後編

 道路は線上にえぐれていたが、思っていたほど被害はなかった。ほとんど威嚇射撃だったのだろう。それでも、襲われないと油断していた受験生たちを震え上がらせるには十分だった。路上には俺たちのほか、数人の受験生しかいなかった。

 そんな数人の受験生たちの中で、ひときわ異彩を放つ奴が、道路脇にいた。虎彦が発見し、俺もつい気になって、そいつのそばに寄ってしまった。

「よう、お前、受験生だよな?」

「ん? そうだよ?」

 細い眼鏡をかけたクールな男だった。シャレオツなカフェのテラス席で、優雅にコーヒーカップを持っていやがる。

 だが格好は優雅とは言い難がった。ブレザーはところどころ破け、ズボンもワイシャツも煤だらけだ。

「こんなところで何してるんだ? しかも、そんな恰好で」

「ふっ、これがぼくの、指令なのさ」

 ブレザーの内ポケットから、さっと指令書を出した。俺と同じB5サイズの紙に、でかでかとこう書いてある。

【街中のスターバックスコーヒーのテラス席で、エクストラショットノンファットミルクムースフォームキャラメルマキアートを飲み干すこと】

「……」

「……」

 俺も虎彦も、三回はその文章を読み返したが、まるで意味がわからなかった。

「その、なんとかかんとかが、それなのか?」

 キザ野郎が手に持ってるカップを指差した。

「ふっ、そうさ」

「そんな簡単な指令なのかよ!?」

 俺は地団太を踏んだ。そんなのありか、人によって難易度に差がありすぎるだろう!?

 だが、キザ野郎はギロリとした目で俺を睨んだ。

「かん、たん? きみ、これが本当に、簡単だと思うのかい?」

「な、なんだよ、簡単だろ? コーヒーを飲めばいいだけなんだから」

 するとそいつは、ダン! と足を踏み鳴らした。

「このぼくが! この一杯のエスプレッソを手に入れるのに! どれだけの苦労をしたと思っているんだね!!」

「苦労?」

 たしかに名前は覚えにくいが、指令書を見ながら注文すればいいのでは……。

 と言いかけて、俺は今ここに一般人がいないことを思い出した。ま、まさか……。

「そう! 店員はすべて試験官! 僕は攻撃を仕掛けてくる店員を全員撃ちまくり、巨大冷蔵庫でヘラジカと闘いながらノンファットミルクを見つけ出し、暴走するエスプレッソマシンをなんとか使いこなし、その他諸々の苦労をして、ようやく出来上がったのがこのエクストラショットノンファットミルクムースフォームキャラメルマキアートなんだ!!」

「……」

「……」

 俺たちは再び、絶句した。

「しかも、これをテラス席で飲み干さなくてはいけない。君たちも、今さっきのヘリを見ただろう? 僕はこれまで何度も、爆走するプリウスに轢かれそうになっているんだ!」

 カフェには乗用車が何台も突っ込んでいる。機関掃射で吹き飛んだのかと思っていたが、そうではないらしい。

「そして指令は【飲み干せ】なんだよ。つまり、一滴もこぼしてはならない! 僕は何度も……」

 言葉の途中で、キザ野郎は銃を抜いた。そして、俺たちの後ろに発砲する。

「ぎゃあっ」

 と声がして、試験官が一人倒れた。

「こうして戦闘しながら、カップは水平に保っているんだ。つまりこれが、僕に与えられた指令というわけさ」

「なるほど、大変な指令だ」

「わかってくれれば嬉しいよ」

 俺たちはキザ野郎に別れを告げ、その場をあとにした。

 他の受験生の動向も気になるが、まずは自分達が合格することを考えた方がいい。俺たちは急いで、メインストリートを駆け上がった。

 病院が見えてきた。もう九合目だ。このまま何もなければ、すぐに高校だが……。

 もちろんそうはならなかった。

 再び空から、ヘリの音がした。今度は頂上付近に、軍用ヘリが一基現れた。今度のヘリは、下に大きな箱を吊り下げている。

 あれはなんだ、と思う間もなく、箱の底が開いた。

「ヤバい、なんだかわからないが、とにかく逃げるぞ!」

 箱からは、青みがかった透明の液体が出てきた。俺は虎彦を引っ張って、脇道に逃げ込む。その直後に、液体が目の前を流れていった。

「竜二、この匂いって……」

「ああ、これは……」

 液体洗剤だ!!

