第4話:殺し屋は悪魔城を目指す

――01――



悪魔城めいて聳える洋館、アテナ薬品本社ビル。燦々と降り注ぐ太陽の光が南向きの正面玄関と、その頭上に聳える塔を照らし出し、塔の頂上に納まる社長室のステンドグラスが描き出す、神話の風景の威容を輝かせていた。


洋館の塔はもう一つ、正面玄関の物とは対照的に、日の当たらない北向きの位置にも聳え立っていた。外見こそ相似形だが雰囲気は対照的な一対の塔。


北の塔は装飾に乏しく、石積みの外観は苔むして風化し、明り取りの高窓に嵌められた鉄格子が、閉鎖的で秘密主義的な空気を醸し出していた。





北の塔の内部。薄暗がりの螺旋階段に影を曳いて、コディアック警備保障の戦闘員たちがDDM4 PDW……AR15 超短縮型騎兵銃を携え、警戒していた。


塔の頂は貴族用の牢獄を模された空間で、豪奢な調度品の並んだ広い部屋は日の当たらないことと、扉の前の鉄格子を除けば十二分に快適と言えた。


ガシャンガシャンガシャンッ! 壮年の男女が鉄格子を掴んで揺らす!


「出してーッ! ここから早く出してーッ! 家に帰してーッ!」


「娘は、聖羅はどこなんだッ! 娘は無事なのかッ! 聞いてるのかッ!」


女・百目鬼幸恵、男・百目鬼光義。晴れ着姿のまま囚われた、聖羅の両親!


ズドンッ! オリジン12半自動散弾銃が散弾を轟かせ、2人が息を呑む。


「うーるっせぇなぁーッ! 静かにしねえと、脳味噌ブチ撒けるぞ!」


狐目の戦闘員が、甲高い声で喚き散らして歩み寄り……ガシャン! 鉄格子に蹴りを入れた!


「手前らの娘は今頃、安中部長さんの慰み物よッ! ヒャヒャヒャヒャ!」


鉄格子の向こうに囚われ、恐怖に震える幸恵と光義を、戦闘員が嘲った。



――02――



北の塔、最下層。いよいよもって日光から隔たれ、暗く閉ざされた地の底。じめじめと湿気て黴臭い、澱んで不潔な空気が漂う空間。並び立つ鉄格子と天井から垂れた鎖、燭台を模したLED電球。逃げ場のない地下牢獄だ。


牢獄の突き当り、赤く錆びた鋲打ちの鉄扉を開けば、拷問部屋。広い空間の中央に簡素な寝台が置かれていて、石壁には原始的な道具から電動工具まで無数の器具が掛けられており、天井には電線が張り巡らされ、その終端には様々な電子機械が繋がっていた。いずれも高価な医療機械ばかりだった。


拷問部屋の片隅、天井からぶら下がる鎖の先に、百目鬼聖羅の姿があった。


「ヌフフ……こんな場所に閉じ込めて申し訳ないが、我慢してくれたまえ」


邪悪な笑みで眼鏡を光らせ、聖羅の頬を撫であげる男。安中惣一郎だ。





「カレイドケミカルの時とは偉い違いね。あいつらもクソ野郎だったけど、こんな時代遅れの牢獄を見た後じゃ、まだしも文明人に感じヌグウッ!?」


聖羅の下腹部に右フックが一撃! 聡一郎は苦悶する聖羅を見て愉悦した。


「グチグチと五月蠅い女め! この期に及んでまだ反抗するつもりか!」


聖羅は奥歯を噛み締め、燃える瞳で聡一郎を睨み返した!


「あんたらの思い通りにはならないわ! そう上手く行くもんですか!」


スパンッ、スパンッ、スパンッ! 往復ビンタで聖羅の口から血が流れる!


「実に躾のし甲斐がある女だ! しかし、その気力が何時まで持つかな?」


「グッ……!」


しかし聖羅の瞳は、未だ希望を失わずに聡一郎を真っ向から見返した!


彼女の脳裏に蘇る電話の声! 不破の横顔! 彼女には強い予感があった!



――03――



『我々は友の死を悼み、過去の失敗を乗り越え、以って未来の糧とする』。


悪魔城の正面ゲート、鈍色に輝く合金製の自動ドアの上部に、ギリシャ語の標語が刻まれていたが、不破も山田もそれを読むことは叶わなかった。


文字の下にはギリシャ神話のレリーフが精緻に施されていた。幼いアテナと親友のパラスの槍試合。アテナが誤ってパラスを突き殺すシーンだ。親友を殺したアテナはその行いを悔い、パラス・アテーナーと名乗ったという。


そのレリーフには、薬学の進化の過程で避けられない犠牲者へ哀悼を表する意味があったが、不破も山田もギリシャ語を読むことはできなかった。


山田は扉のレリーフを物珍しそうに観察し、不破は前だけを見据えていた。


自動ドアが左右に別たれて、女神像の屹立する玄関ホールが姿を現す。





悪魔城の開かれた顎に、不破と山田が歩み入る。赤いカーペット、木目調を模した壁には、油絵の巨大な額縁がふんだんに配されている。広大な空間の隙間を埋めるように、ギリシャ神の石像や銅像が至る所に並び立ち、広間の片隅で光り輝くショウケースには、会社の沿革が威風堂々と記されていた。


それらの中心に、吹き抜けのホールを貫いて屹立する、巨大な女神像。


「何とまあ、贅沢な。製薬会社の意味について考えさせられる空間だ」


「趣味悪ィぜ」


山田の皮肉を不破が一言に要約する。2人は並んで歩き、アテナ像の足元に設置されたカウンターへと歩み寄った。無論、ライフルを携えたままで。



――04――



「ようこそ、アテナ薬品本社ビルへ。お名前とご用件をお伺いします」


石膏像めいた乳白色の制服をまとう受付嬢が、どこか壊れた笑顔で機械的に告げた。


「サプライズ・エクスプレスの不破だ。安中惣一郎さんに『届け物』を」


「どうぞこちらへ。『荷物』は受付にて承る旨、安中より伝言がありました」


「いや、悪いが手渡し指定でな。忙しいなら、俺が直接渡しに行くぜ」


不破の言葉に、受付嬢が怪訝な表情を浮かべる。山田は一歩引いた場所から頭上を見渡した。視線を感じる。見上げれば左上、背面の入口直上、右上と上層には回廊が巡り、武装した戦闘員が点々と立って見下ろしていた。


