物理>魔法>スキル
「オレからいくで、まずはこれや。『地獄の呼び水』!」
ブレディオは瞬時にグリモワールを左手に出現させると、右手を地面に付けて魔法を唱える。すると右手を中心に魔方陣が出現し、そこから小さな虫の様な魔物が出現する。
「…あの虫は…!」
紅い点が背に脈動する羽虫、私はあれに見覚えがある。あの無差別テロ魔法を止めるために私が殺した虫と全く一緒だ。
となれば、次に起こる事象も予想が付く。あの虫が呼び水となり、無数の魔物が転移されてくる筈だ。
「…牛頭巨人及び馬頭巨人。先の魔法の改善型か。」
だが、ブレディオが使用した魔法はその一段上。ダンジョンの上層からドンドンと招来する物では無く、最初からある程度の階層から招来できるようになっているらしい。
「この魔法はちょいと改造させてもろたで。階層指定機能付きや。」
「「Gaaaaaaaaaa!」」
ブレディオは言葉と同時に距離を取り、牛頭巨人と馬頭巨人が近場にいるアストロさんに襲いかかる。
圧倒的膂力で両方から振るわれる棍棒。連携の取りやすい二体が同時に現れたことでその戦力は桁違いに増加している。
…だがしかし。
「失礼、眼鏡を外すのを忘れていた。」
アストロさんが徐に眼鏡を外すと、前に立つ二体が腰砕けになって威力が半減する。そして上部から振り下ろされる棍棒が緩んだ所で、アストロさんは片手で一撃ずつ受け止めた。
「…んなアホな!あんなん、およそ人間の放つ瘴気とちゃうやろ!」
「…。」
(あ、アストロさん若干落ち込んでるな…。)
気落ちしながらも拳を軽く振るい、前方の巨人に一撃ずつ見舞う。それで相手の身体は破裂し、円形空間の上部が風圧でべこりとへこんだ。
「…だが、ここまでは予想できとる!階層指定『90階層』。加えて新魔法『超再生付与』!」
そして中央の魔方陣から現れるは、ガリガリに痩せ細った老人の様な魔物。皮がピタリと骨に張り付き、目は白目を剥いている。皮膚には幾重にも皺が刻まれ、全身は蒼白であった。
ソレが現れた瞬間、ぞわりと肌を撫でつける様な嫌悪感を覚える。それはアストロさんやゾタガー様と同様の感覚、旧支配者特有の物と少し似ていた。
「―――未確認の魔物…!未だ人類が到達していない階層まで対象だなんて…!」
「当然当然。人類を軽く超えられんと魔法ちゃうわ。…さあ、どうする?」
正体不明の魔物はその場で震えると、突然叫び出す。それは余りにも冒涜的かつ狂気的で、未だ聞いたことがない赤子の断末魔を思い起こさせる声色だった。
同時に部屋内に暴風が吹き荒れる。あの晩、あの宿でヨルさんが繰り出したものには劣るが、踏ん張らないと体勢を崩される程度には豪風である。だが、加えて吹雪の要素も加わっているようだ。
対してアストロさんはその場で静止し、じっと魔物を見据えて言う。
「『歩む死』の眷属。対峙するのは隔離以後始めてか。」
(戦ったことあるんだ…。)
隔離以後の人類であれば、恐らく必敗。事前情報も無しにアレと対峙すれば、何が何やら分からぬ内に氷付けにされて死ぬしかない。
「…では、押して参る。」
「quaaaaaaaa!」
至近距離に近付く度に下がる温度を無視し、一歩一歩踏みしめていくアストロさん。相手の引っかきや吹雪を全ていなし、至近距離で拳を振り上げる。
「qua―――」
そして相手は死ぬ…かと思われたが、空中に舞上げられた肉塊から、即座に身体の再生が始まった。
「ハハハ、これが魔法の効果…は?」
笑うブレディオを尻目に、空中めがけてもう一発。それで完全に肉塊は消滅し、再生しかけの身体も吹っ飛ぶ。そのままブレディオに距離を詰めると、足下にいる虫をしゃがんで潰す。そのまま足で踏まない辺り、その優しさが伺える。
「あぁ?…クソが!『蒼炎』、『消えぬ剛炎』!」
咄嗟に悪態をつき距離を取るブレディオ。その際右手から青い炎と紅い炎をアストロさんに向かって放出する。
対してアストロさんは無言で地面を叩き、その前に破片を舞い上がらせる。そこに炎が着弾し、アストロさんの前方で大きく燃え広がった。
(ああ、アレ…『効率よく書庫を燃やす魔法』の欄にあった奴だ…。)
青い炎に気を取られている内に紅い炎が燃え上がり、しかも紅い炎は水をまいても消えやしない。対象物を燃やし尽くすまで絶対に消えないので、いたずら相手の魔法使いは書庫を失って絶望するという訳だ。
まあ、初見の魔法を適切に回避するなど、伝説の英雄には造作も無いわけで。その後もアストロさんとブレディオの攻防はアストロさん有利で続いた。
「『天津風』!」
(『問答無用でスカートをめくるための魔法』。)
突発的に発動する上昇気流には、空中で拳を放ち、その反動で姿勢制御して追撃を回避。
「『
(『相手をお手軽に監禁する魔法』。)
虚空から突然出現する黒い箱には、未来予知の様に身体を反らして全回避。
「『再帰点』!」
(『事象の時間を巻き戻し、相手に魔道書を書き直させる魔法』。)
今までの魔法全てを巻き戻し、同時に発生させても無駄。風に炎が舞上げられ、それに追撃するように禍匣が出現するも、空中で拳を振るって風圧で破壊。
そしてストンとブレディオの前に着地。魔法の連続使用に疲れ果てる彼の前に立ち、言い放つは―――――
「もう十分実験は出来ただろうか。」
(コイツ…オレの実験のために、わざわざ止めを刺さなかったんか…!)
