願いをさえずる鳥のうた

達見ゆう

王様の耳はロバの耳とは言うけれど~私と蓮見先輩編~

「困った……」


 お昼の社員食堂。蓮見先輩はため息をついていた。


 私は気づかないようにカレーうどんをすすっていた。今日は紺色の服を着て準備して人気メニューの限定二十名のカレーうどんをゲットしたのだ。この至福の時間を夜中にマッパで練り歩く変態野郎に費やしたくは無い。


「俺ん家さあ、九官鳥を飼っていてさ」


 蓮見先輩は構わずに話を続けてきた。そう言えばいつぞや家に行って、変態情報を聞かされた時に鳥かごがあったな。黒い布を被せていたから何の鳥かはわからなかったが。こうして真っ暗にして夜を作ってやらないと寝不足になるそうだ。そうか、鳥かごの中は九官鳥だったのか。


「いやあ、一人暮らしで独り言を言うじゃん。そしたらそれを覚えてしまってさ」


 九官鳥あるあるだ。実家のご近所で飼われていた九官鳥は『おーい。タバコ買ってきてくれ』やら『ごはんよー』とか家庭内の会話が再現されていたものだ。


「で、他人に聞かせられないことを話し相手みたくキューさんに話していたら、それも覚えちゃって」


 流れから嫌な予感がする。カレーうどんの攻略は後半戦、味の良くしみた肉とナルトをいかにベストな順番で食べるかだ。これをまた蓮見先輩へんたいやろうに邪魔されたくはない。


「昨日、掃除していたらキューさん逃げちゃって」


「それは猫にやられるかもしれないから、休み取ってでも捕まえに行かないと」


 しまった、生来のお人好しが出てしまい答えてしまった。ええい、私の意識はカレーうどん、カレーうどんなのだ。


「まあ、カラス並にデカいから多分やられないと思う。で、なぜか駅前の街路樹にムクドリと一緒にいるのまではわかった。多分、今日の夕方もそこにいる」


「ならば、網を持って捕まえにいけばいいじゃないですか」


 うう、どうして会話を続けるのだ。早くしないと麺と肉のハーモニーの黄金時間が過ぎてしまう。


「たくさんのムクドリが邪魔で。それに人に言えないような願い事をさえずる鳥だから一人じゃ捕まえにくくて」


「まさか、捕まえるのを手伝えと」


「おお、やはり同志だ。そこまでわかってるなら話は早い。じゃ、君の分の軍手も用意するから業後に玄関で集合ね」


「勝手に……!!」


 抗議するために立ち上がった瞬間、どんぶりをひっくり返してしまった。ああ、後半戦に残した肉とナルト、うどんがぶちまけられていく。その後始末に追われて蓮見先輩を追いかけることはできなかった。


 蓮見……いつか奴は東京湾にでも沈めないとならない。軽い殺意を覚えながら片付けを続けてお昼休みが終わってしまった。



 で、業務後の駅前。断りそびれた私は軍手と鳥かごを持たされてある街路樹の下で待機していた。念のため、会社に事情を話して備品も借りてきた。

 あのクソ上司「そっかあ、最近蓮見と仲良いもんなあ」とニヤニヤしていた。あの上司もいつか東京湾に沈めないとならない。

 ムクドリは何十羽と一つの木に夕方ごろに止まってギャアギャアと鳴く習性がある。九官鳥のキューさんがなぜ紛れたかわからないが、同じムクドリ科だから勝手に仲間意識もったのかもしれない。


「で、どうやって捕まえるのですかあー?」


 ムクドリの大騒音の中、大声で蓮見先輩に話しかける。とにかくやかましくて仕方ない。


「なんか、SNSで尾ひれがついた噂がついちゃってさ。願い事をさえずって叶える鳥がいるとか言って捕まえようとする人が集まってるんだよ。ほら、似た格好の人達いるでしょ?」