(成る程、既に包囲は完了済み……か)


山田が心中呟くのと、不破が煙幕手榴弾を取り出すのは同時だった。


「……殺人ウィルスのサンプルじゃなくて、鉛弾のプレゼントをな」


安全ピンを抜いた煙幕弾が記帳台に置かれ……シュピン! 撃発レバーが勢いよく弾け飛んだ。





「かしこまりました」


受付嬢は壊れた笑顔で答えると、乳白色の上着の袖を閃かしてカウンターの煙幕弾を払い退け、乳白色のタイトスカートと黒パンプスで身軽に跳躍して記帳台に膝立ち!


次の瞬間、受付嬢は恐るべき速さで黒塗りの短剣……フェアバーン・サイクス戦闘ナイフを閃かした。


「早ェッ!?」


短剣が黒い残像を曳いて振り抜かれ、狼狽して銃を構える不破の首根を薙ぎ切る! 


その瞬間、不破の身体が背後へと引っ張られ、紙一重で不破の喉首が黒刃を躱す!


山田は左手で不破の状態を曳きつつ、右手で胸のタントーブレードを抜き、不破と入れ替わりに進み出た!





「シッ!」


受付嬢がストッキングの両脚に筋肉を力ませ、山田に飛びかかろうとした瞬間!


ヒュボッ! 抜き打ちめいて投げたタントーが、受付嬢の右目を貫通!


山田は即座に距離を詰め、硬直した受付嬢の右手を掴み、短剣の刃を翻して受付嬢自身の喉を突く! 直後、嬢の右目に刺さったタントーを引き抜きつつ嬢を突き飛ばし、タントーを血払いしてシースに戻した!


バボッ! ブシュウ――――――ッ! 2人の背後で煙幕弾が白煙を噴出!


「行けッ、ポイントマン!」


「チ、チクショウ!」


女神像の足元で煙幕に包まれながら、不破と山田が駆け出す。


「接敵! 接敵!」


「戦闘開始!」


ホール2階を取り巻く回廊上で、戦闘員たちが口々に叫び、銃を構える!


戦闘員たちは腰を落として最小限に身を曝し、手摺から銃口を突き出した!


バスバスバスバスッ! ババババスバスバスッ! 煙幕に撃ちまくる!



――05――



不破と山田はカウンターを回り込み、女神像の背後に駆け抜ける! 煙幕を抜けた先は、煌びやかなショウケースを挟んで2階に続く、逆Y字の階段!


「クソッ! ヤツらを2階に上がらせるな!」


2階で包囲する戦闘員の一部が、隊列を組んで逆Y字階段に駆け付ける!


シュボボボボボボボボボボボボボボッ! そこに襲い来るフルオート掃射!


「「「ヒギャーッ!?」」」


75連ドラムマガジンが唸りを上げ、SG553Rの求めるままに弾を送り込む!


ズガッズガッズガッ! 山田は不破と背中合わせで歩き、逆方向に射撃!


ズガッズガッズガッ! そして山田は横を向き、女神像の奥の回廊に射撃!


シュボボボボボボッ! シュボボボボボボッ! 不破が前方に撃ちまくる!





「ウグェッ!?」


「ギャオッ!?」


「ゲボォッ!?」


死! 死! 死! 戦闘員たちの胸が、頭が、腹腔が次々と爆ぜて噴血!


次々と頽れる死体を跨ぎ、踏み越えて捨て身の突撃! 表裏一体で進攻する不破と山田はあたかも、互いの尾を相食むウロボロスがごとく!


シュボボボッ! ズガッズガッズガッ! シュボボボッ! ズガッズガッ!


正面は攻撃! 背面も攻撃! 2人で同時攻撃! 攻撃こそ最大の防御!


「「「ウオーッ!」」」


バスバスババババスバスバスババババスッ! 2階の戦闘員たちが猛反撃!


ズガガガガガガガチンッ! 山田はVz58で牽制弾を撒き、残弾を撃ち切って空のマガジンを次のマガジンで弾き、再装填! 不破と共に打って出る!





不破と山田、遮蔽物の無い回廊上で、戦闘員たちと真っ向から撃ち合う!


シュボボボボボボボズガガガッボボボボボボズガガッズガガッボボボボッ!


「「「グギャーッ!?」」」


撃つ! 撃つ! 撃つ! 反撃の暇を与えぬ猛攻! 7.62mm×39弾の雨霰!


「こ、後退ーッ!」


戦闘員たちは気迫に押され、たたらを踏んで回廊を回り込む!


「――フラグアウトッ!」


最後っ屁に手榴弾のオマケつき! 放物線を描いて不破と山田に迫り来る!


山田は銃撃を中断し、頭上から迫り来る手榴弾を、重改造Vz58ライフルのストックで打擲!


バットに打たれたボールのように、手榴弾が勢い良く跳ね返された!





「伏せろッ!」


山田が不破を押し飛ばし、2人が床に転がった直後、手榴弾が空中で炸裂!


ズド―――――ン! 回廊の斜め向かいの角、敵陣の頭上で破片を散布!


「「「ウガーッ!?」」」


壁に、手摺に、照明に、額縁に、展示台に、戦闘員の顔面に、破片が直撃!


「やったぜ山田、明日はホームランだ!」


「まぐれだよ」


軽口に軽口! 2人は身を起こし、手摺越しに銃口を突き出す! 反対側の回廊に立つ戦闘員たちが檄を飛ばし合い、不破と山田に銃口を向けた!


バスバスババババスッ! ズガガッズガガッ! シュボボボボボボボボッ!


