10年ぶりの会話

 彼を家へと招き入れると、ダイニングにあるテーブルに座らせた。普段なら突然の来客だとしてもお茶を出して歓迎するけれど、彼に対しては必要ないだろうと考えて私は彼の向かいの席に座った。これですぐ、本題に入れるだろう。


 彼を家に招き座らせて、私も向かい合うように座って聞く体制になった。なのに、彼は黙ったまま口を開こうとしなかった。しかも彼はしばらく話もしないで、部屋の内装を見回して観察するフリをしながら私の方をチラチラと見ていた。一体何を観察しているのだろうか。早く、私を訪ねてきたワケを話してくれればいいのに。


 本当なら追い返してやりたい。けれど、彼が来た目的を聞かずに玄関払いにしたら後から絶対に厄介事に巻き込まれる予感がした。そんな事にはならないよう、事前に対策を講じるために仕方なく話だけでも聞いておこうと家に招き入れただけなのに。

 

 いい加減、話が始まらないので不本意ながら私の方から声を掛けることに。


「それで、ここに来た用件は?」

「……君は昔と変わらず綺麗なままだね」


 ここに来たワケを聞いたのに、いきなり話が通じなかった。私の質問を無視して、嬉しくもない褒め言葉。頭が痛くなった。


「あなたが、ここに来た目的は?」

「……ッ」


 先程よりも語勢を強めてハッキリと、同じ言葉で質問する。まっすぐ視線を向けて聞いてみると、彼はバツの悪そうな表情。


「……実は君に、フロギイ国へ戻って来てもらいたいと思っているんだ」

「はぁ?」


 私を、フロギイ国へと連れ戻したいらしい。予想していた事の一つだったけれど、まさか本気で言っているのだろうか。わざわざ遠い他国にまで来た彼の目的を聞いてビックリしてしまった私は、さらに彼の続く言葉を聞いて絶句してしまった。


「10年前の事件は、私が間違っていた。本当に済まなかったと思っているんだよ。あの日のことを、君を私が信じなかった事を、そして今までずっと誤解したまま君を待たせてしまったことを、全て謝罪したい」

「……」


 テーブルに両手を付いて頭を下げる彼。私は、彼が頭を下げる様を無言で見つめることしか出来なかった。


 もう10年も前のことなのに、今更になってなぜ謝罪を? もう忘れていたような昔のことだから、少しも気にしていなかった。今になって謝られても困るだけだ。


 しかも、”待たせてしまった”というのは、どのような意味なのだろうか。


 困惑していた私だったが、とりあえず彼が私の家に来た目的を知ることが出来た。それならば、次にとるべき行動は決まっている。


「こんな森の奥まで来てもらったのに申し訳ないのですが、なんと言われようと私はフロギイ国に戻るつもりは一切ありません。そもそも”私”は、10年前に処刑されて死んでしまった人間ですよ。生きて帰ったら混乱を生み出すだけです」

「え?」


 私の言葉に、何故か呆気にとられる彼。彼は10秒ほど硬直した後に気を取り直して、言葉を重ねる。


「10年前のことについて、本当に悔い改めているんだ。もう二度と、あんな過ちを犯さないように反省をして、君に心の底からの謝罪をする。もちろん、私が謝るだけでは君の気持ちは晴れないだろう。だから国に戻ってきて、償わせてくれないだろうか。貴方の失った10年という時間と幸せを取り戻すための準備が出来ている。君を傷つけてしまった贖罪として、君が幸せになる手助けをさせてくれないだろうか?」


 あれだけの仕打ちをしたくせに、謝るから帰ってきてくれだなんて。そんなことを言われて私があっさり帰ってくると思っていたのだろうか。


 と言うか、私を幸せにすると言うのなら私に構わないで二度と目の前に現れないで欲しい。それが貴方が出来る私にとって一番の幸せに繋がる行動なんだと、内心では思ったが口には出さない。今回の件を問題化させないよう、穏便に済ませられるよう心がけて私は対応する。


「申し訳ないのですが、私が国に戻ることはありません。あの日私は、死んで生まれ変わることが出来たのです。新しい人生の幸せを既に見つけました。私の幸せのためにわざわざ準備までして頂いて、それが無駄になってしまう事は大変申し訳ないのですが、私のことは気にせず。今後はアウレリオ様ご自身の幸せ、そして国王としての役割を果たすために国民の幸せを考えて下さい」