 なんて恐ろしい攻撃なんだ。こんなものに足を取られたら、確実に滑る。

 ああ、逃げ遅れた受験生たちが! 滑っている! 落ちている!!

「うおおおお、落ちるーーーー!」

 そのとき、すぐ近くでドでかい声がした。一人の受験生が、目の前を滑り落ちている。

「捕まれ!」

 俺は咄嗟に手を伸ばした。彼は洗剤に濡れていない手を出し、俺の手を掴む。

「竜二!」

 虎彦が俺の腕を掴む。反対の手で、脇道の道路標識を握っていた。

「おい、お前、離すなよ!」

 俺は目の前の受験生に言った。

「虎彦、引っ張るぞ! せーのっ!!」

 俺たちは協力して、なんとかその男を脇道に引き上げることに成功した。

「ふぅー、助かった。ありがとう、恩にきる」

 男は額の汗を拭った。大柄で声の低い男だった。同じ十五歳とは思えない身長だ。

 しかし男の顔を見上げると、身長や声の特徴を忘れさせる異質なものが目立っていた。

 男は頭に、やたらと派手なバンダナを巻いていた。蛍光ピンクの地に、赤や茶色の猫やらハートやらが描いてある。

「……カッコいいバンダナだな」

 気を使ってそう言うと、男は目を輝かせた。

「やはりそう思うだろう!?」

 いや思わないが。

「なんでそんなバンダナしてるの?」

 虎彦も若干引きながら聞いた。バンダナ男は得意気に胸を張った。

「女子にモテたいからだ!」

「……は?」

「女子はピンク色の物が好きだろう? だからピンク色のバンダナにしたんだ!」

 うーん……。

「そして女子は猫やハートが好きだろう? だから猫やハートを描いたんだ!」

 ううーん……。

「疑っているな、お前ら!」

 バレたか。

「だが、このカッコよさは高校も認めている! 見ろ、俺様の指令書を!」

 バンダナ男は学ランのポケットにねじ込んでいた指令書を取り出した。そこには、こう書いてある。

【この試験中、頭のバンダナを決して外さないこと】

「どうだ! 高校も、このカッコいいバンダナを外すのは論外だと言っている!」

 そういう意味ではないと思うのだが。

 しかし変な指令だ。バンダナを外さないことに、なんの意味があるのだろう。

 俺が考えていると、今度は近くで足音がした。しかも、坂の上の方からだ。

「おい、二人とも気を付けろ、誰か来るぞ」

「え、試験官?」

「おそらくな。高校の方角から来ている。しかもこの足音は、軍靴だ」

 俺の予想通り、曲がり角から現れたのは、若い女だった。二十歳くらいか? バックパックを背負っていないから、受験生ではない。

 白いコートの女は、笑顔で近付いてきた。美人だった。儚げな顔立ちの中に、芯の強さが滲み出ている。逆境へ立ち向かう胆力を持つが故に、かえって守ってあげたくなってしまうような、そんな雰囲気の女だった。

 端的に言えば、そう。

 俺の横で目をハートマークにしているバンダナ男が、いかにも好きそうな女だった。

「あなた達、受験生ね?」

 女は優しい声で言った。なんだ、何を仕掛けてくる? 俺は学ランのポケットに差していた銃に手をかけた。

「田中虎彦君と、山田竜二君と、それからあなたは……」

 ハッと女は息を呑んだ。瞳孔を開き目を潤ませ、頬を赤く染める。口を小さく開けてから、かすかな声で言った。

「素敵なバンダナ……」

 嘘だろ。

 だがバンダナ男はその言葉を真に受けた。一瞬でメロメロになっている。

 女はよろけたような足取りで、バンダナ男に体を預けた。指先でバンダナ男の体をなぞる。

「受験生にこんな素敵な人がいるなんて思わなかった……」

「そ、そうか。いや、それほどでも」

 バンダナ男は照れていた。女はうっとりした顔でバンダナ男を見上げる。

「ねぇ、もっとよく顔を見せて」

「こ、こうか?」

 バンダナ男が腰を屈めると、女は指先でバンダナ男の胸をつついた。

「そうじゃなくて……バンダナを取って?」

「え?」

「バンダナを付けたあなたも素敵だけど、素のままのあなたも見てみたい……」

 さすがのバンダナ男も、この女の狙いに気が付いたようだ。苦悶の表情を浮かべている。だが。

「……だめ?」

 女が目を潤ませ、上目使いで首を傾げると、バンダナ男の理性が吹き飛んだ。

「うおおおお! いいぞ、これが俺様の素顔だぁーー!」

 バンダナ男がバンダナを取った!

