茉莉花に伝えたい白百合
「一年前、わたくしは茉莉花さんという運命の人に出会いました」
唐突に語り始めた白百合に、隣に座る茉莉花が湿っぽい視線を送る。
昼休み、中庭の木陰のベンチで談笑中である。
「一人で街の方まで外出するという暴挙に出たわたくしは、それはそれは心細く感じておりました」
「暴挙とは……」
「ちょっとした反抗期ごっこですわ。うふふ、わたくしったらお茶目さん」
「反抗期とは……お茶目とは……お嬢様がわからないよ」
「ちゃーんと家の者には一言伝えてから飛び出しましたから、無問題ですわ」
「そっかあ」
呆れたような声音で、茉莉花が適当に相槌をうつ。
「そしてわたくしは、運命に導かれるようにあのコンビニエンスストアに足を踏み入れたのです。店内には、その時点ではわたくしの中でまだモブキャラだった茉莉花さんがすでにいらっしゃいましたわ」
「う、うん……」
「安心してくださいな、今ではわたくしのヒロインですからっ」
「いや、別に心配とかはしてないけど」
「あらあ、茉莉花さんのツンデレさん。そんな茉莉花さんも素敵ですわ」
茉莉花が引き気味に「あはは」と笑いをこぼす。
そんなことはお構いなしに、白百合が続ける。
「わたくしは商品を手に、お会計に向かいましたわ。そう、あれは確か……」
「覚えてないの? 緑茶だよ」
「そうでした、わたくし喉が乾いていたんです。しかしそこで大きな問題にでくわすのです。わたくしってば、お金を持っていなかったのですわ、とんだお間抜けさんです」
「今となっては白百合ちゃんらしいと思ってしまう」
「ああん茉莉花さんってばわたくしのことを隅々まで知り尽くしてしまっているのですね。照れちゃいます」
にこやかに、茉莉花は口を閉ざした。
沈黙が流れ、しばらくののちに白百合が咳払いをした。
「こほん、困っていたその時です、背後から鈴を転がすような、それでいて小鳥さんが歌うように愛らしい声がかけられたのです。天使が現れたのかと思いました、いえ、天使がそこにはいたのですっ」
「うう、言い過ぎ……」
「茉莉花さんはその小さな手をわたくしに差し向け、お金を払ってくださったのです。こんなに親切な方がこの世にはいるのだと、感激しましたわ。それに、こんなわたくしに優しくしてくださる方など初めてでしたわ」
「目の前であんなにオロオロされたらね……」
「いやん、わたくしの弱いところを見られてしまいました」
体をくねらせる白百合から目を逸らし、茉莉花は空に視線を泳がせた。
「それでですね、わたくしはどうしても茉莉花さんと同じこの高校に入学したくて、両親に無理を言ったのです。始めこそはこんな平凡な公立高校に入るなんて、と反対されましたが、事情を説明するとすんなり承諾してくださりましたわ。愛のためならば仕方がないとっ」
「うわあ……ご両親も白百合ちゃんと一緒なんだ」
「失礼な言い草ですわね。それに、他の目的もありますから」
「他の?」
「そうです、あの時のお金を茉莉花さんにお返しする、という大切な目的がっ」
「ええ、今更百円くらいいいよ」
「まあ確かに、将来的には財布を共有する仲になるわけですし……」
「んん?」
茉莉花が頭の上に疑問符を浮かべ、小首を傾げる。
「ですが、だからこそ些細なことからおろそかにしてはなりません。ですから、きちんとお返しします」
茉莉花の手を取り、その手のひらに百円玉を乗せると、白百合はそのまま自分の手を重ねた。
「ふふふ、ついに茉莉花さんと手を取り合う仲になってしまいましたわ」
「ノーカウント」
即座に手を引いて、茉莉花が首を振る。
「ま、茉莉花さん……恥ずかしがり屋さんですね」
「え、いや、そうじゃなくて」
「そうじゃなかったら何ですか、まさかわたくしに触れられ……る、のが嫌だとか、そんな……そんなわけ……ああああぁ、すみませんすみませんつい調子に乗ってしまいました嫌いにならないでくださいもうしません茉莉花さん大好きです愛してますうっ」
茉莉花は腰を上げ、パタパタと白百合の元から走り去る。
白百合も手荷物を抱え、茉莉花の背中を追いかけた。
「茉莉花さん聞いてくださいな、そしてわたくしの愛に応えてくださいなっ」
「今は遠慮しときますー!」
「今はということはいつか応えてくださるのですかっ? いつですか? 明日ですか? 一時間後ですか? 三分後ですか?」
「そんなのわからないよー!」
「ああん焦らさないでくださいな、茉莉花さんのいじわるっ」
果たして、白百合の愛に茉莉花が応える日は来るのだろうか。
おわり
茉莉花をオトしたい白百合 やまめ亥留鹿 @s214qa29y
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます