宝探しをするぞ、リョウタ! ~ユウとリョウタ編~

「リョウタ、SNSで面白いことが書かれているぞ」


 朝食時、ユウさんはスマホ片手にウキウキとした顔で画面を見せてきた。


「なになに、『浅葱駅前の街路樹に願いをさえずる鳥が出現。捕まえたら願いが叶うかも?!』何これ?」


「夕方になると駅前にムクドリの大群がいるだろ? 昨日から何かさえずる鳥が混ざっているらしい。願い事っぽい事を言ってるから『願いをさえずる鳥』がいると話題なんだよ。この投稿も四桁台のいいねがついてる」


「普通にペットの九官鳥が逃げただけだと思うけど」


「捕まえるとその『願いをさえずる鳥のうた』のとおりに願いが叶うという噂だ」


 やはり、俺の意見は聞いていない。


「で、君は捕まえたい訳だね」


「さすが、我が夫。願い事が叶うなら素敵じゃないか」


 この奥さんは無自覚に黄泉の国の女王と渡り合い、通り魔というか不審者に対しても無自覚に攻撃かまして撃退している。これ以上何を望むのか。


「やはり世界征服かな、いや、全世界七十億人食べさせるのは重荷だなあ。ふむ、ならばビル・ゲイツよりも資産を持って経済で世界を仕切るか。あるいは地球温暖化を食い止めて神と崇められて新興宗教の教祖となるか」


 さっきから壮大というか不穏な願いしか口にしない妻にはいつものことだから慣れているが、思い切り嫌な予感しかしない。捕物帖には強制参加だろう。俺は観念した。


 その日の夕方、俺は時間休を取らされて鳥かごと網を持たされて駅前に立っていた。妻とは現地で落ち合う約束だ。


「ユウさんは何か準備すると言ってたけど、穏便な装備にして欲しいなあ」


 いつぞやのエアガンとかはさすがに不味いだろう。動物愛護法違反だし。


「リョウタ、待たせたな」


 現れた妻は意外と普通の格好をしていた。手にしている袋が気になるが。


「ユウさん、危険物は使っちゃダメだよ」


「まず、作戦としてはクラッカー鳴らして驚いたところを捕まえるかな。例の鳥はなんか特徴あればいいけど」


「いや、九官鳥だろうからわかるんじゃね? って、クラッカーはまずいでしょ」


「あとはキードンホーテでカラス避け模型買ったから投げ込むか」


「いや、それはカラスの死骸に見せかけた模型だから意味ないのでは」


「いちいちケチつけるなあ。やってみないとわからないじゃないか。それより周りを見ろ。SNSで知った奴らが同じような装備を構えてあちこちにいる。奴らより早く捕まえるぞ」


 そう言うや否や、ユウさんはクラッカーを木に向けてパァーンと鳴らした。

 周りが何事だとざわめくが、当の鳥達は動じていない。きっと過去に似た鳥避け対策をされて慣れてしまっているに違いない。


「ちっ、効かないか。ならばこれを……」


 ヤバい、ユウさんはまだ何か隠し凶器を持っているのか、と危惧した時だった。


 近くのカップルが噴霧器を使って何かを噴射した。薬かと思ったが匂いからして木酢液だ。確かに鳥よけに使われることもある。


 今度は効果があったらしく、ムクドリ達は一斉に飛び立った。


「先輩! 群れから引き離しました! あとは見つけて捕まえてください!」


「いた! キューさーん! ほら、好物のリンゴぉー!」


 先輩と呼ばれた人は何故か丸ごとのリンゴをその鳥に向かって投げていた。撃ち落とす気なのか。しかし、おかげでどれが噂の鳥なのかわかった。

 リンゴに気を取られていた尻尾が一本だけ白い鳥を網に引っ掛けるのは容易なことであった。


「やったぞ、リョウタ! 願いを叶える鳥ゲットだ!」

「普通の九官鳥にしか見えないけどなあ」


 ユウさんは無邪気に喜んでいるところに先程の2人が近づいてきて事情を話してきた。何でも飼っていた九官鳥で、昨日から逃げていて探していたらしい。申し訳ないが返して欲しいとのことだった。


「なんだ、ガセだったのか」


「だから、ユウさん。ペットの九官鳥説を言った俺の方が正しかったでしょ」


「本当にご迷惑をおかけしてしまって。でも捕まえてくれたお礼はしますので、お名前を教えて……」


 その時、九官鳥のキューさんは突如しゃべり出した。


『彼女と裸で街を歩きたぁーい!』


 お互いの空気が凍った。もしかして、願いをさえずる鳥のうたって飼い主の願望のことだったのか。


「ず、ずいぶん変わった願望をお持ちで」


 ユウさんが吹き出しそうになりながら、網から鳥かごへ移している。


「でも、彼女さんと趣味がすり合わないんでしょ。君も大変だね」


 カップルの片方が変わった性癖を持ってると染まるか別れるか難しいからなあ。きっと裸で街歩きを頑なに断っているのだろう。彼氏がぼやいてそれを九官鳥が覚えてしまった訳だ。


「彼女ではないですよ。後輩なだけで」


「でも、捕物帖にそんな大道具使ってまで、協力するなんて彼女でないとできないよ」


 ちゃんと周りに配慮して木酢液を使う辺り気配りができる彼女さんなんだろう。


「うむ、確かにただの後輩ならそこまでしないよな」


 ユウさんも同意する。まあ、もしかしたらまだ恋人未満なのかもしれないが、二人は保護した鳥を急いで連れ帰りたがったのでとりあえず連絡先を交換して、帰り道についた。


「あー、新興宗教の教祖になりそびれた」


「君はなんでそんなに突飛な願いしか持たないんだ」


「あと、リョウタが健康的に痩せるようにという願いもあったのだけどな」


 ゆ、ユウさん。俺の事をそんなに心配して……。


「だから今日の捕物帖で動き回らせて運動させようとも思ったのだけど」


 いや、違う。それはパシらせる口実だろ。


「まあ、ビル・ゲイツ並の金持ちも教祖も無理なら身近な願いから行くか。リョウタ、家までランニングだ!」


「あ、待ってよ。ユウさん!」


 今日も俺はいいように利用されているような気がする。そう思いながらもなんとかユウさんに追いつこうと走るのであった。

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願いをさえずる鳥のうた 達見ゆう @tatsumi-12

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