300BLK弾と7.62mm×39弾の交錯! 不破と山田のボディアーマーに次々と弾がめり込み、不破と山田の顔や頭に弾が掠め、血がしぶいて髪が舞う!


ガチンッ! ガチンッ! 手持ちの銃の弾が切れた不破と山田は、再装填する手間も惜しんで、転がる死体からDDM4 PDWを剥ぎ取り、弾をばら撒き続けた!



――06――



女神像の直上。安中芙美江の立つ防弾ガラスの床を、銃声の衝撃波が震わせる。


芙美江は咥え葉巻で紫煙を燻らせ、静かなる双眸で激戦を見下ろしていた。


ビリリッ! ビリッビリリッ! 銃声はそれを最後に、ピタリと治まった。


「……何なの、これは」


芙美江の無感情な呟きと共に、葉巻の先端から、灰の塊がハラリと落ちる。


ホールに布陣した戦闘員は、全滅。ただ2人だけの軍隊によって。


「これは只事じゃないわ。貴方、聡一郎さんはどこなの?」


芙美江が鋭く声を飛ばすと、社長室の入口に立つ戦闘員が敬礼を返した。


「ハッ! 安中部長は北塔の地下牢獄に向かったとのことです!」


「あの女のところね。ギギギ……至急、指揮官に連絡を取って!」


「了解!」





戦闘員は無線で何事か話しつつ、芙美江に歩み寄って無線機を手渡した。


「――どうされました、代表」


「緊急事態よ。ホールの守備隊が突破されたわ」


「――何ですとッ、相手は何者ですか!?」


「倉庫の警備隊を襲撃して、サンプルを強奪した連中よ。油断しないで」


「――了解、充分注意します。どうか我々にお任せを」


「北塔の地下牢獄に行って。聡一郎さんが実験体の牝犬と遊んでいるはず。『重装歩兵』の仕様を許可するわ、何としても連中の息の根を止めて!」


「――フフフ……了解」


芙美江の苦々しい命令に、リーダー格の戦闘員が残忍な含み笑いを返した。



――07――



不破と山田は銃のマガジンを交換し、再装填して回廊を反時計回りに進む。


シュボボッ! ズガッ! シュボボッ! ズガッ! 辺りに転がる戦闘員の動きに目を光らせ、怪しい者には容赦なく弾を叩き込み、止めを刺す!


不破と山田は、床の血痕を見下ろした。その先には、這って逃げる戦闘員。


「待て。まだ殺すな」


銃を上げかけた山田を制する声。不破は腰の銃剣を引き抜いて笑った。


「俺が正しいナイフの使い方ってヤツを、お前に教えてやらぁ」


「まだ根に持ってるのか」


不破はバヨネットを逆手で握り、戦闘員に歩み寄ると背中を跨ぎ、座った。





「やぁやぁ哀れなおもちゃの兵隊クン。ご機嫌いかが?」


不破の右手が戦闘員の後ろ髪を掴み上げる。エビ反りにさせられた戦闘員の眼前に、銃剣の切っ先が突き出されてギラリと光った。


「ウワアアアアッ!? 止めろッ、止めろぉッ!」


「じっとしてろ、暴れたら目ん玉ほじくり出すぞぉ。いいかぁ、俺の質問に答えろ。正直に答えたら楽に殺してやる。百目鬼聖羅はどこにいる?」


「グ……グググッ……糞食らえッ!」


不破が残忍に笑うと、バヨネットの切っ先で、戦闘員の左目を突いた。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!? 止めてッ! 止めてくれッ!」


「もう一度聞くから、よく考えて答えろ。百目鬼聖羅の居場所はどこだ!」


「ウガーッ! わかった言うよ! 北の突き当り! 塔の地下の牢獄!」


不破は銃剣を閃かし、戦闘員の右目に深く突き込んだ。死の痙攣が伝わる。


山田は肩を竦めて溜め息をこぼすと、回廊に油断なく視線を巡らした。



――08――



不破と山田は、古びた洋館の床板を踏み鳴らし、迷路じみた通路を駆ける。


「おい、こっちで道は合ってるのか!?」


「知るか! 虱潰しに走ってりゃ、そのうち辿り着くだろ!」


行く手には曲がり角! L字通路の手前で、不破と山田が壁に沿って停止!


「こっちに来るぞッ!」


「食い止めろッ!」


バババババスッ! バスバスバスバスッ! 曲がり角の奥から激しい銃撃!


不破は舌打ちし、懐から銀色のオイルライターを取り出した。片手で角度を調整し、鏡面仕上げのライターを片手で突き出し、奥の様子を窺い見る。


バスバスバスッ! ババババスッ! バスバスバババスッ! 死に物狂いで撃ちまくる戦闘員たちの姿を光の反射で捉え、不破は片手を引き戻した。





「いたぞ、4人だ」


「グレネードは使えないのか、不破」


「あと1発しか残ってねーんだよ、そうパンパン撃てるか!」


「――フラグアウト!」


ガラッ、ゴロゴロゴロ! 不破の足元に転がってくる手榴弾!


バババババスバスッ! バスババババスッ! 銃撃が2人を釘付けにする!


「やっべえ!」


不破は殆ど反射的に、手榴弾をL字通路の向こうに蹴り飛ばした!


「「「ウワーッ!?」」」


ズド―――――ンッ! 炸裂と同時に山田が不破の肩を叩き、2人は前進!


「やったな不破、明日はハットトリックだ!」


シュボボボボッ! ズガッズガッズガッ! シュボボボッ! ズガッ!





蛇行通路を進み、敵を撃ち、進み、敵を撃ち、そして進み、突き当り!


無機質な石積みの壁と通路を隔てる、無骨な鉄格子! 不破は手を伸ばして把手を捻る! ガシャガシャ! 鉄格子の扉は施錠され、ビクともしない!


「抉じ開けてる時間はねえ! 錠前ごとぶっ壊すぞ!」


不破の叫びに山田は頷き、2人は鉄格子から距離を取って銃を構えた!