ブレディオの顔が怒りに歪む。勿論アストロさんには何の悪意もないが、その態度にプライドが傷つけられたらしい。
「…ラックさん。」
「ん?どうしたのエルちゃん。」
私がアストロさんの勇姿に見入っていると、エルちゃんが私の服の裾をくいくいと引っ張る。
「少し離れた方が良いです。この闘技場から一歩出ましょう。」
「はい。」
エルちゃんに促され、半球状の闘技場から扉を開け、一歩外に出る。何が何だか分からないが、ひとまず彼女に従っておいて損はないだろう。
…ここで『ゾタガー様がお目覚めになりました。』とか言われたらどうしようかと思ったわ。
私達が移動している間に、向こうでも動きがあったようだ。後ろからブレディオが叫ぶ声が聞こえる。
「まだやァ!大魔法―――『
高速で飛び退きながら右手の親指を噛んで血を流し、静止した瞬間に地面に付けることで血を付着させる。
「―――ここを
血の付着した地点から床が紅く染まり、彼がいる戦闘場の中央―――――即ち円の中心から極大の魔方陣が展開される。その効果範囲は、ちょうど闘技場の円の半径と等しいようだった。
「…。」
アストロさんは無論のこと魔方陣の上部に立つことになり、魔方陣が放つ光で紅く照らされる。まるで血塗れになったかのようだ。
その絶望的な光景にブレディオは勝ち誇った様な笑みを浮かべ、高らかに勝利を謳う。
「どうや?身体、まんじりとも動かせんやろ。まるで四肢を杭で打ち付けられてるみたいになあ。」
言葉の通り、アストロさんは動こうと試みるも、身体を動かすことができていない。いや、それどころか動かす度に両手の甲、両足の甲から血が噴き出している。まるで見えない杭がそこにあり、地面と空間に打ち付けられている様だ。
「これは疑似的に死に方を定義する大魔法―――――この結界の上に立っている術者以外の人間は、何人も逃れられへん。
強力な代わりに面倒な手順が必要なんやが、前もって場の準備を整えておいて正解やったわ。」
…なるほど、この闘技場そのものが魔法の下準備だったと。汚い真似しやがって…と言いたい所だが、相手の土俵で戦うことを了承した以上文句は言えない。
「さて、そんなこんなでお前の死が確定した訳や。命乞いをするなら今やで。」
勝利を確信し、にやつきながらアストロさんの方を見るブレディオ。だがその顔はすぐに戦慄へと変わる。
手足に血を滲ませながらも、不屈の光を灯した三白眼に射貫かれたからだ。
「確定はしていない。抵抗を諦めぬ限り、死が確定し得る状況など存在する筈がない。」
「―――――っ、実際動けてへんやろうが!勝手な口叩くなや!」
勝ち誇っているはずのブレディオは冷や汗を流し、劣勢に立たされている筈のアストロさんは冷静な表情だ。気迫だけで相手を追い詰めている。
「いや、動ける。この魔法は磔刑を確定させる魔法と見た。そして手足を縫い付けているのは疑似的な杭。即ち――――――――」
アストロさんは手足に力を入れる。それに合わせて血が噴き出すが、それを感じさせぬ動きである。ぎりぎりと何かが軋む音が室内に響き渡り、固定されている筈のアストロさんの四肢が震え出す。
そして、臨界の時は訪れた。
「―――――固定できる限界以上の力を加えれば、拘束を外すことが出来る。」
バキッという音が虚空から響き、アストロさんの四肢が動き出す。魔術的干渉による『杭』は、アストロさんの圧倒的膂力により打ち破られたようだ。
(大魔法に対して、超物理的解決…流石ッスマジで…!)
もうこの人何やったら死ぬの?魔法まで筋力で破られたら、どんな手で殺せば良いの?誰か教えて下さい。
ブレディオはその奇想天外、英雄式解決法におののき後ろへ後ずさる。
「あ、ありえへん…!こんなことが、現実に起こるはずがないやろ…!」
「…では、こちらから一発。」
四肢が自由になったアストロさんは大地を蹴り、一瞬にしてブレディオに距離を詰める。そして思わず尻餅をついた彼に右拳をちょんと当てた。
…うん。文句なしのアストロさんの勝利だな。
「勝者はアストロさんということで。試合終了です。」
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