イヨ:THE CRAZY CAT

こたろうくん

THE PROLOGUE

「沢山の人、デカくて高いビル、狭い空、悪い空気……おはよう、ニューヨーク」


 爆発炎上するビルディング。弾け飛んだガラスがきらきらと煌めきながら降り注ぎ、明るい炎が立ち昇る黒炎を照らした。


「……朝から賑やかだな、さすがニューヨーク」


 のんきな事言ってる場合じゃないでしょ――その一喝に肩を竦めるのはそんな惨状を前にあくびをする灰色の毛むくじゃら。人は彼を、ジーンズとスニーカーを履いた“ネコ”をこう呼ぶ――


「“CRAZY CAT”……」

「イヨ!」

「合いの手どーも! 今日はノリ良いな、サイク」


 そうじゃないと先の一喝と同じ声が全長一メートル三十センチのイヨの頭上から降り掛かった。

 イヨが肉球の付いた手で庇を作りながら見上げる。そこでは一人の白髪の少女が黒い衣をはためかせながら空間に波を作り、降り掛からんとするガラス片を受け止めていた。“OVER PSYCHO”、ミュールだ。


「アンタの相棒のロボット、早くなんとかして。私はみんなを避難させるから」

「おいおい、なんでお前ばっかそんなラクな仕事なんだ?」

「じゃあ聞くけど、アンタ人の誘導した事ある? 代わる?」


 任せとけ――ジーンズの後ろポケットからどう見てもそこに収まっていたとは思えないほど巨大な銀色の銃を取り出したイヨはそれを肩に担ぎ、今まさに破壊活動を行っている巨大なマシンへと歩み寄って行く。


「おい、ジジイ。どーせ聞いてんだろ? 悪いけど保護観察中でお目付役がうるせえからお前のメカ、ぶっ壊させてもらうぜ」

「やれるもんならやってみろ! この受けネコ野郎!」


 イヨの呼び掛けに応えたのはしかし、マシンの上半身を展開しその中から顔を覗かせた刺青だらけのイタリア人だった。唾をまき散らしながら叫ぶ。イヨはそれを目を丸くしながら見上げていた。


「お前には言ってねえよ。その臭い口閉じとけタコス野郎」

「俺はイタリアンだ!」

「おお、そりゃ悪い。国旗が似てるから……つい」


 ぶっ殺すと男は叫び、再びその身をマシンに収める。そして嘲笑するイヨへと向け、右腕と一体化している砲口を向けた。


「ナポレオンの時代までぶっ飛ばしてやるぜ」


 だがイヨの方が銃口を向けたのは速かった。彼は命のやり取りを制する為に必要な事を心得ている。それは相手よりも早く銃を向け、そして躊躇いなく引き金を引く事。


 引き金を絞ったイヨの肉球。銀色の巨大な銃の内部では炉心が解放され、そこから溢れ出したエネルギーが循環。それを破壊へと転換する為の結晶体を介し、銃身を通過したエネルギーは銃口から赤い閃光として放たれた。