 次の瞬間、女は冷たい目になった。

「はい、不合格です」

「Nooooooooooooooooooooo!!!」

 男が膝を付く。なんだこの茶番は。

「そしてあなた達も、油断しすぎです」

 女はコートから拳銃を取り出した。

 しまった! 俺も銃を抜き、女に向けトリガーを引いた。

「やめろぉーーーーー!!!」

 その瞬間、バンダナ男が俺の前に飛び出した。俺が撃った弾は、全てバンダナ男に命中した。

 血を拭きだし、バンダナ男が倒れる。俺も、虎彦も、そして女までも、この展開に驚愕していた。

「え、あなた、どうして……」

 女がバンダナ男の前にひざまずく。バンダナ男は痛々しい笑顔で答えた。

「そんなの……貴女を傷付けたくなかったからに……決まってるじゃないですか……」

「でも、私は試験官で、あなたは受験生で……」

「だがその前に……俺様たちは男と女だ……」

「それに私は、あなたを騙したのに……」

「そんなの関係ない……俺様が貴女を守りたかった……ただそれだけだ……ガクッ」

 バンダナ男は目を閉じた。女が男の肩を揺さぶったが、反応がない。

「そんな、嘘でしょ。バンダナの人、バンダナの人っ……」

 女は男の体を抱き締めた。

「バンダナの人ぉぉぉぉぉーーーっ!!」

 ……なんだこの茶番は。

 女が俺たちの存在を忘れている間に、とっとと逃げることにした。


 ようやく高校が見えるところまで来れた。だが当然のごとく、正門には試験官が立ちふさがっていた。門は開いているが、一歩入ったところにガトリングガンが並び、弾丸をぶっぱなしている。あたりには硝煙のにおいが立ち込めていた。

 俺たちは近くの市役所の裏に隠れ、どうするか話し合っていた。

「とにかく、正門から入るのは不可能だ。裏口から入学しよう」

「う、うん。そうですね……」

 虎彦がまた他人行儀になった。なんなんだいったい。

「ところで虎彦は、指令をこなせたのか? ずっと俺と一緒にいたが、まだなら……」

 言いかけたとき、虎彦が俺に銃を向けた。

「なっ……なんだ虎彦、急にどうした?」

 両手を挙げる俺に、虎彦は歯を食い縛った。苦渋の表情で言う。

「ねぇ、竜二。君が高校を受けたのは、どうしてだ?」

「なんだ、志望動機か? なんでそんなことを」

「いいから答えてくれ!」

 迫真の声だった。俺は素直に従うことにした。

「……お袋が死んだのは知ってるよな?」

「うん。お金がなくて、薬が買えなかったって。まさか、それが理由?」

「それもあるが、それだけじゃない。俺は、親父を見捨てたかったんだ。親父がお袋を見捨てたように」

「見捨てた?」

「親父はお袋が死んで早々、再婚したんだ。それも、今度は男と」

 ある日突然、親父は勝弘さんを連れてきて、この人と結婚すると言い出した。その時点で俺は、お袋のことをもう忘れたのかと憤ったが、親父にはさらにとんでもない狙いがあった。

