彼女のやさしさに気づいた日

はちみつ

第1話 優しい聖女様

 八方美人。

 そんな人間、この世の中にはいないと思っていた。そんな完璧な人間は、物語の中の世界にだけ。そうやって思っていたのに、僕の予想を裏切るかのように、彼女は現れたのだった。




「皆さん、おはようございます。今日も頑張りましょうね!」


 彼女は朝、決まってそう言いながら教室に入ってくる。毎日だ。雨の日だろうと夏場のめちゃくちゃ暑い日だろうと。このクラスになった当初は、友達が早く作りたくて、そうやって愛想を振りまいているだけだと思っていた。


 でも、それは違った。彼女はことごとく僕の予想を裏切る。


 何と彼女は、そんな挨拶をもう半年以上続けている。毎日毎日、教室中に伝わるように、大きく明るい声で。


 ちなみにさっきからごちゃごちゃ喋っている僕は、河野泰吾こうのたいご。高校二年だ。そして……ぼっちだ……。


 二年生になって、もう丁度半年が過ぎた九月半ばだというのに、僕には友達と呼べる人は一人もいない。一人もいないというのは正しい言い方ではなかったかもしれないな。正確には、一人もいらないと言ったほうが良いだろう。


 そう、僕は自分から望んでぼっちになった人間だ。その理由は……今は話さなくていいだろう。


 とにかく、そんなぼっちキャラの僕はクラスの中心的人物である彼女とは接点も何もないはずなのだ。それなのに……


「おはようございます、河野くん!今日もいいお天気ですね!」


 なぜか僕に異様なまでに絡んでくるのだった。


 そんな彼女の名前は白雪楓しらゆきかえで。本当に童話の中の白雪姫の様にきれいな人だ。周りのクラスメイト達は、彼女のことを聖女様と言っている。


 まぁ、そう言うのも分かるのかもしれない。


 高校二年生にしては幼く見える整った外見は、どことなく庇護欲を相手に感じさせ、肩を超えるくらいまで伸びたきれいな黒髪は、彼女の美貌を際立たせている。さらに、そのモデルのような体型までもが彼女という存在を、まさに聖女様と呼ばれるにふさわしいほどに確立させている。


 でも……僕はあまり、彼女という人間が好きではない。誰にでも平等に優しく振る舞うということは、裏を返せば誰とも深く関わろうとはしていないということ。つまり、上辺だけの優しさってやつだ。


 そんな優しさに騙されて、これまでに告白して玉砕したやつは、一体何人いただろうか?ぼっちの僕が知る限りでも三十は余裕で越えている。まったく、意識させておいてバッサリと切り捨てるとは、一体どういう精神をしているのか。


 でも、不思議なことに、彼女という存在に敵意を持つものはこれまでだれ一人として存在しなかった。皆、振られた奴までもが彼女はいい人だと言う。


 それは彼女の才能だと思う。人に寄り添える優しさ。素直にそういう面は尊敬する。


 でも……だからこそ、僕のことは放っておいてほしい。自分からぼっちになった僕のことなど、構わないで良いんだ。君だって、僕なんかに時間を使いたくないだろう?こんな、誰からも認知されていないような奴に。


 だから僕は今日も、彼女を無視してトイレに向かおうと席を立った。廊下に出る前に振り返ると、クラスにいたほとんどの人が僕の方を見ていた。その目は……敵意に満ちていた。


 なぜ聖女様に話しかけられて無視するのか?お前は最低だな。


 そんな風に、その目が物語っている。でも……勝手に絡んできているのは彼女だ。僕は一時だって彼女に話しかけてくれと頼んだ覚えはない。


 と、こんな訴えが受け入れられれば僕の立場も今よりはもうちょっと良かったかもしれない。だが、現実はこんなものだ。常にクラスの人気者の意見が正しいとされ、それより弱いものは否定される。異端は淘汰されるのだ。その代表が、まさに僕なのだろう。


 しつこく言わせてもらうが、僕は決してクラスのやつらとのいざこざでこの立場になったわけではない。このクラスになった時から、もっと言えばこの高校に入った時からずっとこうして一人でいるんだ。一人の空間がこんなにも落ち着くものだと知ったあの時から、僕は友達などというものは上辺だけの、言葉だけのものだと思った。どうせ、最後に大事なのは、個人よりも集団。どんなに仲の良いやつだって、周りからの圧力には耐えきれず、結局は裏切る。


 中学の時、僕が特に仲良くしていたあいつだって……。いや、この話はやめておこう。きっと、誰もこんな話は聞きたがらない。


 とにかく、ぼっちの僕の事なんか放っておいてほしいのに、なぜか彼女は今日もしつこく僕に絡んでくるのだった。




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