 それはマシンが彼に向けていた砲口の中へと吸い込まれて行き、製作者が同じ故にその破壊エネルギーに対し抵抗力がある装甲を避け、内部から破壊をもたらした。

 瞬く間にマシンの右腕は膨張を始め、やがて融解。その後、噴き上がった炎が爆発を起こし吹き飛んだ。


「ひゅーぅ! やっぱぶっ放すのは気持ち良いぜ、もー気分ソーカイ! キメる以外ならこれ以上のもんはねえぜ」


 黒煙を上げて崩れ落ちて行くマシンを前に、興奮した様子でイヨが両脚をばたつかせていた。臀部から伸びている尻尾もぴんと伸びきっていて、上機嫌な事は一目瞭然であった。


「ちょっと、イヨ!」

「うるせえ、誰がソニックだ!? ロケットでもねえぞ」

「そうじゃない! 空!」


 上機嫌なままお決まりとして叫び返したイヨに、しかしミュールは言葉の通り空を指差して見せた。彼女の示した先をイヨの黄色い瞳の切れ長な瞳孔が追う。


 そこで見付けたのは、青い空にぽっかり開いた時空の裂け目。

 それを発生させているのは、気が付けば地面から出現した鋭い針のような形状の塔であった。その尖端付近には、犬の顔をした白いマシンが浮揚している。


「あっ、ジジイ!」


 イヨが思わず挙げた声が届いたらしい。マシンは徐に振り向く。それの腹部には空間があり、中には白に茶色のぶち模様が浮かんだ“チワワ”が鎮座していた。

 “MAD Dr. DOG”、レオン。イヨと出身を同じくする犬の人獣である。白い犬面のマシンはパピーと呼ばれる彼の護衛兼移動ポットもとい移動ボッド。


「見てみよ、イヨ! 遂に次元の扉をこじ開けてやったわい!」

「なんでテメエがそこにいんだよ? まだ釈放されてねえだろ」

「あの監獄を誰が設計したと思っておる。生みの親たるワシが出入り自由なのは当然じゃろう」


 それもそうか――レオンのしゃがれた声が紡いだ言葉にすんなり納得してしまうイヨの頭に、降りてきたミュールの張り手が見舞われる。悲鳴を挙げ、抗議の眼差しを向けるイヨを無視し、彼女はレオンに告げる。


「今すぐソレ、閉じなさい!」

「イヤじゃ」

「もう……だったらいつも通り、力尽く――」


 犬らしくなく言う事を聞かないレオンに青筋を立てたミュール。彼女は実力を行使すべく、両手に人差し指と小指以外を折り込んだ、トレードマークたるコルナと呼ばれるサインを作る。

 魔法円がそこに一瞬浮かんだ後、紅い光が両手に宿る。だがその直後であった、三人の上空に開いた時空の扉、それに異変が生じた。


「おや?」


 気付いたレオンがそれを見上げ、頓狂な声を挙げた。するとその向こうより悍ましいばかりの声と共に無数の何か、乳白色の肌をした怪物と形容する他にない存在が溢れ出していた。その様は卵鞘らんしょうから孵ったカマキリが溢れ出すかの如く。


「どーせそうなるからぁ……」

「ややっ、おい貴様ら、早うなんとかせんか!」

「仕様のねえジジイだぜ……」


 もはや様式美ともなっている、レオンと異次元の組み合わせ。決まってろくな事にならないことをミュールは知っていて、案の定と言う事態に彼女は顔を覆って嘆息を零す。そしてそれはイヨも同様であった。


 イヨは担いでいた銃を構えつつ、それの側面にある“つまみ”に爪を立てた。そして緑色の範囲に合ったつまみの先を一息に赤色の場所まで移動させた。そうする事により炉心内のエネルギーを一気に解放する最大火力状態に機能が移行するのである。


「尻拭いは慣れっこさ……不本意だけどな」

「むっ、あっ、これよさんか――」

「どかーんっ!!」


 狙いを定め、そして銃口が溶解するほどの威力で発射された光線。その直前にレオンが何か言うのだが、イヨの指は止まらなかった。


 光線が向かう先は裂け目を生じさせている塔である。慌てて周辺から遠離るレオンを乗せたパピー。そして光線が直撃した塔は一瞬で蒸発し、その機能を停止させた――かに思われた。


 しかし全体の半分を消失したはずの塔はその機能を暴走させてしまう。どうやら有事に備え損壊に対し機能が継続するよう安全装置をレオンが設けていたようだが、それの制御装置こそがイヨの砲撃で破壊されてしまったようだった。


 暴走した塔は次元の裂け目の作用を反転させ、放出と吸引が安定されていた状態から吸引へとその状態を偏らせてしまう。

 結果としてそこから現れようとしていた怪物たちはまた裂け目の向こうへと連れ戻される事となったが、裂け目はそれだけに飽き足らず地上のあらゆる物を吸い込もうとしていた。


