茉莉花をオトしたい白百合
やまめ亥留鹿
茉莉花に近づきたい白百合
彼女には悩みがある。
「ちょっと、茉莉花さん、お時間いただけます?」
ひとりで廊下を歩いていた茉莉花の背中に、不意に声がかかった。
立ち止まって振り返ると、腰まで伸びる黒髪をたなびかせ、腕を組んで仁王立ちをする
切れ長の、鋭く冷たい目に射すくめられ、茉莉花は怯えを抑えるように胸の前で拳を握りしめた。
この気の強そうな一つ年下の後輩、白百合こそが、茉莉花の悩みの種である。
「な、何……か用かな、白百合ちゃん。私、移動教室なんだけどな……」
「あらそうでしたか。束の間で終わりますから、そこの空き教室までついて来てくださいな」
「えっ、いやでも……」
目を逸らして渋る茉莉花に、白百合はジト目でずいと詰め寄った。
「何ですか、まさかお待たせするご友人なぞいらっしゃらないでしょうに、わたくしの些細なお願いすら聞けないんですか?」
「うう、そういうわけじゃないけど……ぐさっとくるなあ」
しゅんとして、茉莉花が身を縮こまらせる。
その様子を上から見下ろしていた白百合が、ちらと周囲に目を向け、演技っぽく口を手で覆った。
後輩を前に萎縮する茉莉花と、萎縮させている張本人である白百合の二人に、衆目が集まっていたのだった。
「あら、見世物じゃありませんのに。ま、こんな下品で好奇な視線、気にすることはありません」
「うう、白百合ちゃんはただでさえ目立つんだから、人前ではあんまり、その……こういうことやめてよ」
「なっ……」
茉莉花の言葉に、白百合が信じられないという表情をする。
一瞬声を詰まらせ、慌てて取り繕おうとする。
「そ、そんな言い方されなくても。わたくしはただ茉莉花さんと少しばかり二人きりになってお話をしたかっただけですのに」
「だから、そういうのをやめてって言ってるの」
茉莉花が、か細い声を震わせる。
白百合に衝撃が走り、動揺を隠せない様子だ。
「なっ……茉莉花さんがわたくしを拒絶してる……い、いえ、そそそ、それはあり得ませんね、そうですね」
「あり得ます。だってもう授業始まっちゃうよ。白百合ちゃんも、早く教室に戻らなきゃ」
白百合は額を手で押さえ、わなわなと肩を震わせた。
血の気の引いた顔を背け、茉莉花に手のひらを向けた。
「も、申し訳ありませんでした。ででで、で、ではわたくしはこれで、しし失礼いたします」
「う、うん、またね、白百合ちゃん」
申し訳なさそうに眉を下げ、茉莉花が控えめに手を振り返す。
瞬間、白百合は勢いよく茉莉花に向き直り、瞳を煌めかせ、両手を組み合わせた。
「またね、ですか! はい、またねです、茉莉花さん!」
輝かしく清々しい笑顔とともに、白百合はひらりと身を翻した。
そうして機嫌よく歩み去る背中を眺め、茉莉花はひとり、感情の複雑な笑みを漏らすのだった。
堂領白百合、高校一年生。
彼女には悩みがある。
「あああああぁぁぁああ、茉莉花さん茉莉花さん茉莉花さん、なんて愛らしい人なんでしょう、なんていじらしい人なんでしょう、なんてお優しい人なんでしょう」
それは、嶋原茉莉花のことをこんなにも想い慕っているのにもかかわらず、彼女に一向に振り向いてもらえないことだった。
教室の自分の席で、白百合はそのことについて考えを巡らせていた。
周囲に独り言が漏れていることなど微塵も気にせずに。
ジタバタとはしたなく悶える白百合は、クラスの視線を集めに集めていた。
「ねえねえ、堂領さんがまた変なこと言ってるよ」
「いつもいつも独り言すごいね。せっかく美人で頭も良いお嬢様なのに、なんか残念だよね」
「最初の印象はクールでかっこよかったのに」
「今だって普段はクールだよ。っていうか、むしろ恐いよね。おかしくなるのって、ほら、あの小さくて地味な先輩のせいでしょ?」
「そうそう、他人には興味なさそうなのに、あの先輩にだけはつっかかっていくし。かと思ったらすぐに返り討ちだし」
「一体どんな関係なんだろうね」
周囲から聞こえるクラスメイトの話し声などは全くもって気にも留めず、考えを巡らせていた。
「どうすれば茉莉花さんと仲良くなれるのかしら」
そう呟いて、白百合はハッとした。
自分の呟きを否定するように、首を横に振った。
「いえ、もうすでに仲は良いですけどね、ええ、それはもう親密すぎて……親密で……ああっ茉莉花さん、どうしてわたくしのことをそんな、そんな怯えた目で見ますのっ。子犬のようで愛らしすぎますっ」
耐え切れないと言いたげに、両手で顔を覆う。
「そうじゃないでしょう白百合のバカ! はあ、駄目です駄目です。茉莉花さんは少々迷惑がっている様子ですのに。わたくしってば、どうしていつも困らせてしまうのでしょう。それもこれもわたくしのこの性格がいけないのです」
ため息をつき、俯けた顔をそっともたげる。
「いえ、茉莉花さん、もしかして照れ隠しなのでは。内気で臆病でまるで小さな一輪の可憐な野花のようなお方ですもの、あり得ます、あり得ますとも。ああっ、なんて儚げで奥ゆかしいのかしらっ、ますます恋慕の情が溢れてしまいますっ」
このお嬢様、茉莉花のこととなるととんでもなくトンチキなのだ。
「やっぱり餌付けかしら。茉莉花さんは何を好まれるのでしょう」
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます