証明方法

 燦々と照りつける太陽の日差しと、煩く鳴く蝉とは、対照的に無機質に並ぶビルの屋上から街を俯瞰していた。

 楽しそうに話している親子。スマホを耳に当て急いでいるサラリーマン。これからランチに行くであろう女性。

 そんな人たちを見ていると、ふとある事を思いついた。

 いっそ、こんな人たち殺しちゃえばいいや。

 もともと、俺の人生は失敗作として作られたものなんだ。きっとこの世の副産物なんだ。捨てられるべきなんだ。

 勉強も運動もできず、だからといって性格もいいわけじゃない。いじめを受け、親からは消えろと存在を否定される。

 そんな俺には、友達———別名一生の宝物だなんていうのだろうか。そんなものは持っているはずもなかった。

 そんな俺はこのまま、中途半端に失敗するぐらいならもっともっと失敗してやる。そう思った。

 そこで思いついたのが、人殺しだった。

 人を殺せば、人生はどん底へと落ちる。

 どうせ普通に死ぬなら、そうしよう。そう思った。



 屋上から階段で下に向かう途中。横目に街を見た。

 さっきまでいた親子もサラリーマンも女性もいなくなっていた。しかしそこには穴を埋めるように新たな親子にサラリーマンに女性が居た。

 所詮、どんな人間にも代わりはいる。みんな違ってみんないい、なんてものは綺麗事、いやそれ未満だと思った。



 階段を降り終える。上を見ると、さっきまで俺がいたビルは、僕を見下ろすように影をつくっていた。

 家を出る前に、持ってきていたナイフをカバンの中で手に持つ。

 なぜ持ってきていたのだろうか。きっとこれは運命だったのかもしれない。

 運命的で、盲目的で、奇跡的だったんだと思った。

 目の前を親子が通り過ぎる。

「けいちゃん。今日のご飯はなにがいい?」

 うるさい。

「カレーがいい!」

 うるさい。

「またカレー?ふふっ。まぁいいわ。じゃあ今日もカレーにしましょうか」

 うるさい。

「本当に?! やったー!」

 うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。

「あの...すいません」

 俺の声に気づいたのか、親子が振り返った。

「はい?どうしました?」

「あの...ハンカチ落としましたよ」

「えっ?」

 母親が、背中をこちらに向けて俯いた。

 いまだ。今しかない。

「あれ? どこですか?」

 母親がそういった瞬間、カバンからナイフを取りだし母親の腹をめがけて手を伸ばす。

「ママ!」

 子供がそう叫ぶ。しかしその叫びは遅く、その時には俺は母親の腹を刺していた。

「はぁ...はぁ...」

 今までにないほどに、呼吸が早くなる。肩で息をする。背中には、緊張による汗が垂れているのがわかった。

「ママ! ママ!」

 子供が母親の元に駆け寄り、嗚咽を吐きながら叫んだ。

 うるさい。煩いんだよ。

「ごめんな」

 子供を刺す。腹からは血がダラダラと流れてでくる。

 周りの悲鳴は、蝉の声に紛れ聞こえなくなっていた。





「なんで殺したんだ!!」

 無機質なコンクリートと鉄格子でできた窓がある取り調べ室に、響く男の声。

「そんなの...わかってたまるか」

「ふざけるな!親子を殺しておいて...なにをいっている!」

 男の声とともに、パンという音が響く。

 すると、頰らへんにじんわりと冷たさを感じた。本当は冷たくなんかない。痛みに伴いじんわりと温かさも感じているはず。はずなのに。


 そんな俺に、世間がつけた名前は

『犯罪者A』

 こんな人がこの世に存在するのか。まるで小説に出てくるような殺人犯だ。ということから、このようなに前がつけられたそうだ。




 その後俺は、終身刑や死刑にはなることなく実刑判決懲役12年の判決を受けた。

 精神状態に異常が見られることが判明したことで、それを留意した結果だという。

 刑務所の中は、夏だというのに冷たく感じた。残酷なアスファルトからは、暖かさなど感じず、鉄格子から出ている太陽の日差しからは眩しさを感じなかった。




 懲役期間が終わり、刑務所から出ることができた後、俺は仕事に就くことにした。

 しかし、元犯罪者である俺に対する世間の目というか風当たりというのは、冷たいものだった。

「え...君、人殺ししたの...?」

「は、はい」

「ていうか、もしかして君...『殺人犯A』?」

 僕は口を紡ぐ。

「やっぱり...すまないけど、君みたいな子はうちでは採用できないな...も、もちろんお金なら払うから許してくれ!」

 と謝られる始末。まるで、俺が別の生物だと思ってるみたいに扱う。

 俺だって、お前と同じ人間だっていうのに。

 そんな時、俺はある人と出会った。

 犯罪学に詳しい大学教授、確かナカヤマと言っただろうか。

 ナカヤマの「殺人心理学」という講義が無料で街の図書館のホールで行われていたので、行ってみた事があった。

 その時語っていた事が、まるで俺のことを紹介していることのように、感じられた。いや、実際そうだったのだ。

 それ以来、ナカヤマの月一回行われる講義に行っていた。

 その中でも、特に印象があったのものがあの言葉だった。

『みなさん。犯罪者は孤独だったんです。その末に、助けを求める一つの手段として窃盗、暴力、殺人があったのです。犯罪者は人間です。他の動物ではないのですよ?』

 という言葉。その言葉を聞いた時、とても救われた。けれど、他の席から

「犯罪者なんて受け入れられるか」

「こっちだってこわいんだぞ!」

 という言葉が聞こえてくる。

 その言葉に、ナカヤマは反論できずにいた。同時に俺も反論できずにいた。

 ところどころから聞こえるその声は、俺の胸の隅に確かに刺さって、苦しくしていた。






 俺は、雨に打たれながらあの屋上に向かって上がっていた。雨は俺の体を冷たく刺している。

 今登っている階段の数は、きっと俺の敵の数なのだろうか、と妄想をした。

 途中まで上がってきたところで、横目に下を見る。

 そこには親子もサラリーマンも女性もおらず、ただ雨だけが地面に落ちていく。

 カンカン。ポツポツ。俺の足音と、雨の音が自分の耳元でささやく。

 屋上に着くと、雨に濡れながら街を俯瞰していた。

 さっきまで降っていた雨はさらにつよくなり、一部には水たまりができていた。

 あぁ。なんて、つまらない人生だっただろ。神様は平等だというけれど、そんなことはなかった。いや、きっと俺は例外なのかもしれない。俺は副産物だったんだ。副産物は存在すべきではない。捨てられるべき存在なのだ。

 それでも、生きていたい。そう思った。



 これから俺は、俺を殺す。



 怖いけれど、そうするしか俺の存在を証明する方法はないのだから。




 それが殺人犯Aの唯一の存在証明だった。






※この事件は、実際の事件とは全く関わりはなく、また殺人や自殺、窃盗などを助長するものではありません。










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殺人犯Aの存在証明 ミヤシタ桜 @2273020

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