「勝弘さんは、高次元技能者で、高級官僚だったんだ。親父は、あいつの金目当てで結婚したんだよ!」

 しかも結婚と同時に、お袋との思い出の詰まった家まで売った。そして勝弘さんの家で暮らすことになった。

「だから俺も、親父を見捨てることにしたんだ。簡単にお袋を裏切るようなあいつは、信頼できない。俺は技能を身に付け、一人で生きていくんだ」

 手を挙げたまま、洗いざらい話した。

 虎彦は……苦痛に顔を歪めている。

「なあ、虎彦。なんで俺に銃を向けるんだ? お前の指令はなんなんだ?」

 正直、予想はついていた。虎彦は震える指で、ポケットから指令書を取り出した。

【山田竜二に高校の敷地を踏ませないこと】

 そこには、そう書かれていた。

「この指令について、ずっと考えてたんだ。どうすれば二人で合格できるだろうかって。でも、どう考えても無理だ。高校の敷地を踏むことが、この試験の合格条件なんだから」

 なんだ、この指令は。

 俺宛の指令は虎彦を合格させること。しかし虎彦を合格させるには、俺が失格にならないといけない。

「しかもこの指令、期限が書いてないんだ! 竜二に敷地を踏ませないのは、試験中だけでいいのか、試験後もずっとなのか? もし後者だとしたら、それを確実に保証する方法はひとつしかない」

『俺が確実に高校の敷地を踏めないようにしなければいけない』? この指令は、たしかにそうとも読める。

「もし竜二の志望動機が下らないものだったら、僕は君の妨害に躊躇しなかっただろう。でも、君の動機は……その動機は、ダメだ。僕も同じような動機だから」

 虎彦は泣きそうになりながら話した。

「知っての通り、僕の家も貧乏だった。君が引っ越した後すぐに、僕の両親は銀行強盗を働いたんだ。そして父さんは射殺され、母さんは終身刑となった。そのとき僕は、高級官僚になろうと決めた。高級官僚になって、お金に困らない人生を歩むんだ」

 俺と虎彦はよく似ていた。だから親友になれたんだ。

 虎彦は指令書をしまい、震える両手で銃を握り直した。

「だから、ごめん、竜二。僕は君を、殺さなきゃいけない。君を殺して、僕は高校に入学する」

 俺を確実に高校の敷地を踏めなくさせる方法。それは、俺を殺すことだ。

 だが、待て。鏑木はルール説明のとき、こう言っていたはずだ。「ここにいる全員が合格することも可能だ」と。なら、相反するこの二つの指令を、同時にクリアする方法があるんじゃないのか?

 考えろ。きっと何か、あるはずだ。

 そのとき、虎彦の足元に白いものが落ちているのに気が付いた。指令書の入っていた封筒だ。さっきポケットから落ちたのだろう。

 そこには、「田中虎彦への指令」と書かれている。

 ……ん? 何か違和感がある……。

「あっ!」

 虎彦の手がビクッと震えた。

「な、なんだ!」

「あるぞ、虎彦!」

「何がだ!」

「俺達二人が、そろって合格する方法が!」


 俺達二人は、満身創痍になりながら学校の敷地へ近づいていた。正面突破は不可能なので、裏口を探しているところだ。

「しっ、虎彦、足音がする」

 俺は虎彦の手をつかんだ。足音は、二人分。しかも片方は、軍靴?

「この足音はまさか……」

「おっ、お前ら生きてたのか!」

 それはこっちのセリフだった。

 角から現れたのはバンダナ男だった。服はぼろぼろに裂けているが、血は止まっている。

「お前こそ生きていたのか……っていうか、その女……」

 バンダナ男の腕に、白いコートの女が腕を絡めていた。

「俺様の、運命の人だ」

「はぁ?」

「もうやだダーリン、そんな本当のこと」

「はぁ??」

 なんでそうなったんだ。

「私を守ってくれたときのダーリン、本当にかっこよかった。あの大きい背中……」

 と、女は聞いてもないのにペラペラと語り出した。なんだこの茶番は。

「ところでお前ら、裏口を探しているんじゃないのか?」

「! わかるのか?」

「おう、ハニーが案内してくれるってよ」

「ありがたい!」

 ラッキーだ。やはり裏口入学には、学校関係者の協力が不可欠だ。

 女に案内され、俺達は高校の裏手へ回った。果たしてそこには、コンクリート塀に人がくぐって通れるほどの大穴が空いていた。

「これ、わざと空いてるのよ。ふふふ」

 と女は愉快そうに笑った。

 なんにせよありがたい。俺達四人は、並んで穴を通り抜けた。

 塀の向こうには、鏑木操が立っていた。

「おめでとう、諸君! 諸君らに再び会えたことを、心より嬉しく思う!」

 拍手をしながら、俺達をねぎらう。

「だが、全員不合格のようだな?」

 鏑木は俺達をぎろりとにらんだ。

「バンダナは論外として、山田竜二と田中虎彦の二人。君らの指令は互いに相反している。虎彦の指令は竜二を敷地に入れないこと。したがって、竜二が敷地に入った時点で不合格。そして竜二の指令は虎彦を合格させること。よって、虎彦が不合格になった時点で竜二も不合格。違うか?」