ズガシュボズガシュボズガシュボズガシュボズガシュボズガシュボズガッ!


扉の把手が埋まった、鉄格子の分厚い板金に着弾が連続して火花が散る!


「後は力押しでいくぜ! いっせーのーせッ!」


ガツーンッ! ガツーンッ! ガツーンッ! 錠前がガタガタに壊れた扉へ2人が息を合わせ、蹴り、当て身、そして蹴り! 金属のひしゃげる音!





「オラァ、開けェ! 開けってんだよォ!」


ガツーンッ! ガツーンッ! ガシャコーン! 格子戸が弾き開けられる!


「来るぞーッ!」


「殺せーッ!」


バスバスバスバスバババババスババスバスッ! 出入口に敵の銃弾が殺到!


不破と山田は一旦後退し、螺旋階段にスタングレネードを放り込んだ!


バボッ! ギ―――――ン! 薄暗がりに立つ戦闘員を、閃光が包み込む!


「「「ウワーッ!?」」」


戦闘員たちが怯んだ隙に、不破と山田が鉄格子の内側へ突入! 壁に沿って連なる、手摺の無い階段を下へ突き進む! 立ち塞がる者は撃ち倒す!


シュボボボッ! ズガッズガッズガッ! シュボボボッ! ズガッズガッ!


戦闘員の頭が弾け、頸動脈から血をしぶかせ、腰椎を砕かれ階下に転落!


不破と山田は、暗く影を落とす螺旋階段の地の底へと突き進んでいく!



――09――



バリバリバリバリイイイィッ! 拷問部屋を貫く、高電圧の爆ぜる音!


「ンギイイイイィッ!?」


女の獣じみた咆哮! 部屋の一角、天井から鎖で吊り下げられた聖羅だ! 晴れ着はズタズタに切り裂かれ、下着を剥がれて素肌を露出! 全裸に近い身体の手足や乳房、両耳、腹部に陰部、至る所に針を刺されている!


「フンヌッ、ジュルリ、グフッ……もっといい声で鳴けェ!」


全身の針の頭には細かな電線! その終端には電子機械が繋がっている! そして、機械の隣に立ち、聖羅と対するは聡一郎! 瀟洒なスーツの上着を上半身にまといつつ、下半身は全裸! その陰茎は残忍に反り返っている!


「グギッ、グギィッ……お願い、もう止め……止め、でッ」


「グッヒヒヒ……さっきまでの威勢はどうしたァ! それ、もう一回!」


スイッチオン! バリバリバリバリバリイイイィッ! 壮絶な高圧電流!





「ンオオオオオオ゛ッ!? オオオオオオオオオ゛ッ!?」


聖羅、全身の針から閃光を迸らせて全身痙攣! やがて白目を剥き、口から泡を噴いて失神! 天井の鎖を揺らし、床に糞尿を撒き散らす!


「アアアアアア゛ッ! ウオア゛ッ、アアア゛ッ! ……女めエエエッ!」


聡一郎、眼鏡の奥の双眸を残忍に窄め、獣じみた唸り声と共に放精!


シュボボボッ! ズガッズガッ! シュボボボッ! 鉄扉の向こうで銃声!


「な、何だッ!?」


聡一郎が驚き、振り返る! 緊張で下腹部に力が入り、ホースを絞るように勢いがつき、涎を垂らして脱力する聖羅の裸体に精が降りかかる!


シュボボッ! ズガガッ! シュボボッ! 銃声が! 近づいて来る!



――10――



シュボボボッ! ズガガガッ! シュボボボッ! ズガガガッ! 地下牢の薄暗がりにマズルフラッシュが瞬き、追跡者たちへ銃弾を送り込む!


「百目鬼ッ! 百目鬼ィーッ! クソッタレ、どの牢屋も空っぽだ!」


ズガッズガッズガッ! ズガッズガッズガッ! 周囲を索敵する不破に背を向けて、山田は戦闘員たちに撃ち続ける! 先頭の戦闘員の頭が弾ける!


「まさか、袋小路に誘い込まれたッ……ちっくしょう、騙されたのか!」


不破が毒づき、突き当りを左に折れると……暗がりの先に、錆びた鉄扉!


「アレだ! 山田、突き当りに扉があるぜ!」


バスバスバスバスッ! バババババスバスバスッ! 追撃する戦闘員たちの銃撃を避けて後退した山田が、不破を曲がり角の奥に尻で押し込んだ!





ズガガガッ! ズガガガッ! 山田が壁ごしに撃ち返しつつ、不破の身体を通路の奥へ奥へと押し込む!


「おい、押すなって!」


「何か言ったか!?」


バババスバスバスババスバスバスバババスッ! 敵方の銃声! 曲がり角の石壁に当たって跳弾する音! 不破は頭を振って、ヤケクソ気味に山田に叫ぶ!


「扉だよ、扉!」


「よし、後退だ!」


「万に一つ、罠だとすれば……」


「どの道、このままでは袋の鼠だ! 扉の向こうが、籠城できる場所だと願うしかあるまい!」


ズガガガッ! ズガガガッ! ズガガガガチンッ! 山田は弾切れを起こした銃を手に、振り返って不破に叫んだ!


「違えねェッ!」


不破と山田は銃撃を中断し、牢獄の最奥の扉を目指して脱兎のごとく疾走!



――11――



聡一郎は狼狽した! 今の自分は下半身全裸、おまけに素手! 彼は徒手を見つめて、壁にかかった電動工具へと駆け寄り、武器を物色する!


精液塗れの手で、電動チェーンソーを掴み取った! バッテリーを装着してスイッチオン! ギュイイイインッ! 狂おしいソーチェーンの駆動音!


ドバァンッ! 鉄扉を跳ね開けて、不破が転がり込み、聡一郎は瞠目!


「しまったッ! 鍵をかけ忘れた! クッソオオオアアア死ねエエエッ!」


ギュイイイインンッ! 振り向いた不破に、聡一郎がチェーンソーで突撃!


