図書館のような施設にひとり、レポートを書くためバッハについて調べる学生のお話。
ホラーです。読み終えてジャンルを確認してみたらホラーでした。読んでいる最中は正直ホラーだとまったく思わないのに、でも最後まで読み終えるとしっかりホラーしている、このお話にでっかい蓋をされる感覚がもうとんでもないというか、完膚なきまでにやられました。すごい。ボッコボコに打ちのめされてもう立ち上がれない。冒頭の一発ですでに膝に来てるのに、読み進めるたびに威力を増していく物語。中盤に差し掛かる頃にはすっかりめまいがしていたというか、完全に過剰摂取です。物語の量と圧がもう、一本の短編に込めていい上限を明らかに超えている。どうしてこんな物語が書ける?
いやもう、面白かったです。本当にただただ楽しんだという感覚。おかげで自分なんかが感想みたいなこと書くのがもったいないくらいなのですけれど、でもやっぱりいても立ってもいられないので何か書きます。正直、完全に物語に呑まれたという自覚があるので、とてもまともに言語化できる気はしないのですけれど。
まずもって冒頭からもううまいです。遺書という強いタイトルの通りの鮮烈な書き出しに、その流れを途中でバッサリぶった切ってのこの、こう、なんだろう。転調、どころか別の話が始まるような。視点というか視座そのものが一気に遠くに引いて、ほとんど端的な説明のような形で世界設定を投げ込んでくるのですけれど、そこに列挙された単語のパワーがもうすごい。あまりにも威力があってかつ想像もしやすく、これだけでうっすら世界の輪郭が見えてしまうのに、そのまま勢いが途切れずぐいぐい引き込んでくれる。なんだこれ!? もう完全な奇襲攻撃なんですけど、でも思いついたところで実力がなければ成功しないタイプの奇策。考えに考え抜かれた冒頭であるのはもとより、単純な文章力の高さまでもが窺えます。
お話の筋そのものは、まごうことなきディストピアSF。最初にホラーって言いましたけどそれはあくまで最後まで読めばの話で、八割がたは骨太なSFしてると言っていいと思います。それもディストピアもので、少なくとも現実の現代日本とは異なる(はず。そう言い切れないのが怖いっていうか本当に脱帽するしかない!)価値観の中に生きる人間の、その感覚の書き方の繊細さ。文章の理路自体をさらりと理解させてきたうえで、感情的な面できっちり不協和音を引き起こしてくる。わかるのにわかりたくないような感覚というか、なんかもうあまりに作者の手のひらの上すぎて笑うしかないです。すごい。
その上で、というか挙げ句の果てにはというか、登場人物が実質主人公ひとりだけという点。それでしっかりストーリーが成り立っているばかりか、彼自身の抱えた葛藤や確執、すなわち人間のドラマまで描き切っていて、いやもうこの感想大丈夫ですか? どうしてもただベタ褒めしたみたいになっちゃうんですけど、本当にこう言う以外にない。どうしようもない。本音を言えばもっと芯の部分に踏み込んで語りたいと思わせるくらいの内容があって、でも完全に打ちのめされているのでその辺が言葉にならないという、いやもう本当に自分でも何書いてるのか分からなくなってきました。興奮して早口になってるような状態。
凄かったです。もう本当化け物みたいなすんごい作品で、こんなの本当に初めてでした。とても面白かったです。読めてよかったー!