「ああ、その通りだ。だが、違う。俺達はいま、二人そろって合格した!」

「ほう? なぜだ?」

「その理由は、これだ!」

 俺は一枚の紙きれを、鏑木に突き付けた。

「これはなんだ?」

「これは、戸籍謄本だっ!」

 戸籍。全国民の名前や生年月日などの個人情報が記録された公文書。そこに、俺の名前はこう書いてある。

竜二/姓名履歴:山田→田中】

「今の俺の名前は、田中竜二。俺はつい十分前に虎彦と結婚し、姓を田中にそろえたんだ。だから虎彦の【竜二に高校の敷地を踏ませないこと】という指令は、達成できている!」

 もちろん、簡単なことではなかった。

 婚姻届の提出先は市役所だ。だが今、市役所職員は全員、試験官がすり替わっている。俺達は並みいる市役所職員たちを全員なぎ払い、ヤギの大群から婚姻届を奪い取り、暴走するコンピュータをむりやり押さえつけ、その他諸々の苦労をして、ようやく婚姻届を受理させた。

 だが、それだけの価値はあった。

 二人そろって、合格できたのだから!

 鏑木は、再び手を叩いた。

「素晴らしい……模範解答だ!」

 ま、まじか。本当にこれでよかったのか!

 正直不安だった俺達は、鏑木の回答で、ハイタッチをした。

「二人とも、よくぞ己と向き合った」

「おのれ?」

「田中虎彦は、友を裏切らなかったな。最後の最後まで、ともに合格する方法を模索していた。友を裏切るような人間に、高次元技能を与えるわけにはいかないからな。そして山田……田中竜二は、父と同じ結論を出したな」

「……親父と?」

「そうだ。君は、父が金銭目的で再婚したと思っているだろう?」

 俺は戸惑いながらも頷いた。

「その推測は、間違いではない。だが正しくもない。君は、真実の一側面しか見ていない。君の父が再婚したのは、自分が金持ちになるためではなく、君を死なせないためだ」

「俺を?」

「君は、薬を買えずに母を死なせてしまったことを悔いていたな。それは、父も同じことだった。万が一君が同じ病気にかかったとき、今度こそ救えるように、金を手に入れようとしたんだ」

 そうだったのか? だが言われてみると、親父は俺が高校に行くことを「死にかねない」と言って反対していた。

「それに、父の結婚は金銭目的だけじゃない。君の父は勝弘氏を、純粋に愛していた。だから結婚した。……君も、そうだろう?」

 鏑木は、視線で虎彦を示した。俺も虎彦の顔を見る。

「君が虎彦と結婚したのは、自分が合格するためであり、虎彦を合格させるためでもあった。だが、本当にそれだけか?」

 虎彦と目が合う。

 それだけでは、ないかもしれない。

 俺はこの、ドジで抜けてる友人を、放っておけなかった。きっと指令なんてなくたって、俺は虎彦を合格へ導いただろう。

「そういうことだ。父の気持ちすらわからない人間に、高次元技能は与えられない」

 鏑木は笑みを浮かべた。

「訂正しよう。田中虎彦と田中竜二。両名は見事、合格だ」

 俺達二人は、手を取り合った。

「あ、あの! 俺様はどうっすか!? 二人をここまで連れて来たんすけど!」

「だからなんだ。貴様は不合格だ」

「Noooooooooooooooo!!!」

 崩れ落ちるバンダナ男に、女が寄り添う。

「大丈夫よダーリン。私が訓練してあげるから」

 いいのか、それ。

「そろそろ入学式が始まるな。諸君らは先に講堂へ行き給え」

 鏑木に促され、俺達は微笑みあう。

 手を取り合って、新しい一歩を踏み出した。

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君を殺して、高校へ入学する 黄黒真直 @kiguro

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