君を殺して、高校へ入学する
黄黒真直
前編
試験会場に硝煙のにおいが立ち込める。
僕は短機関銃を両手で握り直した。
ごめん、竜二。僕は君を、殺さなきゃいけない。
君を殺して、高校に入学するんだ。
* * * *
「本当に行くのか」
入試当日の朝になっても、親父はまだ同じことを言っていた。
「高校なんて、死にに行くようなものじゃないか! お前はなんでそんなところに……」
「何度も言ってるだろ、俺は親父とは違うんだ」
俺は玄関で靴を履きながら、つっけんどんに答えた。
「そうだよ、雪雄。きっと、竜二くんには竜二くんなりの考えがあるんだよ」
勝弘さんが親父の肩に手を置いた。
「だけど、高校だぞ!? なんだってあんなところに行かなきゃならないんだ。竜二はまだ、何もわかっちゃいないんだ!」
「親父こそ、俺の何がわかってるんだ!!」
俺が怒鳴ると、親父は悲しそうな顔をした。今さらそんな顔をしたって、もう遅い。お袋を見捨てたお前を、今度は俺が見捨てるんだ。ざまーみろ。
俺は勢いよく玄関を飛び出し、入試会場へ急いだ。
からりと晴れた冬の朝は、かじかむような寒さだった。俺は学ランの詰め襟を閉じた。雪が降っていないのは幸いだ。もし吹雪だったら、まず会場へたどり着けるかどうか……。
そう思ったときだ。
ゴオォ……という地響きが、俺の背後から聞こえた。
本能で危険を察知し、振り返る。
巨大なトラックが、俺を目掛けて突撃して来ている!!
「なっ!?」
俺は咄嗟に横へ飛び退けた。受け身をとって、すぐに立ち上がる。
トラックは、
ドォン!!
という轟音ともに、正面の家に激突した。
「いやぁ、避けたねぇ」
混乱する俺の前に、トラックから日に焼けた男が降りてきた。怪我一つ無いようだ。
「山田竜二くんだね。油断禁物だよ。入試は、既に始まっているんだ」
「なに……!?」
やはり、そうなのか。噂は本当だった。
「まずは受験会場へ無事にたどり着けるかどうか。ここが勝負の分かれ目だ。グッドラック」
男のサムズアップを背に、俺は受験会場へと走った。
本当なんだな。
本当にこれが、高校入試なんだな。
高校――正式名称「高次元技能訓練学校」。三十年以上前に発見された、人間の持つ特殊能力「高次元技能」を訓練するために作られた施設だ。超人的なこの能力で、ある人は百メートルを一秒で走り、またある人は叩くだけで電化製品を直す。
この能力は誰にでも発現するが、ひとつだけ条件がある。
それは、十五歳から十六歳の頃に、血の滲むような訓練を積むことだ。
だから、高校に入学できるのは十五歳の少年少女のみ。その中でも、身体能力と精神力に優れた者ばかりだ。
たとえ入学できても、過酷な訓練に耐えきれず辞めてしまう者があとを絶たない。だがここで一年を過ごし、高次元技能を身に付けた者は、即座に国や軍の中枢へ入ることが許される。そうして高級官僚となれば、いくらでも金が手に入る。
俺は、金が欲しかった。もう貧乏は御免だ。薬が買えなくてお袋が死ぬだなんて、そんな悲劇はもう、二度と起こしたくはない。
試験会場の体育ホールに着いたのは、開始時刻ギリギリだった。途中、トラックに轢かれそうになったのが三回、爆弾テロに巻き込まれたのが五回、そして可愛い猫の大群に囲まれたのが百八回だった。何度も脱落しそうになった。
ホールにはずらりと木製の立派な椅子が並べてあったが、空席も多い。ここまでたどり着けなかった者達がそれほどたくさんいたのだろう。
適当な席を探して椅子の間を歩いていると、懐かしい人影が見えた気がした。立ち止まって、そいつの顔をよく見てみる。向こうも、俺のことに気付いたようだ。
「あれっ、もしかして、竜二?」
「お前……やっぱり、虎彦か!」
