実力隠しは、ガラにもなく手を差し伸べます
何の緊張感もなしに、廊下を歩いていく。空気は凪いでいて、俺の心も落ち着いている。
窓を覗くと野球部だろうか、大きな声量で叫びながら走っているのが目にとれた。
大変そうだな、と他人事のような感想を抱いて階段を下りる。まあ、実際他人事なんだけど。
屋上から4階へと。4階から3階へと。3階から2階へと。
次々に階段を下りてゆき、2階から1階へと足を踏み入れた瞬間のこと。
「ひひっ。陰月。お前、陸上部に……」
「………」
「無視かよ!? 酷くねっ!」
見知った顔である青山がまた俺に勧誘をかけてきた。悪いな……お前に構ってる暇はないんだ。特に今は。
「おい、少し待ってくれよ」
「すまん、今は勘弁してくれ」
肩にとん、と手を置かれたのでうっとうしそうに、気だるげにそう言い放ち手を振り放った。
「おい、ちょっ……」
「…………」
有無を言わさぬ勢いで、俺は走った。とにかく、青山からのダル絡みを避けるべく。
「ふっ。やっぱ、あいつはエースになれる男だ。俺の目は、間違ってはないぜ」
「…………」
背後から恐ろしい声が聞こえてくる。これ、なんか後のこと考えると面倒くさくなりそうだな。余計にダル絡みを加速させてしまったかもしれない。けれど、俺はそんなことになりふり構わずに風を凪いでいった。今はあいつに構ってる暇はない。
ずっと内心でそう思いながら。
「きっとここだな」
とある空き教室の一室にて。俺はゆっくりと目を伏せながら教室の戸に目をやった。古びた床に、年季の入った扉。床はワックスなんて当分かけられていないといっても過言ではないくらいに汚れが目立つ。また、扉に関しては木のささくれが目にまず入り危なさを少し感じた。
――きっと一棟のこの空き教室に彼女はいる。
そう俺は半ば確信に近い気持ちを抱いていた。ふうと軽く息を吐き正面を見据えて扉に手をかける。ここに彼女がいなければ……。この作戦は……。
少し不安な気持ちもあったが、大丈夫だろうと少し己を奮い立たせた。
——ガラ、ガラ、ガラ。
スムーズに扉は開けず、どこか重い音が響いた。締まらないな、と少し思う。しかし、俺の思惑通り彼女はそこにいた、一人でうずくまって。
「お前を助けにきたぞ」
ナチュラルに、普通にそう言って俺は手をさしのべる。彼女に向かって、かつて馬鹿にしてきたそう、彼女に。
「な、なんで……」
唇をわなわなと震わせながら、潤んだ瞳で彼女は俺をとらえてくる。その瞳からは『近づいてこないで、やめて』と、そういった拒絶の意が含まれているように感じた。
……それでも、俺は。
「助け――」
「あなたに、そこまでされる義理はないっ――!!」
有無を言わさぬ勢いで、彼女は切実にそう訴えてきた。
胸に手をあて悲痛そうに――彼女は思いを吐き続ける。
「私は、あなたのことを散々バカにしてきたのよ? それでも助けるってあなたはいうの? それに、あなたが彼女に勝てるわけ―――」
「うるせえ! 俺がお前を助けるのは決定事項だ」
俺は瞳を見開いて彼女を見据えた。
さて、ここからが本番だ。
その"陰"は爪をひた隠す〜美少女が目を離してくれない〜 脇岡こなつ(旧)ダブリューオーシー @djmghbvt
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