わせをする機会も月に1度あれば良い方となっていた。だから、最近の彼女が何を考えて、何を思って、そして何をしているのかを知る機会は少なくなっていたのかもしれない。


 丁度いい。今は彼女を見極めて、どうするか判断するタイミングだろう。もしも、報告されたことが事実だとすれば、俺は彼女を……。



***



 2度目となるイザベラに関する報告は、先日聞かされた内容よりも衝撃的だった。


「ここに書かれている事は、本当に彼女が行った事なのか?」

「えぇ。イザベラ様について調べていくと辿り着いてしまった、真実です」

「そんな……」


 ずらずらと書かれた罪状の数々、罪深い行いがあったという状況説明や証拠の数を見て、思わず呻いてしまった。大小の罪の数を全て合わせれば、百を超える程の数。王国の品位を下げた女として、すぐにでも処刑する必要があると思わせる内容。


 彼女は何故こんなことを行ったというのか、ただひたすらに理由が知りたかった。イザベラは俺の婚約者である女性だった。何故こんなことをしたのか理由を知れば、許すべき余地があるのかもしれない。


 俺は彼女に真実を問いただすためにも、仕事を中断して学園へと向かった。学園へ到着した時刻は昼過ぎ。イザベラは昼食をとっていると学園に居た者に聞いたので、彼女が居ると思われる中庭へと一直線へと向かって行った。そこに到着するなり目に飛び込んできた衝撃の光景。


「イザベラっ!」


 その状況を目にして、叫ばずには居られなかった。俺は叫んで、中庭で歩いていたイザベラの側へと走り近寄る。


「あら、アウレリオ様。王国のお仕事は宜しいのですか?」


 イザベラは俺の声に気がついて、振り向くと何事もなかったかのような様子で俺に目を向けて声をかけてくる。彼女の顔は、いつもの様にボーッとして何事にも関心を寄せないような、心ここにあらずといった表情だった。


「そんな事など、どうでもいい! それよりも、その芝生に倒れている女性について説明してもらおう」

「……はぁ?」


 イザベラは、何を言っているのか分からないという表情だ。イザベラの傍らには、俺が報告を聞いて、学園で噂になっていると思われる女子下級生が中庭の地面に手をついて倒れていた。


 イザベラは俺の言葉によって、地面に手をついて尻もちをついて倒れている女性に目を向けるが、表情も変えずボーッといつもの興味もないという目で見つめるだけで、何をしようともしない。


 イザベラは黙ったまま、何も動こうとしない。その様子にイライラと怒りを募らせながら見ていられなくなって、俺は地面の上に倒れている女性が立ち上がれるように手を差し伸べる。


「大丈夫ですか、お嬢さん」

「あ、い、いえ、あの、大丈夫です」


 震えた声で返事をする、地面に倒れていた少女を立ち上がらせた。それから俺は、イザベラの方に目線を向ける。だが彼女はボーッとしたまま、いつもの様子だった。まるで、私は無関係とでも言うかのように。しかし、事実はそうではない。


 イザベラの近くで無残に倒れていた女性。それだけで、事は明らかだった。


「彼女に、何をした?」

「は? いえ。私は、何もしていませんが?」


 イザベラが歩いていた近くに、地面に手を付いた彼女が倒れていた。イザベラと、地面に倒れていた少女以外に誰もいない中庭。明らかに、イザベラが彼女を地面へと押し倒して現場を離れようとしていた、としか思えない状況だった。


 しかも、俺が手を取り立ち上がった少女は恐怖で震えている。俺が問いただしてもイザベラは答える気がないのか、何もしていないと犯行を否定していた。


 イザベラが犯した罪の報告を聞いた。それから犯行が行われた瞬間、俺は偶然にも現場に居合わせることが出来た。この目で、間違いないことを確かめた。


 イザベラは将来の王妃として、そして貴族としての振る舞いに相応しくない行動をしていたのは確定的であるのに、彼女は犯行を否定している。仕方がない。


「イザベラを捕まえろ。数々の罪で、彼女を裁く必要がある」

「はっ!」


 俺は引き連れて来ていた部下たちに、婚約者であるイザベラを拘束するよう指示を出す。そして、俺の腕の中で恐怖に震えている女性を落ち着かせるように優しく抱きしめた。


「なんで、こんな事に……」


 部下の手によって引き連れられていくイザベラの後ろ姿を見つめながら、俺は何故こんな事になってしまったのかを考えるが、答えは出てこなかった。

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