うおお、懐かしい! 俺は虎彦のそばに駆け寄った。
「久しぶりだなぁ、虎彦! 元気だったか?」
「うん、もちろんだよ! 竜二も相変わらず逞しそうで何よりだよ!」
俺たちはハイタッチを交わす。こんなところで旧友に出会えるとは。
俺と虎彦は親友だった。しかし俺が親父の再婚を機に引っ越してから、一度も会うことがなかったんだ。
「懐かしいなぁ、何年ぶりだろう?」
「俺が引っ越したのが小五だから、四年ぶりだな」
「そっか、もうそんなになるんだね」
虎彦の口調には哀愁があった。元気そうに見えるが、ここにいるってことは、こいつにもきっと何かあったのだろう。
虎彦の隣の席に座ると、体育ホールの前方に一人の女が現れた。なんの変哲もないスーツ姿だが、その歩き方は明らかに素人ではない。
女が手を挙げると、ざわめいていたホールが急速に静かになった。それと同時に、試験官たちがホールの入り口を閉める。いまこの場にいない受験生は、この時点で失格だ。
女は手を下ろし、明朗な声で話し始めた。
「諸君! まずはこの受験会場への到着、おめでとう! 諸君らに出会えたことを、心より嬉しく思う」
女は軽く敬礼した。
「申し遅れたが、私は今年度入学試験の総試験監督、
ごくり。俺は唾を飲んだ。ルール説明の間だけは……ということは、説明が終わった瞬間に、試験が始まるということだ。
「また、今日この会場で私が話すことは、すべて真実であることを保証しよう。そうでなければ、試験が成立しないからな」
それはそうだ。が、年度によっては、嘘を言うのだろうな。ラッキーだ、今年は易化している。
「ではルール説明を行う。まず諸君らに、武器と、この街の地図、それから指令書を入れたバッグを配る」
通路に立っていた試験官たちが、一人一人に小さいバックパックを配り始めた。俺もすぐ近くにいた試験官から、バッグを受け取る。
「今年度のルールは簡単だ! ひとつ、与えられた指令書の指令をこなすこと。ふたつ、高校の敷地を一歩でも踏むこと。この両方を、ルール説明終了から五時間以内に達成できた者全員が、今年度の合格者だ!」
なるほど、だから試験会場が高校じゃなかったのか。ここから高校までは、そう遠くない。しかし道中には無数の罠が仕掛けられているだろう。
そして何より、指令の内容が問題だ。
会場では、既にバッグから白い封筒を出し、中身を開いている者がちらほらいる。俺もバッグを開けようとしたとき、鏑木が言った。
「いくつか補足を入れておく。すぐにわかるだろうが、指令の内容は一人一人異なっている。また、指令書を開くときは注意した方が良い。他人に見られると達成が困難になるものや、見られること自体を禁じている指令もあるからだ」
その言葉を聞いて、俺はバッグを開く手を止めた。周りでも、慌てて封筒をしまっている奴がいる。
「それからもうひとつ。指令の内容は多種多様だが、どの指令も諸君らが必ずクリアできるように作られている。己の弱さと向き合い、知恵を絞れば、ここにいる全員が合格することも可能だ」
へえ、それは意外だ。この入試は受験生を落とすためではなく、きちんと能力を見るためのものだということか。そして、能力のあるものは必ず合格できる。
「私からは以上だが、何か質問のある者はいるか?」
会場には手を上げる奴はいなかった。誰もが、固唾をのんで鏑木の次の言葉を待っている。
「無いようだな。では、諸君らに再び会えることを楽しみにしている。ルール説明は以上だ」
ガタンッ
会場のあちこちで椅子が倒れる音がした。三割くらいの受験生が、座っていた椅子をなぎ倒して床に伏せている。
俺も早く伏せ……伏っ……。
「しまった!」
椅子からアームが飛び出し、俺の足と腹をがっちりホールドしている。
試験はもう、始まっている!!