「切り刻んだらあああああ゛ウオオオオオオ゛ッ!」


「ハンッ!? ホッ、ホアアアアア゛ッ! 来るなアアアアア゛ッ!?」


ギュイイイイインッ! チェーンソー斬撃! 不破が跳躍し転がって回避!





ギャリギャリギャリッ! 石畳でチェーンが跳ね、壮絶な火花! 聡一郎は火事場の馬鹿力で、吹き飛びかけたチェーンソーを握り直して転身!


「オラアアアア゛ぶった切ってやらああああ゛ッ!」


地面を転げて起き上がりかけた不破に、聡一郎のチェーンソー突撃が迫る!


「ホンギャアアアアアア゛止めてエエエエエエ゛ッ!?」


ドンドンドンドンドンッ! 聡一郎の背中に、脊椎を縫うような9mm弾の単発速射!


「ブゲラグボォッ!?」


聡一郎、痙攣と共に硬直! ガチャッ、ギャリィンッ! 不破の足元でチェーンソーが跳ね、空転停止!


ドンッ! P11拳銃のオープンサイトが聡一郎の頭をまっすぐ照準し、ヘッドショット!


聡一郎の頭が破裂! 射出創から血の塊を吐き、絶命! 前のめりに崩れ落ちる!


「手前クソ野郎、チェーンソーはねーだろ! 本気でブルったわ!」


山田に助け起こされながら、不破は毒づいて聡一郎の屍を足蹴にした。



――12――



ズガッズガッズガッ! ズガッズガッズガッ! ズガッズガッズガッ!


バスバババスッ! バスバスバスバスッ! ババババスッ! バババスッ!


拷問部屋の入口真横で、壁に貼りついた山田が銃撃し、背後を振り返る!


「不破、早くしろ! 攻撃が激しい、私だけじゃ捌き切れんぞ!」


「わーってるよ! チクショウ、あのスカム変態野郎、酷ェことしやがる」


針と電気の拷問に泡を噴いて気を失い、失禁脱糞した聖羅の静止に耐えない姿を見て、不破は憤怒の声で吐き捨てる。身体中に刺さった針を抜き捨て、天井の鎖に銃口を向け、シュボボボガキィンッ! 銃撃して破壊!


ズガッズガッズガッ! ズガッズガッズガッ! ズガッズガッズガッ!


「そいつ、生きてるのか!?」


「わっかんねえよ! だけど、放っとけねえだろッ!」





バスバスバス! バババババスッ! バババスバスッ! バスバババスッ!


ズガッズガッ! ズガガガガッ! ズガガガチンッ! ……ガシャコッ!


「クソッ、これで最後のマガジンだ! 不破、手を貸せッ!」


「よーしこっちも準備オーケーだ! 早いとこ突破するぜ!」


バババババババスッ! バスバスババスババスッ! 敵弾の激しい出入口へ不破が慎重に接近、背負った聖羅を下ろして壁に持たせ掛ける。向かい側の壁沿いに立つ山田が不破に頷き、不破はSG553Rで拷問部屋の外を狙う!


「最後の一発ぶちかますぜェ、とくと味わいな!」


ガポンッ! ズド―――――ンッ! グレネード弾が炸裂し、敵を一掃!


静まり返った地下牢に、不破と山田が銃口を突き出して進み出る!


ガチャリ、ガチャリ、ガチャリ……通路の奥で、何か硬質の音が響いた。


何かが、来る……黒い影が迫り来る……いや、その姿は漆黒そのもの!





ガチャリ、ガチャリ、ガチャリ……耳馴染みのない足音と共に接近してくる異様な追撃者に、不破と山田はドットサイトを覗き、五感を集中させた。


ガチャリ、ガチャリ、ガチャリ……その輪郭、その足音あたかも西洋甲冑。戦車を思わせる鋭角の全身装甲……それはまるで闇から生まれた漆黒の鎧。それは『重装歩兵』……炭素複合素材製、試作型強化外骨格!


「な、何だありゃあッ!?」


不破が叫び、山田が目を見張る。闇に溶け込む黒騎兵の手元で何か光った!


「マズい、戻れ!」


山田が咄嗟に状況判断し、不破を振り返って、拷問部屋へと押し戻す!



――13――



ダララララララララララララララララッ! ベルト機関銃の掃射が殺到!


辛くも部屋に逃れた不破と山田、その狭間の戸口から飛び込む無数の弾頭が拷問部屋の壁を穿ち、滅茶苦茶に跳ね回り、設置物を食い散らかす!


「クッソマジかよッ! あともう少しってとこで、こんなのありかッ!?」


「アリだろうがナシだろうが、やるしかないってことだ!」


「チックショオオオオオッ!」


シュボボボボガキャキャキャキャッ! ズガガガガガキャキャキャキャッ!


不破と山田を嘲うように、黒騎兵の装甲が軽々と銃撃を弾き散らす!


ダラララララララララララララララッ! 300BLK弾の雨霰が再び襲い来る!


不破と山田は素早く室内へ身を翻し、襲い来る弾幕の猛攻を凌ぐ!





「何てヤツだッ! 銃撃が全然利かんとは、まるで歩く要塞だなッ!」


「クッソーッ! 最後のグレネード、使わなきゃよかったぜェ!」


山田は驚き、不破は後悔を滲ませ呟く。ガチャリ、ガチャリ、ガチャリ……黒騎兵は超小型ベルト機関銃・MGA SAW Kを抱え、余裕の足取りで接近!


黒騎兵は恐怖を煽るようにゆっくりと、しかし着実に拷問部屋へと近づく。


「あれに、こんな小細工が通用するたぁ思えねえがなッ……!」


不破が舌打ちし、最後のスタングレネードを投げた!


バボッ! ギ―――――ン!


「チックショオオオオオッ!」


不破は自棄クソで声を荒げ、壁から身を曝して乱射!


シュボボボボボガキャキャキャキャキャ! ダラララララララララララッ!


白煙の中から弾幕! そして……ガチャリ、ガチャリ……煙の中からぬらりと黒騎兵は歩み出る! スタングレネードの一撃に、怯んだ様子すら見せない! その防御、正に鉄壁!





