ただひたすらに
水原緋色
第1話
夏、授業で入れるプールが大好きだった。普段からプールに連れて行ってもらうことがないから、余計に今ここでしか楽しむことのできないことであったのだ。
もう一つ大好きなものは夏休みに解放されるプールだった。
更衣室の開く時間から、学校までの通学時間を逆算し、一番にたどり着けるようにしていた。人のいない更衣室で、服を脱ぐ。下には水着を着込んでいたから、それだけで準備完了だ。シャワーを浴びて、消毒液に十秒浸かる。
待ちに待ったプールに入り、教えられた通りにクロールを泳ぐ。周りの子は友達同士で遊んでいたが、僕は一人で、ひたすら25mプールを泳いでいた。
最初の頃は下手っぴで、何度も水が口へと入り、息継ぎがまともにできずにいた。息継ぎができないからと、一度も息継ぎをすることなく十数m泳いだりもした。毎日、毎日、プールに通い、ひたすらにクロールの練習をする。飽きたら平泳をしたりして。時折、遊んでいる子がコース上にやってきて、やむなく泳ぐのをやめることもあった。
そんなことを、毎年繰り返していると、人並みに泳ぐことでき、誰に教えられることもなく見様見真似のターンもできるようになった。
友達と誘い合わせてプールに行った記憶などない。ただ、泳げるようになりたいなっと思って、飽きることなく続けていた。
そんな地味で、人によっては寂しいと捉えられてしまうかもしれない出来事も、今は役に立っている。
「お父さん、泳ぎ方教えて!」
みんなよりも、泳げるようになりたいと息巻く我が子にあの頃の自分が重なり、自然と笑みがこぼれた。
「秘密の特訓だな」
そういうと、目をキラキラさせて大きく頷いた。
あの頃の僕もきっと秘密の特訓をしていたのだ。
ただひたすらに 水原緋色 @hiro_mizuhara
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