「おい、虎彦!」
横を見ると、虎彦も同じように椅子に掴まっていた。
「竜二!」
虎彦が叫ぶのと、椅子が飛び上がるのは同時だった。
立派な椅子の足から、ジェット噴射のようなものが噴き出している。のんきに椅子に座っていた俺たちは、会場の窓から遠く外へと放り出された。
高い、高い。どこまでも上がっていく。ここから落下したら、怪我じゃすまない。
そのとき、ガクンと体が大きく揺れた。顔だけ後ろに向けると、椅子の背からパラシュートが展開されていた。
「竜二! あれを見て!」
俺のすぐ横を落下していた虎彦が、飛んできた方を示す。そこに見えた光景に、俺は目を疑った。
さっきまで俺たちがいた会場が、真っ赤に燃えている。
もし床に伏せていたら、あの炎の中に閉じ込められてしまっていたのだ。
「やったね、竜二! 椅子に座ってて正解だったんだよ!」
「は、はは……やってくれるぜ」
俺たちはゆっくりと、街から離れた畑に落下した。すると椅子のアームは外れ、俺たちは自由の身となった。
やれやれ、街の地図なんていらないと思ったが、こんなところから戻るなら地図はあった方がよさそうだ。
このあたりに落下したのは、俺と虎彦だけらしい。
「竜二、まずは指令を確認しようよ」
「おう、そうだな」
あの衝撃の中でも、バッグだけは離さなかった。武器も地図も指令書も、全部この中に入ったままだ。
「でも、見るときは離れろよ?」
「え、どうして?」
「鏑木の話を忘れたのか? 指令の中には、見られること自体がNGなものもあるんだ」
「あ、そうだったね」
やれやれ、虎彦はどこか抜けていて困る。小学生のときも、俺が何度も虎彦のドジの尻拭いをしたっけ。
俺と虎彦は離れて向き合い、自分のバッグを漁った。
入っていた武器は、角ばったゴツい銃だった。長さは三十センチくらいで、片手でも持てる。街でもたまに売っていて、俺も何度か撃ったことがあった。
そういえば鏑木は、武器については何も言っていなかった。全員同じものが支給されているんだろうか?
そして、問題の指令書だ。表に「竜二への指令」と書かれた武骨な白い郵便封筒が入っていた。その中に、B5の紙が一枚入っている。それを広げると、でかでかとこう書いてあった。
【田中虎彦を合格させること】
……なんだ、これは。こういうタイプの指令もあるのか。
ははーん、なるほどな。虎彦はドジで抜けてるところがあるから、俺が全力でサポートしろってことか。
「おい、虎彦、俺の指令を見てみろ。これから、俺とお前は一緒に行動した方がいいっぽいぞ」
声をかけると、虎彦はビクッと震えて、指令書を慌ててバッグに隠した。
「えっ、え……僕を合格させること?」
「そうだ。お前のことは、俺が全力でサポートしてやるからな! 安心しろよ!」
「あ、ああ、うん。それは、とても、嬉しいですね」
……ん? 虎彦の様子がおかしい。なんで急に、こんな他人行儀になったんだ?
「どうした、虎彦。お前の指令書にはなんて書いてあったんだ?」
「み、見ちゃダメだ!」
バッグの伸ばした俺の手を、虎彦は叩き落とした。
「あ、ご、ごめん。僕の指令書は、その、人に見られちゃダメなタイプの奴だったんだ」
「あっ、そうなのか……すまない」
俺は頭を掻いた。虎彦の方は、指令っぽい指令が出たみたいだな。
「見られちゃダメってこと自体は、言ってもいいのか?」
「え? あ、ああ、うん、たぶん、大丈夫……そこまでは書いてない。……だ、誰にも知られずに、あることを完遂しろっていう、指令なんだ」
なるほどな。……ん?
「そうなると、俺はどうやってお前を合格に導けばいいんだ?」
「えっ?」
「俺はお前を手助けしなきゃいけない。でもお前は、俺に何をするのか知られちゃいけない。互いの指令が、互いに妨害しあっている」
「う、うん、たしかに……。あ、でも、竜二は僕を高校まで導いてくれればいいんじゃないかな? ほら、たぶん、途中に罠とか敵とかが、いっぱいいるだろうし……」
「なるほどな。たしかに、武器の扱いは俺の方が上かもしれないな。そういえばお前の武器はなんだった?」
「えっ、僕? これだよ」
虎彦がバッグから取り出したのは、俺と同じ武器だった。どうやら、全員に同じ武器が支給されていると見てよさそうだな。
もしかしたら、受験生同士で戦闘することもあるかもしれない。そのとき、武器の差は優劣の差につながる。
いや、しかし、鏑木は「全員が合格することも可能」と言っていた。なら、受験生同士で蹴落としあうような指令は存在しないだろう。
「よし、だいたい状況は分かった。早く行こうぜ、虎彦」
「う、うん」
銃を右手に持ち、バッグを背負う。幸い見晴らしはよく、街の方角は見ればわかる。まずはあっちへ歩いて行こう。
「こりゃあああ~~~」
「……ん?」
何か叫び声が聞こえた。振り返ると、一人の老婆がクワを持ってよたよたと走ってきていた。
「おぬしら、うちの畑でなにしよっとか~~~!!」
「げっ、まさか、畑の主か!? 虎彦、逃げるぞ!」
「え、あ、うん!」
俺は虎彦の手をつかみ、走りだした。
「待たんか~~~!!!」
老婆の叫び声に続き、
ドガン!!