「クッソ何なんだあいつ、こっちの銃撃を避けもしねえ! 頭に来るぜ!」


不破は壁にもたれ、呼吸を荒げて毒づき、SG553Rのマガジンを交換した。


「冷静になれ! ヤツにもどこかに弱点があるはずだ、どこかに……」


ズガッズガッズガッガキャキャキャッ! ダララララララララララララッ!


山田が黒騎兵の黒兜を狙い撃つも、完全に無意味! 連射が返ってくるだけだ!


「それで、何か分かったかね!? 冷静沈着、頭脳明晰な山田クンッ!」


シュボボボボボガキャキャキャキャキャ! ダラララララララララララッ!


不破は皮肉をぶちながら、無駄と分かっていても黒騎兵に撃ち続ける!


「2つ分かったことがある。1つ、ヤツの装甲に銃撃は無意味。胴体も頭部も同じだけ頑丈だ。徹甲弾ではない7.62mm×39では太刀打ちできん!」


ガシャリ! 山田はおもむろにライフルを放り出し、不破に言った!


「ならどうする! 2つ目は、武器を捨てて降参しろとでも抜かす気か!」





ガチャリ、ガチャリ、ガチャリ……ダラララララララララララララララッ!


不破と山田はSAW Kの掃射で釘づけにされ、身動き取れずに睨み合った。


「……降参するだって? そうは言っていないさ」


山田がニヤリと笑い、黒騎兵の射線を警戒しつつ聡一郎の屍に歩み寄った。


ガシャッ、シャーッ! 不破の足元に、電動チェーンソーが滑り来る!


「おい、何考えてるんだ手前ッ! 気でも狂ったってのか!?」


山田は壁にかけられた工具から、大ぶりのスレッジハンマーを取り出した。


「銃が効かない相手なら、銃以外で戦えばいい。例えば工具とかな!」



――14――



ガチャリ、ガチャリ……ダララッ! ガチャリ、ガチャリ……ダラララッ!


黒騎兵が断続射撃を放ちつつ、勝利を確信した足取りで拷問部屋に近づく!


不破と山田は、開け放たれた戸口を挟んで左右に立ち、互いに頷き合った。


ダララララッ! ダララララッ! 黒騎兵は牽制弾を撒きつつ歩み続ける!


黒騎兵が戸口を潜った瞬間……不破がチェーンソーを振りかざして奇襲!


ギュイイイイインッ! 不破は黒騎兵の懐、銃の間合いの内側に入り込んでチェーンソー斬撃! ギャリギャリギャリッ! 黒兜の切断を試みる!





「ウオオオオッ!」


黒騎兵が咆哮! チェーンソー奇襲は完全に想定外で、身体が硬直する!


不破はチェーンソーを力任せに黒兜へ押し付けるが、ソーチェーンは黒兜の光沢を放つ表面を引っかき、粉を散らすのみ! 文字通り歯が立たない!


ドゴォッ! 黒騎兵はSAW Kを盾めいて突き出し、不破を弾き飛ばした!


外骨格背面の動力が人力をアシスト! 凄まじい衝撃で、不破が宙を舞う!


「かってェッ!」


黒兜の下で、リーダー格の屈強な戦闘員が嘲い、SAW Kを不破に構える!





その時、背後に山田! スレッジハンマーが黒兜の頭上に忍び寄っていた!


ズガアアアンッ! 黒兜の後頭部に強烈な衝撃! 黒騎兵がたたらを踏む!


「ウガァッ!? な、何だ一体!?」


黒兜は依然健在! しかし、頭蓋骨と脳を揺さぶられ、意識が朦朧とする!


山田は掛矢で杭を打ち込むように、スレッジハンマーを全身で振りかぶる!


黒騎兵がふらつきながら振り返った所に……ズガアアアンッ! もう一撃!


ガチャリ、ガチャリ、ガチャリ! 黒騎兵が千鳥足で後退しつつ、山田へとSAW Kの銃口を……ギュイイイイインッ! 背後から不破のチェーンソー!





ギュイーンギャリギャリギャリッ! 黒兜の後頭部にチェーンソー斬撃! ソーチェーンが滑り、背中の動力モーターに衝突して火花を上げる!


「何ィッ!? 動力はマズい……クソッ!」


黒騎兵は射撃動作を中断、背後を振り返って不破の排除を優先する!


ドゴォッ! 不破は機関銃の殴打をチェーンソーで受け止め、背後に滑る!


その隙に山田が駒めいて回転し、遠心力を乗せたスレッジハンマー殴打!


ズガアアアンッ! 黒騎兵が脇腹を打たれ、強烈な衝撃に体勢を崩す!


すかさず不破が距離を詰め、踏み込んで跳躍し、黒騎兵にドロップキック!


ガシャッ、シャーッ! 黒騎兵の手から、SAW Kを蹴り飛ばした!





「この野郎ッ!」


黒騎兵は背面モーターから電気火花を散らしつつ、激怒して不破に突撃!


ドゴォッ! 動力アシストの蹴り一閃! 攻撃を受け止めたチェーンソーをバラバラに破壊しながら、勢いそのままに不破を壁際まで吹き飛ばす!


山田が駆け寄り、ズガアアアンッ! 黒兜の後頭部にスレッジハンマー!


「アウ゛ッ!? ウウウ゛アアア゛ッ……!」


ガチャリ、ガチャリ! 黒騎兵は前のめりに数歩よろめき、踏み止まる!





「やれやれ、頑丈なヤツだな!」


山田の息を突かせぬ追撃! 駒めいて回転し、黒騎兵の背面に遠心力殴打!


ズガアアアンッ! 動力モーターが致命的損傷! 火花と共に煙を上げる!


「ウオオッ、ウオッ、ウオッ……ウオオオオ゛ッ!」


黒騎兵は不気味に四肢を突っ張らせ、徒手で振り返って山田に突撃!