「……君は、そんなにも優しい女性だったんだな」

「……ッ」


 遠回しに、もう私に関わらないでさっさと国に帰ってくださいと伝えたつもりなのだが、どうやら彼には何も伝わっていないみたいだった。それに、見当違いな感想をつぶやいている。


 余計なことを言ってしまいそうな口を、無理やり閉じて私は我慢をする。本当に、今すぐに、早々と帰ってくれないだろうか。


「どうしても、国に戻ってくるつもりは無いのか?」

「えぇ、私は」


 しつこく聞いてくるが、私は絶対に戻るつもりは無いとハッキリと答えようとした時だった。突然、部屋の扉が開かれて若い男性がダイニングへと入ってきた。


「エリザベス、ご飯は出来たか? って、あれ? 誰か来ているのかい?」

「えぇ、ごめんなさいフィリップ。お客様が来ていて夕飯はまだ出来ていないの」


 今の私の名前であるエリザベスと呼んでくれる男性。私は椅子から立ち上がると、部屋に入ってきたフィリップの側へ近づき、今まで話し合いをしていたアウレリオに向き直る。


 すると、憎々しげな視線をフィリップに向けるアウレリオ。急いで私がフィリップについて説明しようと声を出す前に、元婚約者だったアウレリオが鋭く問いかけてきた。


「その男は誰だい、イザベラ?」

「私の夫であるフィリップですよ」


 アウレリオから鋭い視線を向けられながら、荒々しい口調で質問。困惑したような顔を浮かべるフィリップ。そして、説明を求めて私の方へ顔を向ける。


(以前、話したことのある元婚約者だった人よ)


 魔力を使った念話でフィリップに来訪者について説明すると、フィリップは小さく頷いた。それから、席に座っているアウレリオの方へ視線を向けて言い放つ。


「僕はエリザベスの夫、フィリップだ。よろしく頼む」

「君は、結婚していたのか……?」

「えぇ、アウレリオ様。私とフィリップは8年前、夫婦になる誓いを立てました」


 アウレリオの驚く顔。住んでいる家を突き止めるために私の事を調べて知っていただろうに、今の私に夫が居る事を知らなかったのだろうか。


 しかし、彼と話している間に思っていた以上に時間が過ぎてしまっていたようだ。夫には関係のない私関連の問題だったので、夫を巻き込まないようにと思っていた。けれど、夫のフィリップが家に帰ってきてしまった。本当なら、話し合いは速やかに終わらせて、なるべく早く彼に家から出ていってもらって、夕食の準備の続きをするつもりだった。それなのに、間に合わなかったか。


「エリザベス、先に夕食の準備をお願いするよ。腹が減った」

「……わかりました。アウレリオ様との話し合いは、後ほど」

「え? ぁ、ちょっと」


 私がアウレリオに夫を紹介した後、腹が減ったと言う夫のために私は夕食の準備を進めようと、キッチンに戻ることにした。アウレリオとの話し合いよりも、夫の腹を満たすことの方が私にとって大事だったから。


 呼び止めるアウレリオの声を無視して、キッチンに戻って料理の続きを再開する。ダイニングのテーブルに向い合って座り話し合いをしている夫と元婚約者だった人の話し声が聞こえてきた。


 最初は、彼らの話を気にしつつ料理をしていたけれど、途中から夕食の準備に集中していった為に、気がつくとダイニングには夫のフィリップだけが残ってテーブルに座って夕食の完成を待っていた。


「あれ、アウレリオ様は?」

「ちょっと話をしたら、彼は家を出ていったよ。それよりも夕食はできたのかい? 腹ペコだよ」

「そうなんですか。料理は完成したので、すぐにお出ししますね」

「あぁ、頼む」


 どうやら、フィリップが話をつけてくれて元婚約者を追い払ってくれたようだ。


 夕食が出来上がっても居座り続けるかも知れないと心配していたが、帰ってくれたようでホッと安心した。流石頼りになる夫である。


 元々は私の問題だったのに、夫に解決を任せてしまうという結果に。ちょっとだけ心苦しいと思いつつ、私の代わりに素早く問題を解決してくれて、とても頼りになる夫だなと惚れ直した。


 その後、夫との楽しい夕食時間を過ごした私。夕食前に巻き起こった、少し厄介な出来事は私の記憶から何時の間にか綺麗サッパリと消えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る