金は心を曇らせる
「―――非常に遺憾だが、報告会議は今日の午後。調査のデッドラインは午前中いっぱいだ。」
オフィスにてクライは部長席に手をつき、眉間に皺を寄せながら声を発する。怒りは当然冷めやらず、髪の毛は総毛立っている。
今部屋内にいるのはクライ、アストロ、ラック、シュガー、エルフィスの5人。皆それぞれが曇った表情をし、部屋内に希望の光は感じられない。
「ラックはギリギリまで報告書の制作にあたり、別働隊の調査結果を待っていてくれ。それ以外は平常業務を回して欲しい。諸事情で俺はいられないが、何とか皆で補ってくれ。
…なに、ブレディオから証言は得られている。十分に逆転は可能だろう。」
口ではそうは言う物の、クライ含めた全員の顔色は晴れない。どこかで皆、虫の知らせの様に嫌な予感を感じているからだ。言い様もない不安が、皆の心を覆っていた。
(ヨル、マリー、頼んだぞ…。何としても証言を手に入れてきてくれ…!)
◇
「さて、営業再開にあたって、こんなに多くのお客様に来ていただき感無量でございます。」
場所は異世界16A。先日ラック達が訪れた大旅館には大人数が集められていた。そのどれもが冒険者、英雄、他企業の重役。
権力者達が畳に座っている中、一段高くなっている場所にはヒーローミューズの社長が立っていた。名はアドバス=マンデラ。冒険者時代に鍛え上げた筋肉は衰えながらも、背筋をピンと伸ばしたひげ面の男である。
アドバスはにこやかな笑みを浮かべながら、式辞の挨拶を述べていく。
「この度、皆さんには多大なるご迷惑をおかけ致しましたことを、ここに謝罪させて頂きます。魔道書を発見できなかったのは、単に我々の責任であると言えます。
―――しかし。」
そこまで言葉を紡ぐと、アドバスは壇の脇に目線を送って合図をする。それを受け取り、壇上に進み出たのは―――――
「ここにいる彼、この大旅館の支配人が適切な判断を下した事により、死傷者を極限まで抑えることが出来ました。」
「…。」
事件当夜、この旅館を取り仕切っていた支配人であった。しかし、表情は嬉しそうにしているものの、その実どこか負の感情を隠せていない様子であった。
「それに彼のお陰で、我々も新事業に乗り出すことができそうです。その点については、また後日連絡致します。」
アドバスの言う新事業とは、言うまでも無く『特権』を元にした異世界事業の事である。この段階から勝利を見据えた彼は、既に次の事業に向けて拡大を進めていたのだ。
「―――では皆さん、今日は大いに飲み、歌って英気を養って下さいませ。これからも当ヒーローミューズは、貴方達の味方であります。」
最後にアドバスが一礼すると、会場の衆目は歓声を上げる。
目の前にある料理を手に取る者、同業者と語らう者、コミュニティを増やす者
皆が喜色を顔に浮かべ、ヒーローミューズの接待を楽しんでいる。
―――実務部の2人を除いて、だが。
「マリーさん、動きましょうか。」
「はいー、取りあえず支配人さんの所ですねー。」
礼式に相応しい恰好に着替えたヨルとマリーゴールドの2人は、会場で接客を行っている支配人の下へ急ぐ。余談だが、2人とも美人であるので、否が応でも男達の目線を引きつけていた。
「失礼、支配人に用があるので。」
ヨルは隠しきれぬ威圧感を以て支配人と客の会話に割り込んでいく。
「何だね君は!」
「すいませんねー、切羽詰まっているのでお許し下さいー。」
恰幅の良い男はその横暴に怒るも、マリーの取りなしによって渋々下がっていく。そして2人の間には、どこか申し訳無さそうな表情をした支配人のみ。
ヨルは剣呑な表情をしながら支配人に顔を近づける。
「支配人、貴方の証言が必要です。」
「…。」
ヨルの申し出に対し、帰るのは沈黙のみ。誤魔化すわけでも無く、ただただ黙する。その沈黙が、何より犯行を物語っていた。
眉をひそめる支配人に対し、ヨルは胸ぐらを掴んで再度威圧する。
「支配人、何故です!あそこまで客を慮っていた貴方が、何故あんなことを―――」
「ヨルさん、抑えて。目立っちゃってますよ。それに、もう分かりました。」
マリーゴールドがヨルを静止し、衆目環視の状況を伝える。急に大声を上げたものだから、奇異の目線がこちらに向いてしまったのだ。
冷静さを欠いたヨルに代わり、今度はマリーゴールドが支配人に挨拶をする。
「支配人さんー、急にすいませんでしたー。」
「…いえ。」
「容疑だけで責め立てるのはお門違いでしたねー。今後ともよろしくお願いしますー。」
非礼を詫びたマリーは支配人に手を差し出し、固く握手を交わす。後ろではヨルが不服そうにしているが、マリーは会話を打ち切ってその場を離れようとする―――が。
「おお、おお!貴方達は実務部の方々ではないですか!」
先程の騒ぎを聞きつけて、アドバスが大仰な仕草でこちらに近寄ってくる。その顔には愉悦の笑みを浮かべ、気味の悪い程上機嫌であることを伺わせる。
「いやはや、あなた方にもご迷惑をおかけ致しました。本当に申し訳ありませんでしたね。」
「そうですねー。本当に迷惑千万ですよー。」
後ろで明らかに殺気を発するヨルを抑え、マリーが慇懃無礼な態度で支配人に答える。
「ハハハ、まあ良いんじゃ無いですか?もう部署自体が無くなる訳ですし。」
「…随分、内部事情にお詳しいんですねー。」
「いやいや、この立場ともなると、色々と伝手があるんですよ。」
「そうですかー。ですが、我々は未だ負けてはいませんので。」
その言葉に対し、アドバスは思わず嘲笑を浮かべる。心底バカにした感情が、彼の上っ面を貫いたらしい。
「フフッ、わざわざ遠出して頂いたのに、もうお帰りになるのですか?今日の午後まで楽しんで行けば良いでしょう。」
「私達は暇じゃ無いんですよー。
…ヨルさん、行きましょう。」
悔しそうに歯がみするヨルに促し、支配人の隣を通り過ぎて出口へ向かう2人。だが、ちょうどアドバスの真横に来たとき、2人だけに聞こえるようにアドバスが呟く。
「無駄な努力、ご苦労さん。」
その言葉に、マリーゴールドはふと足を止める。今まで間延びした対応を行ってきたマリーゴールドが、思わず立ち止まって真横のアドバスに忠告を送る。
「社長さん、人生経験上言わせて貰いますが―――貴方の瞳は、金で曇っています。そんな瞳では、足下すら見えませんよ。」
それだけ言うと、マリーゴールドは未だに不服そうなヨルを引きずってその場から退出する。
(ふん、たかが16やそこらのガキが、何を分かったような口を。)
残されたアドバスは、その忠告に対し侮蔑の感情で返した。成功者たる彼は、誰の忠告も聞くことはない。
そんな彼が己の間違いを知るとすれば、それは全てが終わった後のことだろう。
はたらく英雄~絶対に追放したい汚職上司vs絶対に追放されたくない英雄と一般人な私~ 謎の投稿者X @konchiinsuuden
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