 周りを見渡すと確かに、網とかごを持ったカップルや学生達が何組かいる。


「やつらに聴かれる前に捕まえるが、とりあえずキューさんの大好物の一個九百八十円の高級リンゴと安納芋は持ってきた」


「鳥の方が贅沢な食生活じゃねーか」


「ほーら、キューさん好物の安納芋だよー。リンゴもあるよ」


 先輩は掲げて呼びかけるが、なんせムクドリがやかましくて声がかき消される。


 その時、パァーン!という破裂音が聞こえた。誰かエアガン撃って仕留めようとしているのかもしれない。思い切り鳥獣保護法違反だ。まずい、ムクドリは動揺していないから、無事なようだけど。キューさんだけではなく他の鳥が傷ついてしまうかもしれない。


「先輩、鳥が散ったらキューさんを咄嗟に見つけられますか?」


「ああ、キューさんは尻尾の一つだけ白いから目立つ」


「じゃあ、散らします。会社から借りてきました。人によっては臭いので、息を止めるとかハンカチで鼻を覆ってください」


「え? 何を? うわ! 焦げ臭い!」


 会社の花壇用の噴霧器を借りて、ムクドリが嫌うという木酢液を詰めたものを街路樹に向かって吹き付けた。木酢液は無害で便利だが焦げ臭い独特の匂いがする。効果は一時的というが充分であった。吹き付けた瞬間、街路樹からムクドリたちはバッと逃げ出したのだ。


「先輩! 群れから引き離しました! あとは見つけて捕まえてください!」


「いた! キューさーん! ほら、好物のリンゴぉー!」


 先輩、普通は餌を与える時は切って小さくしませんか? なんで丸ごとなんですか? しかも掲げるのではなく、ぶん投げるなんて当たったら怪我するのでは?


 案の定、キューさんはリンゴを咄嗟に避けてしまい、他の人の網にかかってしまった。捕まえたのはどうやらカップルだか夫婦らしい。返してもらうように交渉せねば。


「やったぞ、リョウタ! 願いを叶える鳥ゲットだ!」

「普通の九官鳥にしか見えないけどなあ」


 喜んでいるところを悪いが二人に近づいて、私と蓮見先輩は事情を話した。


「なんだ、ガセだったのか」

「だから、ユウさん。ペットの九官鳥説を言った俺の方が正しかったでしょ」


「本当にご迷惑をおかけしてしまって。でも捕まえてくれたお礼はしますので、お名前を教えて……」


 その時、キューさんは突如しゃべり出した。


『彼女と裸で街を歩きたぁーい!』


 お互いの空気が凍った。確かに社会的人生が滅亡しかねない願望だ。彼女っていつぞや一目惚れした深夜ランナーの彼女か。まだ諦めていなかったのか。


「ず、ずいぶん変わった願望をお持ちで」


 奥さんの方が吹き出しそうになりながら、網から鳥かごへ移している。


「でも、彼女さんと趣味がすり合わないんでしょ。君も大変だね」


 旦那さん、あんたも東京湾沈め第三候補にするぞ。


「彼女ではないですよ。後輩なだけで」


「でも、捕物帖にそんな大道具使ってまで、協力するなんて彼女でないとできないよ」


 ニコニコと小太りの旦那さんは言うが、断じてそんなことは……。


「うむ、確かにただの後輩ならそこまでしないよな」


 奥さん?! あなたまで同意するの? でも、東京湾沈めを敢行したら逆に自分が沈められる予感がしたので心のリストからは除外した。



「いやあ、また君のおかげで助かったよ」


 キューさんを入れた鳥かごを持って足早に家路に戻る先輩に合わせて私も早足になっていった。


「九官鳥に願望を吹き込むなんてバカですか、変態、いや先輩」


「いやあ、一人暮らしだとついついね」


「ってご近所に聞かれて変態扱いされてるでしょ、とっくに」


「いや、防音はしっかりしているから、そんなことは……」


 その時、キューさんはまたしゃべり出した。


『日本もヌーディスト解放区を作れー!』


「……とっとと帰りましょう。社会的HPがゼロになる前に」


 私は般若の顔をして鳥かごを抱えダッシュし始めた。


 この腐れ縁はどこまで続くのだろう。しかもやっかいな仲間が増えたような気もする。私は暗澹とするのとは裏腹にキューさんは喋り続けるのだった。


『裸で街を歩きたーい』





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る