対峙(※胸糞回ですが、終盤の為に呼んでおくことを推奨します。)
「約束や、事の顛末を教えてやる。オレが知ってることだけはな。」
地上階へと帰還した私達は、応接間に通された。ソファがテーブルを挟んで向かい合う様に配置されており、右手にはガラス張りの窓、左手には台所に続く空間。窓からは夕日が差し込み、座るブレディオの顔を照らしていた。
「まず、あの写本を制作したんはオレや。あのテロが起こる一週間前、アレックスっちゅう眼鏡男が此処を訪ねてきた。
オレとしては益しかない話やったが、うまい話には裏があるのが必定。その裏を確認せんことには、依頼は受けられんかった。」
(ここまでは想定通り。重要なのは、その裏に何があるか。そして証拠が得られるか。)
ブレディオはティーカップを傾け、喉に紅茶を流し込む。私達が固唾を呑んでいることを尻目に一息付くと、ため息と共に次の言葉を発した。
「その『裏』っちゅうのがな、『ヒーローミューズ』と組んでアンタらを嵌めようっつう話や。」
「…それは我々の『特権』の為ですか。」
「オレは知らんが、そういうことやろな。目的さえあれば問答無用で他人の世界に押し入れる、これを治安維持の名目で振るえば効果は絶大。事業拡大にスパイ行為、脅しから何やらやりたい放題や。」
(…即ち、アレックスはヒーローミューズを筆頭とした企業から金を受け取ったのか。権益を売り飛ばして利益を得るとは、本当に裏切り者じゃないか…!)
膝の上にのせた手を強く握り締める。身内の中に裏切り者がいる状況は、まさに内部が腐った林檎と言っても過言ではない。ここで私達が切り離されてしまえば、更に腐敗は進行することになるだろう。
「…なるほど。情報、ありがとうございます。」
「へいへい。負けちまったモンはしゃあないわな。」
再度紅茶を口に運び、悔しさを押し流すように飲み干すブレディオ。新たに得た魔法が打ちのめされたのだ、悔しさに歯がみする気持ちも良く分かる。
だがブレディオは、ガチャンとカップを置くとこちらを見据える。
「…まあ、本来は口外するなと言われたんやが、どのみちアンタらは追放されるんやから変わらんやろ。」
「…ミスターブレディオ、我々は決して不正に屈する事は無い。貴方の情報は、絶対に無駄にしないと誓おう。」
アストロさんが眼鏡の奥から眼光を強め、ブレディオの視線を押し返す。だがブレディオはそれを受けて呆れ返ったように笑う。
「おいおい、さっきの話を聞いて気づいてないんか?ええか、アンタらが警戒するべきはアレックスじゃない。見るべきは外やろうが。」
「――――――っ!」
「今頃ギルドに連絡が行ってるんちゃうか?アンタらの足掻きをぶっ潰す様な連絡がな。」
◇
「失礼します。」
ラック、アストロ、エルフィスがブレディオと交戦しているのと同時刻。クライは教習の業務を終えた所で、総長から『執務室へ来い』との言づてを受け取った。
彼はすぐに執務室へと向かい、扉を開けたところである。
扉を開けると、手前のソファには管理部部長…即ちアレックスがどかりと座っていた。何やら顔にニヤニヤとした笑みを浮かべている。
そして正面の机には肘をついて座っているダーレス。その眉間に刻まれた皺は深く、クライにとっていつにも増して意味深長に思えた。
クライはソファを通り越し、机の前に立ってダーレスに質問する。
「総長、ご用件は何でしょうか。」
クライの問いかけに対し、ダーレスは重々しい調子で声を発する。
「…今回の件で、大きな変更があったので君を呼んだ。」
「変更、ですか。」
ダーレスの普段より低い声の調子、眉間の深い皺…そして後ろでニヤついているアレックス。どうせまともなものでは無いだろうとクライは予想を付ける。
そしてその予感は、次の総長の言葉で的中することになる。
「ああ。今朝に企業連合からの連絡があり、会合の期日が早まった。」
「…!」
会合が早まった。即ち、ギルド内での意思決定もそれに応じて早まるということだ。
ラック達に与えられていた一週間という調査期間、それが短くなる。実務部にとってあまりにも致命的、そして不自然な決定。だが此度はギルドが責任を負う側。『期日は元のままで』などと申出を出来るはずもない。
「これは私としても心苦しいことだ。一度した決定を反故にするというのは、私の本意ではない。」
ダーレスは顔を強ばらせ、クライに訴えかける。それは演技などでは無く、真実そう思っているようだった。クライもダーレスの立場を知っているため、怒りをぶつけられず歯がみする。
そんな二人を尻目に、この場で笑っているのは一人、後ろのアレックスのみ。
「…それで、ギルド内での会議はいつですか。」
(…できるなら調査期間をあと2日は確保したい所だ。というか、まだ調査を始めて2日目だぞ…!)
