アラームが鳴るまでは……

テルミ

アラームが鳴るまでは……

 夢を見ていたような気がする。いや、目覚めてすぐは夢を見ていたと自信を持って言えたけれど。だんだんその記憶が薄れていって、本当に夢を見ていたのかわからなくなる。

 すぐ横に置いていた携帯の時刻を確認すると、ちょうど7時30分を指していた。そのすぐ下に忌々しい時計のマークをした悪魔を見てしまい、思わず嫌な顔をしてしまう。

 8:30

 悪魔の横に書かれている時刻はそう、目覚ましのアラームが鳴る時刻だ。起きなくても良い時間に起きてしまったのは悲しいけれど、後には戻れない。

 だが悲しいことばかりではない。何を隠そう、私は二度寝が大好きなのだ。多分みんなも好き。気持ち良いもんね……

 もう一度眠ろうと携帯の画面を閉じようとしたときに、これもまた嫌な文字を見てしまった

 (金)

 今日は金曜日、金曜日かぁ……

 鉛よりも重い体を懸命に起こして玄関先に向かう。今日は週に2回の燃えるゴミ収集日なのだ。

 寝ぼけ眼をこすらずにまとめていたゴミ袋を両手に携えて、そのままの格好で外に出る。

 

「さむっ」

 

 やめて。眠気が覚めちゃうから、いや本来はその方が良いんだけど。

 そうしたら二度寝ができるという幸福は達成されないまま、夢物語で終わってしまうではないか。

 ぐおー、それを持っていかないでくれー。なんて寝ぼけた頭で語りかけてみるが、そんな命乞いも空しく木枯らしが体を突き抜ける。風が強くて聞こえなかったかな?

 職場からそう近くないこの地域に知り合いは1人も住んでいなから、化粧も何もしてないナイトウエア姿でも堂々と歩けるのが、何もないこの地域に住む意味だ。ちょっと長い通勤時間を差し引いても、私にとってはお釣りがくるくらいの利点なのだ。

 数十メートルの往復なのに100メートルくらいあるような気がした。のっしのっしと一歩一歩踏みしめながら朝のお仕事を終える。

 再び部屋に戻るとぬくもりと猫が出迎えてくれた。まだ一仕事あるぞと言わんばかりの瞳をした愛猫は、サンダルを脱ぐ暇も与えてくれない。

 

「たまちゃんは今日もカワイイデスネー。でもサンダル脱ぐまでちょっと待ってね。ご飯でしょ? ご飯」

 

 足元に巻き付くたまちゃんはまるでマフラーみたいに肌触りが良くて暖かい。

 少しの間さよならをさせていただいてそそくさと食事の準備をする。私もそうしてもらいたいもの。

 さっきまですりすり擦寄りながら猫なで声で私を求めていた彼女…… 確かメスだよね……? は食事が出されると私にお尻を向けながらがつがつと食べ始めていた。

 私 < 食事の関係式をこうも見せつけられると少し寂しい気持ちになる。現金な愛猫め。最近は寒いからすぐおセンチになってしまうのだ。

 私も彼女にお尻を向けて大好きな布団に潜り込む。時刻は7時45分。うん、あと45分は眠れる。

 それでは皆々様、おやすみなさい。

 …………

 ……

 …

 


 あれからどれくらい時間経過したのだろうか、3分くらいかもしれないし、15分くらいかもしれない。

 ピポパポと若干割れた音が部屋中に乱反射をしながら私を叩き起こした。

 おそらくそれはすぐ横にある携帯からではなく、キッチンの方から。

 ご飯が炊けた音だと認識するまでにたっぷりと15秒は奪われた気がする。自己主張の激しい炊飯器くんにももう少し時と場合を考えてほしい。相応のものを買えというのだろうか。ふはは、炊飯器を買ったせいでお米が買えない事態に陥りそうなのでもちろん却下である。ふは。

 しょうもないことを考えながらも無の時間は一秒一秒過ぎ去っていく。この時間が良いのだ。

 ものやことで溢れている今、なんでもない時間というのは日に日に価値を増してきていると思う。

 無駄な時間と切り捨てる人も居るかもしれないけれど、私は好き。大好き。愛してるなんて言っても過言ではないくらい。好き。

 次第に街は動き出し、外も騒がしくなってくる。ゴミ収集車の音、仲睦まじげに鳴く鳥の声、おはようございます、とご近所さん同士で挨拶してる声、上の階の人が階段を降りていく音。音が近づいてくるたびに枕をぎゅっと抱きしめて、掛け布団に強く抱きしめてもらおうと体を縮めてみる。

 すると今度はとくん、とくん、と、今朝聞いたどんな音よりも近いところから、一定のリズムを刻むメトロノームのような規則正しい音が聞こえた。

 私の音だ。

 不思議とこの音だけは落ち着くことができる。この音に生かされているからなのだろうか。不思議だね。

 次第にまたまぶたが重くなっていき、視界も徐々に徐々に暗闇に支配される。

 おやすみ、世界。

 完全に閉じる直前に、私からは少し遠くて、でも近い場所からけたたましい音が流れた。好きなアーティストの好きな曲だったはずなのに今は嫌いなその曲は、携帯に設定していたアラームの曲だった。

 私がどれだけ眠かろうとお構いなしに耳元で、大音量でそれは流れ続ける。

 目覚ましに好きな曲を設定することのできる現代、好きなアーティストの好きな曲を設定する人は多いと思う。私もそのひとり…… だった。

 設定して数日は気持ちよく起きれたのかもしれない。覚えてもいないけど。

 ただ、今は嫌なくらいに響く声もメロディも心には全く響かなくて、耳障りとしか思わなくなった。

 目覚ましとしての戦果は充分だが、果たして好きをひとつ犠牲にしてまで掴まなければいけないものだったのだろうか。

 

「んん……起きました。起きましたよー……」

 

 なんて命題を打ったもののこれ以上考えるのは面倒くさいので、掛布団から腕だけ飛び出してそこら辺をぺしぺし叩いてみる。2度3度叩いたところで鳴り止むと再び部屋に平穏が訪れた。

 止めてから数分の静寂が心地良い。

 堪能した後、名残惜しくも寝床にさよならを告げて洗面所へ足を進めた。人懐っこい眠気を携えながら。

 朝だ。

 ――おはよう、世界。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アラームが鳴るまでは…… テルミ @zawateru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