 必死に抵抗するパピーも、巻き上げられた車の直撃を受けてレオン共々敢え無く吸い込まれてしまう。

 地上にいたイヨもそうだ。彼も必死に地面に両手の爪を突き立てて堪えるが、遂には引き剥がされてしまう。


「にゃーーん!?」

「ちょっ、イヨ!」


 吸い込まれかけたイヨだったが、そこに駆け付けたのはミュールで、彼女はイヨの尻尾を握り締めるとなんとか彼を引き留める事に成功する。


「イテえ! 尻尾掴むなよ! ネコの尻尾は死ぬほど超デリケートなんだぞ!? テメエ、“ナニ”扱った事ねえのか!?」

「ないわよ仕方ないでしょ!? ていうか、どーすんのよこの状況!?」

「知らねえよ! けど裂け目は縮んでる。このまま堪えりゃいつかは閉じるぜありゃあ」


 激痛となんとも言えない感覚に涙目になったイヨの非難は、まだまだ少女のミュールに対して非常に無神経なものであって、顔を赤くした彼女の怒鳴り声にしかしイヨは空を見るよう促した。

 そこでは確かに彼の言う通り、少しずつ収集を始めた裂け目があった。


 もう少し堪えれば、レオンは残念であったが事態は収拾される。そう思った二人。しかしそうは問屋が卸さない。

 悲鳴が響き、二人がその方を見るとやはりかネコでもなければ魔法も持たない一般人が次々に巻き上げられ吸い込まれて行こうとしてた。


「ああ、クソッ! 出番だぞ、お嬢」

「しっかり掴まってて」


 なんとかして尻尾を手繰り寄せ、ミュールの腕から背中へと這ってくっついたイヨ。なびく彼女の長髪が顔に掛かって鬱陶しそうにするが、彼は彼女に皆を救うよう言うのだった。

 ミュールも言われるまでもないと肯き、裂け目の吸引に抗いつつ飛行を敢行。両手から放った魔法により吸い込まれようとしてる人々の行く先に次々転移門を発生させ、影響のない場所まで転移させて行く。


「イイねイイね、イイ調子――ってぅおいっ」

「耳元で叫ぶな! って、ぅおいっ」


 しまった――人々の救助に専念し、誰一人として裂け目に到達させないミュールの手際は見事でそれはイヨも感心する程であったが、そんな彼がまた頓狂な声を挙げるとミュールも次いで振り返る。閉じかけた裂け目がすぐ側まで迫っていた。救助に専念するあまり、ミュールもイヨも自らが引き寄せられていると言う事を失念していたのだ。


「ワープワープワープ! 急げ急げ急げ!!」

「だめっ、間に合わな――」


 ちょうど残る市民二人に向けて転移門を展開していたミュールは自らを転移させる術を残していなかった。頻りに急かすイヨも虚しく、今まさに閉じんとしていた次元の裂け目に二人は文字通り食べられるようにして消えてしまうのであった。


 一


「……ん? んん?」


 ナニか悪い夢を見ていたような気がする。そんな風に思いながら浮上した意識のまま閉じていた目を開ける。まだ視界が霞みぼんやりしていて、瞬きを繰り返す中自分がひっくり返っている事に気付いたイヨはごろりと寝返りを打ってうつぶせに。


 何やら赤い。そして埃っぽく、暑い。

 ぱたぱたと尻尾を動かし、三角耳をはためかせる。その度に土埃が舞い上がり、乾いた風に連れて行かれる。

 それをぼんやり眺めていたイヨもようやく意識がはっきりしてきたので体を起こし、その場に胡座をかいて座り込んだ。そして見渡す。


 見渡す限りの荒野。赤い空が特徴的で、見覚えは――


「……ンだここ……アフリカ?」


 なかった。


 ――To Be Continued:Next“VOID LAND”

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