クライは心中の焦りを顔に出さぬよう、極めて冷静にダーレスに詰問する。半ば祈るようなその言葉に、しかしダーレスは無慈悲に事実を告げる。
「企業連合との会合は明後日。したがってギルド内での意思決定は明日だ。」
告げられた事実は、まさに暴虐。調査期間が7日はあったものの、それを遙かに短縮する決定。
馬鹿げている。
調査期間が2日、それでまともな調査など出来るはずがない。
クライは、自身の中に怒りがこみ上げてくるのを自覚した。熱く茹だるような熱気が腹の底から去来し、段々と頭の付近に昇ってくるのをはっきりと感じたのだ。
「…それは、明らかに我々の調査を妨害するための短縮ではないですか。」
「私もできる限り延ばそうとしたが、1日が限界だった。本来ならば『明日にも会合を』という申出だった。ギルド内での総意を取る、という理由で待って頂いたがな。」
「…!」
ダーレスの悔しそうな表情を見たクライは、拳を握り締め、必死に怒りを抑える。しかし身体は震え、髪は総毛立っている。
「そういうことだ。明日にも調査の結果を発表できるように、資料をまとめておいてくれ。」
ダーレスは目を瞑り、静かにクライにそう告げる。そして部屋内に二人を残して扉から外に出ていく。
執務室内に沈黙が訪れるが、不意に後ろから笑みが漏れる。
「フフフ、そうは言っても無駄だろうがな。たった二日の調査など聞くに値しない。」
四角い眼鏡を片手で持ち上げ、アレックスはそう呟く。顔にはニヤついた笑みを浮かべ、クライに蔑んだような目線を向けてはいる。
「…てめえ…!」
クライは額に青筋を立て、座っているアレックスの前へと歩いて行く。いつでも相手を殺せる間合い、ここで雷を解き放てば確実にアレックスを殺せる間合いだ。
「私を攻撃する気か?その場合、お前達の非を認めることになるが。」
自分の命が危機に晒されているというのに、アレックスは微動だにしない。それは圧倒的優位性に裏打ちされた自信であり、寧ろ手を出されるということは自らの勝ちを確定させる行為だと理解していた。
「第一、我々にいちゃもんを付けたこと、この着眼点がおかしい。何でも良いから時間を稼ぎたかった様だが、ホコリの無いところを調査したとて何の意味も無い。」
アレックスは優位性を誇示するように笑みを浮かべ、自らの身体の前で手を組んで発言する。
対してクライは怒りで顔が歪み、今にもアレックスに殴りかかりそうな闘気を発していた。
「そもそも民間に任せておけばもっと被害は軽微になっていただろうに。それに被害の賠償を我々が行う?そんな活動を行う意味が分からない。」
「…。」
「何だその顔は?全部事実だろうが。業務を全うできず、しかもギルドに迷惑をかける。ギルド内の会話に耳を澄ませた事があるか?皆お前らを嫌っている、いや憎んでいると言っても良い。
丁度良いから皆が思っていることを言ってやろう。
――――――お前らに、『特権』を持つ資格はな~い。」
わざとクライを煽るように語尾を伸ばして挑発するアレックス。しかしクライは青筋を浮かべながらもそれに対応し、ニヤつくアレックスに問う。
「幾ら貰った?」
「あ?」
「俺達を嵌め、『特権』を民間に流すことについて、幾らお前は貰ったんだ?」
