茉莉花とご飯を食べたい白百合


 堂領どうりょう白百合しらゆり、高校一年生。


 彼女は、学校の先輩である嶋原しまばら茉莉花まつりかにつきまとって……もとい、ご執心のようである。



「お待ちください茉莉花さん、勝負ですわ」


 唐突に背中に声を浴びせられ、茉莉花は肩をすくめて振り返った。

 そこには、いつもの如く仁王立ちを決める白百合がいた。

 茉莉花が苦笑を漏らし、上目遣いに白百合を見返す。


「こ、こんにちは、白百合ちゃん」

「へぇぁっ? ここ、こんにちはです、茉莉花さんっ。えへへへ、こんにちはですって、茉莉花さんがわたくしにこんにちはですって。まるで仲良しのご友人みたいじゃないですか、いやですわ」

「い、いやなんだ……」


 しゅんとする茉莉花を前に、白百合があからさまにうろたえ始める。


「ちち違います違うんです、あくまで嬉しさの裏返し的表現でして、決して直接の意味ではありません。その証拠に、わたくしは茉莉花さんを溺愛していますからっ」


 胸に手を当て、堂々たる声を廊下に響かせた。

 茉莉花が顔を真っ赤に染め上げる。俯いて、目をしばたたかせた。


「白百合ちゃん、みんな聞いてるから……」


 ここは学校、昼休み中の廊下である。主に二年生の視線が、あちらこちらから集まっていた。


「他の人なんてどうでもいいんです、わたくしは茉莉花さんに聞いてほしいですっ」

「そ、そういうことじゃなくて」


 後ずさる茉莉花に、白百合はぐいぐい詰め寄る。


「私の愛はあなたの心に届いていますかっ」

「だからやめてってばあ……」


 目をぎゅっと瞑って首を横に振る茉莉花を、白百合はポカンとして見つめた。

 少しの後、ぎこちない動きで茉莉花に手を伸ばした。


「ま、茉莉花さん、申し訳ありません、その、つい」

「うう、白百合ちゃんのバカ」


 茉莉花の言葉に、今度は白百合が後ずさる。


「ばっ……ば、ばか……ばか……茉莉花さんがわたくしに、ばかと……」


 苦悶の表情で、頭を抱える。

 茉莉花が困惑して気味の悪い物でも見るような目をしていることにも気が付かずに。


「ええそうでしたわ、わたくしはなんておバカなんでしょう、愛しの茉莉花さんを困らせてしまうだなんて」

「い、愛しの……」

「それがいくら愛ゆえにといえ、許されたことではありませんでしたっ。もう何度も反省したでしょうに白百合のバカ!」


 髪を振り回すほどにブンブンと頭を振る。

 茉莉花は依然、困惑の視線を向けていた。


「はッ、そうじゃありません茉莉花さんっ」


 唐突に我に帰る白百合。後ろ手を組み、もじもじと体をくねらせる。


「ほ、本日はですね、その、茉莉花さんと是非、その……昼食をご一緒いたしたいと思いまして」

「え、私と……?」


 目を丸くする茉莉花に、白百合がずいと詰め寄る。


「そうです、餌付けをさせてくださいなっ」

「ん?」

「わたくしとしたことが、どうしてこれまでこの方法に気がつかなかったのでしょう。これでようやく茉莉花さんはわたくしのものですわ」


 わずかに沈黙が流れ、茉莉花は目を伏せて人差し指で頬を掻いた。


「んっと……ヤダなあ」

「んなっ」


 驚愕に目をみはり、大袈裟にショックを受ける白百合。

 

「どどどどうしてですの、せっかくわたくし自らお料理を作ってきましたのに」

「白百合ちゃんってお料理もできるんだ」

「ええもちろんですわ、堂領家の娘として当然の嗜みですわ」

「すごーい」

「うふふ、もっと褒めてくださいな。茉莉花さんに褒められると天にものぼる気分ですわ」


 再びの沈黙。白百合は胸に手を当て、どこか誇らしげなポーズをとっている。

 コロコロと表情を変える白百合を、茉莉花は口辺にうっすらと笑みを浮かべて見つめていた。


「……ってそうじゃありませんっ、いいですか茉莉花さん、じゃんけんポンっのポンです!」

「あっ」

「ふふふ、後出し大勝利ですわ!」

「堂々としてるなあ」

「というわけで茉莉花さん、お昼をご一緒していただきます」

「ええ……強引すぎだよ」

「なんですか、まさかご一緒するご友人がいらっしゃるわけでもありませんのに、いいじゃありませんか」

「うう、またそれ……そんなにはっきり言わなくても……っていうか、白百合ちゃんが私の何を知ってるの、友達くらいいるもん!」


 珍しく強気に出た茉莉花を、白百合はクスリと笑って見下ろした。


「あら、それはどこのどなたですの、是非わたくしに教えてくださいな。教えられるのでしたら、ですけど」

「ううっ……し、白百合ちゃん、とか」


 声をつまらせながら、苦し紛れに茉莉花が答えた。

 その言葉と茉莉花の上目遣いに射抜かれて、白百合がうろたえる。


「んなっ、わわわわたくしですかっ?」


 顔を紅潮させ、目を泳がせながらじりじりと後ずさる。

 

「そそそそうですね、たたしかにそうだったかもしれませんわね。ついうっかり失念しておりましたわ、いやですわわたくしったら、おほほほほ」

「だ、だから、餌付けとかじゃなくて、その……普通に白百合ちゃんと一緒にお昼ご飯食べたいから……それで、いい?」


 白百合はさらに上気させた頬を、自らの両手で包み込んだ。


「ああんっ反則です茉莉花さん、茉莉花さんにそんなお願いの仕方をされたら下僕にでも奴隷にでも成り下がってしまいそうですう」

「ご、ごめんなさい、やっぱり今のなしで」

「あああああ、すみませんすみませんついこのイケナイお口が本音をペラペラペラとっ」


 教室に戻ろうとする茉莉花に、白百合が必死に追いすがる。

 

「是非にっ、是非にお願いします茉莉花さんお願いです、わたくしも先ほどの発言は撤回させていただきますからあ!」



つづく

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