山田は横っ飛びで、黒騎兵のエルボータックルを回避! 黒騎兵がすれ違う瞬間、スレッジハンマーに足元を掬われ、前のめりに床へと倒れる!





バリバリバリッ、バヂヂボムンッ! 黒騎兵の背面動力モーターが小爆発!


高熱と共に黒煙を上げ、外骨格の動力アシストが完全に機能停止!


立ち上がらんとする黒騎兵の背に、山田がスレッジハンマーを携えて立つ!


ズガアアアンッ! 振りかぶって後頭部に杭打ち殴打! 黒騎兵が倒れる!


ズガアアアンッ! 更に振りかぶって杭打ち殴打! 黒兜は凄まじく頑強!


「ウググゴゴゴッ……ウオオオ゛ッ……」


しかし、それを装着する人間は、炭素複合素材ほど頑強ではない!





「どけえッ!」


無感情な目でハンマーを再び振り上げる山田に、不破が叫んで駆け寄る! 彼の両手には、バッテリー式の電動丸鋸! コンクリート裁断用だ!


ヴリイイイイイン! ダイヤモンドカッターが獲物を求めて唸りを上げる!


山田が肩を竦めて脇に退くと、不破が獄卒めいて黒騎兵の背を踏みしだく!


「やぁやぁ哀れなおもちゃの兵隊クン。ご機嫌いかが?」


ヴリイイイギャガガガガガッ! 黒騎兵の兜と胸甲の継ぎ目に、電動丸鋸が押し当てられて、ゆっくりとだが着実に炭素複合素材を食い破っていく!





「ヌガアアアアアアッ!? や、止めろオオオオオッ!?」


回転するダイヤモンドカッターが、継ぎ目を食い破って首筋に食らいつく!


「アアアアアアアアッ!? アアアアアアガガガガゴボゴボゴボォッ!?」


血飛沫を潤滑剤として、外骨格を食い破るスピードが上昇! 一気に切断!


ギャガガガガガガガギャギャギャリィンッ! 丸鋸が石床まで達して停止!


ガチャリッ! 不破が丸鋸を投げ捨て、血塗れの顔で山田を振り返る。


山田は黒騎兵が持っていたSAW Kを拾い上げると、不破に無言で頷いた。



――15――



ガチャン、ギイイイィ! 北塔最上階の牢獄で、鉄格子が開け放たれる!


「な、何の真似だ?」


「さっさと出ろ!」


狐目の戦闘員がオリジン12の銃口で牢獄の外を示し、幸恵と光義に命じた。


(リーダーが無線に出やがらねえ。何か事が起こる前に逃げなきゃな!)


光義が不思議そうな顔で幸恵と顔を見合わせ、幸恵の手を取って歩み出る。


「ここから出してくれるのか?」


「出口へ行け。俺の前を歩くんだ。黙って言われた通りにしろ!」


狐目の戦闘員が最上階の扉を開け放つ、ショットガンで2人を急き立てて、螺旋階段を下らせた。2人を肉の盾として先に歩かせ、戦闘員が後に続く。





(チッ、誰も居やしねえ。やはり思った通りだ。逃げるなら今の内だな)


何度も振り返る2人に、戦闘員は緊張の面持ちで銃口を向けて急かした。


螺旋階段を半ばまで降り、本館へ向かう通路へ。無惨にひしゃげ破壊された鉄格子の扉と、周囲に刻まれた無数の弾痕に、幸恵と光義が震え上がる。


「オラ、止まんじゃねえッ! 脳天ブッ飛ばされてえかッ!」


背後から銃口に頭を小突かれ、渋々歩き出した2人は幾度か曲がり角を通過して歩みを止めた。





「ヒイイエエエエッ!? 血!? 死体!?」


「ウワアアアアッ!? 何だ、何なんだ一体!?」


ズドンッ! 痺れを切らした戦闘員が、天井に散弾を一発撃ちこんだ!


「うるせえなァッ! 死体がどうしたッ! 早く歩けってんだよ!」


「ヒイイイエエエエッ! ンヒイイイイッ!」


幸恵は言葉にならない悲鳴を上げ、へなへなとその場に座り込んだ。光義が背後を振り返り、幸恵に呼びかけて肩を揺らすも、微動だにしなかった。



――16――



カツ、コツ、カツ、コツ。靴音を響かせ、モデル歩きで一向に迫る人影。


「あッ……これは代表。おおお、お疲れ様でございます」


ヴィトンのスカートスーツ姿に咥え葉巻で歩く中年女性、芙美江だ。手にはヴィトン柄をプリントしたAR15 短縮型騎兵銃……SIG MCX VIRTUSを携える。


「指揮官を地下牢に行かせたっきり連絡が取れないの。貴方、丁度良い所に来てくれたわ。ちょっと地下牢まで見に行ってくれないかしら?」


「ヘヘ……連絡が無いってことは、もう死んだってことじゃないですかい」


「だからそれを確かめろと言ってるのよ! 貴方たちの仕事でしょう!」


「へへへ……悪いがお断りだね。ここはもうお仕舞いだ、逃げるが勝ちさ」


「肉の盾まで使って、臆面もなく敵前逃亡する気? 恥を知りなさい!」


「ゴチャゴチャうるせえんだよ、この腐れババアがッ!」





戦闘員がオリジン12を構え、芙美江がMCXを向けた! 芙美江はトリガーを引こうとした瞬間、戦闘員の背後に現れた、山田の姿に気を取られる!


ズドンッ! 芙美江の胸に散弾の大穴! 戦闘員が狐目で笑った直後。


ダラララララララララララララララララッ! 背面から飛び来たる弾の雨!


「な……に……」


ダラララララララララララララララララッ! 300BLK弾の雨霰が屈み込んだ幸恵と光義の頭上を貫き、戦闘員と芙美江の全身を蜂の巣に撃ち抜く!