そのクライの問いに対し、アレックスは若干顔が強ばるもすぐに笑みを浮かべる。
「何のことだ?やれやれ、ここまで我々に責任をなすりつけようとするとは。いい加減諦めろよ。
―――――お前らは悪役、俺達は正義だ。」
眼鏡の奥で黒く濁った瞳をクライに向け、自身の正義を主張するアレックス。だが、その物言いに笑いを堪えきれなくなるクライ。
「…ククク、尊敬するぜ、その面の皮の厚さ…!」
「あ?」
「俺達が調査期間を得たから、慌てて会合を早めたんだろ?万が一にもひっくり返されないように、向こうの協力者と共謀して。ここまで自前の臆病さを隠せるのは一種の才能、誇って良いと思うぜ。」
その言葉に、アレックスはソファから立ち上がる。表情からは薄ら笑いが消え、額には青筋を浮かべている。
「証拠も無しに滅多な事は口にするんじゃない。お前のその陰謀論、そして嘘の付き方は、あの出来損ないの女と同じだな。」
「…ああ?」
「ラックと言ったか?全ての発端、始めに我々に因縁を付けてきたバカな女だ。あんなものが同じ部署にいたなど怖気が走る。お前らに押し付けられたことは僥倖だった。」
「聞くところによると、奴に調査を任せているんだって?最初から負けを認めれば良い物を、全く以て見苦しい。」
アレックスの罵詈雑言に対し、クライは黙する。反論出来ない程怒っているのか、或いは口を開けば自分を止めている堰が切れてしまうからか。
「あんな部下を抱えていて、大変だなあ。そうだ、お前に一つ提案がある。
――――――――今すぐに総長に『敗北』の意思を伝えれば、処罰するのはあの女だけにしてやるよ。」
「厄介者を消す良いチャンスじゃないか。まあ無罰って訳にもいかないが、当面の処分は免れるよう便宜を図ってやろう。教習業務くらいは残してやるぞ?あれは良い金蔓だからな。」
下卑た笑みを浮かべてクライに迫るアレックス。まさしく蛇のような誘惑をクライに仕掛け、精神を揺さぶろうとする。
勿論アレックスにそんな気は毛頭無い。ここでクライが負けを宣言しさえすれば、あとは全員のクビを飛ばして追放する気でいる。
対してクライは目に光を浮かべ、アレックスに相対する。アレックスの目をはっきりと見据え、腐った性根に叩き付けるように言霊を発する。
「――――――俺の部下を嘗めるなよ。部下を信頼できない上司がどこにいる。アイツらが抗うことを止め、負けを認めない限り――――――俺は敗北など断じて受け入れない。」
それは、明らかな拒絶の言葉であった。自らの保身など一ミリも考えない、アレックスに対する宣戦布告であった。
その言葉を聞いたアレックスは顔を歪めるも、自身の優位性から感情を完璧に制御する。詰まるところ、『慢心』『愉悦』と言った感情が彼を支えていたのだ。
「そうか。それは残念だ。ならば今ここに、お前らは明日敗北し、全てを奪われる未来が確定した。精々今から『言い訳』を考えておけよ。」
「足掻き続ける限り、未来は確定なんざしねえ。あと二日、俺達は最大限抗ってみせる。」
圧倒的劣勢。圧倒的窮地。されど英雄の心は折れず。
しかし、現実は刻一刻と迫っている。未だ真相は闇の中、ラックは果たして明確な『
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