という轟音とともに、俺の横の地面が吹き飛んだ。
な、なんだ!?
振り返ると、老婆がクワの代わりにバズーカ砲を構えていた!
「皆の者~~!! 泥棒じゃ! スイカ泥棒じゃ~~~!!!」
「なんだとぉ!?」「盗人許すまじ!」「殺す!!!」
今まで土の中に隠れていた老人たちが、次々と姿を現した。
げぇっ、こいつら、試験官だ!
「に、逃げるぞ!!」
虎彦の手をぐいっと引っ張る。
「ま、待ってよ、竜二!」
「いいから走れって! 逃げながら応戦するんだよ!」
俺は背後に向かって、がむしゃらに銃を連射する。
「ぐああっ」「ぎゃあぁっ」
と言いながら、試験官たちが次々倒れていく。
たった一発の弾丸で、高校の試験官を無力化できるとは思えない。あれはままごとだ。だが、俺たちの方はそうではない。老人たちの投げる手榴弾やトマトを避け、なんとか無傷でこの場を脱しなくてはいけない。
「ど、どうしよう、竜二~!」
「大丈夫だ、これはたぶん、一種のシミュレーションだ。畑から離れれば、もう追ってこないはずだ!!」
俺の読みは当たっていた。
畑を出て街中に近づく頃には、老人たちの姿は消えていた。やれやれ、驚いたぜ。まさかあんな風に、なんの捻りもなく正面から突撃してくるとは思わなかった。
俺は地図を見ながら、街のメインストリートを目指した。高校へはそこを通るのが一番楽だ。上り坂になっているそこは、下の方にはシャレオツなカフェやシャレオツなファッションショップなどが並び、上に行くほど病院や市役所などの公的機関が増えていく。その頂上にそびえ立つのが、俺たちが目指す高校だ。
メインストリートなら一般人もたくさん通行している。さすがの試験官も、そこで襲ってくるのは難しいだろう。
みんな同じ考えをしているのか、メインストリートに近付くにつれ、受験生の姿がちらほらと見え始めた。
「……いや、何か変だ」
俺は本能で危険を察知した。
「へ、変って、なにが?」
虎彦は俺の言葉にびくびくしている。
「さっきから、目にする人間が全員、受験生だけだ。メインストリートに向かう道なのに、一般人が一人もいない。おかしいと思わないか?」
「えっ、だけど、それってどういう……」
虎彦が言い終わる前に、俺たちの上空を軍用ヘリが通過した。
ヘリの行く先を目で追う。ヘリはほんの数秒でメインストリートの上空へ到達した。
そして、地面に向けて機関銃の掃射を始めた!
撃っていたのはごく短い時間だった。しかしたったそれだけで、ストリートが瓦解したであろうことが、巻き上がる粉塵から察せられた。
「ど、どうしよう、竜二!」
「落ち着け、虎彦。ヘリの動きをよく見てみろ」
俺はヘリを指差した。掃射を終えたヘリは、踵を返し、どこかへと飛んでいく。もう撃つ気はないようだ。
「むしろ、今がチャンスかもしれない。今の攻撃で、ほとんどの受験生が脇道に逃げたはずだ。試験官たちは、その逃げた受験生に襲い掛かるだろう。だから逆に、メインストリートは今、手薄なんだよ!」
俺はまた、虎彦の手を引いて走った。
なるべく早く、メインストリートに出たかった。
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