ジャリジャリジャリジャリッ! L字通路の壁に身を預け、ベルト機関銃を構えた山田の足元に、大量の薬莢が落ちる。山田は慎重に前方を窺った。


「クリア!」


山田が振り返って片手を挙げると、不破が聖羅を背負って歩き出した。


山田が先行し、不破が後に続く。彼らの前に、幸恵と光義が立ち上がった。



――17――



そして、数日後。


鄙びた田園地帯。昼下がりの晴天に雲が流れ、心地よい初夏の風が吹く。


山越え海越え、田舎町。歩道橋の交差点を曲がり、Y字路を直進した左手に


古めかしい喫茶店『Zingali』。道路に面した駐車帯に、車が並んで停まる。


一番左、クリーム色のファストバックは、1969年製のVW・1600TLE。


その右、緑色のすらりと直線的なクーペは、1971年製のボルボ・P1800E。


一番右、空色で流線形のクーペが、1974年製のアルピーヌ・A110 1600SC。


博物館から抜け出てきたような旧車が3台、午後の陽射しに光り輝く。


駐車帯を真正面に見る、窓際のボックス席に男が2人、女が1人座っていた。


手前の右手に、山田一人。隣に黒川リュシエンヌ。2人と向き合い、左手の長椅子を1人で占領するのが、不破定。殺し屋が2人に、情報屋が1人。





「何だよ黒川さんよ。高ェルノーなんか買って、俺らに張り合っちゃって」


ウィンナーコーヒーをシナモン棒でかき混ぜ、不破が嫌味に笑った。


「別に張り合ってなんか無いわよ。安い出物があったから、つい」


黒川は微笑んで不破に切り返し、ベトナムコーヒーのフィルターを外す。


「ルノーではなくアルピーヌだな、正確には。確かあれもリヤエンジンか」


カップに蜂蜜を垂らし、山田がターキッシュコーヒーを啜って補足した。


「そうよ。貴方のタイプ3と一緒ね」


「どっちかっつーと、ビートルに似てるけどな! 一緒だ一緒!」


「ポルシェと比べて欲しい物ね。何せ140馬力あるスポーツカーですもの」


「ハァ、嘘だろ!? 俺のボルボより10馬力もパワー出んのかよ!」


「いや10馬力ぐらい誤差だろう。私の車の馬力など軽自動車レベルだぞ」


「いいや違うね! 新しい車が強力なのは当然だ。俺の車は負けてない!」


躍起になって黒川と張り合う不破を見て、山田は呆れ顔で肩を竦めた。



――18――



不破がヴィンセント・マニルの刻み葉を取り出し、コニカル型に手巻きして咥えて火を点す。山田もカレリアのチュービングタバコに火を点けると、隣の黒川が手を伸ばし、山田のケースからタバコを1本抜いて咥えた。


「ハァ。悪くないわ。良い香りね、かなり強いけど。何のタバコ?」


「ギリシャのタバコだ。ジョージ・カレリア・アンド・サンズ」


「フン。因みに俺のはベルギーのスモア葉だ」


「あんたには聞いてないわよ。ていうか葉巻みたいにクサ……強い匂いね」


「今、臭いって言おうとしたろ!」


「ハイハイ。それにしても、今回はあんたたち2人にまんまとやられたわ」


長椅子にもたれ、うんざりとした顔で言う黒川に、山田は肩を竦める。


「その言葉を聞いて安心したよ。悪人の手にブツが渡らなくて何よりだ」





「何よ、殺し屋が正義の味方気取り?」


山田は粉っぽいターキッシュコーヒーを舌で転がし、フムンと唸った。


「別に正義じゃないがね。正義の味方なら、私たちの前にいるじゃないか」


不破が両手を頭の横に掲げ、山田の真似をして肩を竦めて見せた。


「お姫様の容態はどうなんだ。致命傷ではなかったようだが」


「知らね。父ちゃん母ちゃんと一緒に病院で下ろして、それっきりだよ」


「無粋な質問だったな」


「別に」


不破と山田は視線を逸らし、黒川はそれを横目に見て、黙々と紫煙を吐く。





山田の懐でバイブ音。山田はブラックベリーを取り出し、画面を一瞥した。


「悪いが、今日はこれで失礼する。先に帰らせてもらうよ」


「好きにしろい。別に、仲良く挨拶するような間柄じゃあねえだろ」


「思いっきり拗ねた顔してるじゃない。素直じゃないわね」


「拗ねたりしてねえよ! 餓鬼じゃあるめぇし」


言い合う2人を余所に、山田は灰皿で煙草を消し、コーヒーを飲み干した。


「じゃあな」


「お前さ、倉庫の戦いの時」


「何だ」


「先頭でリスクを背負ってたのに、ブッ倒れたらあっさり見捨てられたろ」


「そうなの?」


「そういう『社風』ってことだ。私も慣れたよ、別に気にしちゃいない」


「そうか……」


「何よ」


「ケッ、別に」





山田は煙草ケースを取って懐に納めると、スーツの襟を正した。


「また仕事?」


「またろくでもない仕事さ」


黒川が席から腰を上げ、山田に進路を譲る。


「あらそ。今日は久しぶりに会えて良かったわ」


「そうかい。私はてっきり、君が300人のスパルタ兵を連れて復讐しに来たんじゃなかろうかと思って、気が気じゃなかったよ」


騎士のように差し出された黒川の手を、山田は姫君のように取って歩きつつ苦笑を返し、2人を振り返って仰々しく一礼して見せた。


「俺はもう二度と手前と会いたかねえな、敵として」


顔を上げた山田に、不破は窓の外を見たまま言った。いや、窓に反射した山田を見つめて言っているらしかった。


「奢ってけよ、年長者」


「いいとも」


山田は勘定書きを手にレジへと向かった。再び席に腰を下ろした黒川は、流し目でこちらを見る不破と目を見合わせるも、ややあって互いに顔を逸らした。


山田は店外の窓から2人に微笑み、1600TLEに乗り込み、エンジンをかけた。





不破 VS 山田


【第4話:殺し屋は悪魔城を目指す】終わり


不破 VS 山田 全4話 完結

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不破 VS 山田(マイナーチェンジ前ver.) 素浪汰 狩人 slaughtercult @slaughtercult

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