最終話 彼女のやさしさに気づいた日
「じ、実は……、わ、私、河野くんの事が好きなんですっ!」
えっ…………?
僕の聞き間違いかもしれなくて、思わず聞き返してしまった。
「えっと、ごめん白雪さん。僕の聞き間違いかもしれないから、もう一回言ってもらってもいい?」
白雪さんは顔を真っ赤にしながらもう一度言ってくれた。
「だ、だから、私は、河野くんが好きなんです……。恥ずかしいですから、何回も言わせないでくださいよ……」
どうやら俺の聞き間違いではなかったようだ。ただ、それにしても、僕を好きになるなんて信じられない。
「白雪さん、それはあれだよ。いわゆるつり橋効果ってやつ。きっと、痴漢された時に助けたのがたまたま僕だったから僕の事を気になりだしただけであって、それは多分、本当の好きではないと思うよ」
そうだ。こんな僕の事を好きになる人など、いるはずがない。それに彼女には、もっと輝いている人が似あう。
ところが彼女は、目に涙を浮かべて叫んだ。
「そんなんじゃないです!私はずっと、河野くんのことを見ていたんです!あなたが廊下に落ちていたゴミをさりげなく拾ったところも、重そうな荷物を持った先生がいたら手助けしてあげていたところも。そういうところ見たら、河野くんの事がどんどん好きになっていったんです……」
どうやらこれは本当のようだ。というか、これ以上の反論は、勇気を出して告白してくれた彼女を深く傷つけてしまうことになる。
それでも、僕はすぐには答えることが出来ない。なぜなら、僕にとっての彼女は数時間前まではクラスが同じだけの他人。それ以上でもそれ以下でもなかったのだから、いきなり好きになれるかと言われても無理がある。
僕が悩んでいるのを察したのか、彼女は言葉をつづけた。
「無理に今、返事をしてもらわなくていいです。まだ、私の事はなんとも思っていないと思いますので。でも、これからはちゃんと見ていてください。関わってください。一人だけで生きていくなんて、そんな悲しいことを考えるのはもうやめてください。辛くなったら、私を頼ってください。河野くんが立ち直れるようになるまで支え続けますから」
僕は意外と、ちょろいのかもしれない。彼女のそんな優しい言葉に、もう惹かれ始めている自分がいる。
「ありがとう、白雪さん」
「あ、あの、それと、私の事は、名前で呼んでください……。楓って呼んでください……」
彼女はまた顔を真っ赤にしながらそう僕にお願いした。僕は彼女に、溢れんばかりの感謝の念を抱いている。そんな彼女の頼みだ。断るわけがないだろう。
「分かったよ。か、楓?これで良い?」
白雪さんは……楓は、とても嬉しそうに微笑んだ。
「はい!泰吾くん!」
おっと、いけない。顔が熱くなってきた。本当に僕はちょろいようだ。きっと僕はもう、彼女の事が好きなんだ。でも、好きになる要素はとっくにそろっていたような気がする。
彼女だけは、めげずに僕に接しつづけてくれたこと。
彼女だけは、僕を信じ続けていてくれたこと。
彼女だけは、こんな僕の事を見ていてくれたこと。
そして……
彼女だけは、僕に優しくしてくれていたこと。
そのすべてに気づいたら、この気持ちを抑えることなんて出来なかった。彼女の事が、もう好きになってしまったようだ。
でも……この気持ちを伝えるのは、まだ待っていようと思う。これから僕は、彼女と関わっていこう。彼女だけじゃない。ちょっと怖いけど、他の、クラスの人たちとも仲良くしたい。そして、僕がまた、昔の様に、いや、それ以上になった時、彼女に伝えたい、この気持ちを。
どうかそれまで、待っていてほしい……。
僕は目の前の彼女を見つめ、そう祈った。
「それじゃあ、また明日、泰吾くん」
「うん、またね、楓。今日は本当にありがとう。それとさ……明日もまた、朝話しかけてくれる?僕もちゃんと、挨拶するからさ」
こんなことを聞くなんて、だいぶダサいかもしれないけれど、それもこれもダメダメな僕のせいだ。仕方ない……。
ところが、楓はとても嬉しそうに笑ってくれた。
「じゃあ、明日の朝は一番に泰吾くんに話しかけに行きます!明日が楽しみです!」
彼女はそう言って、手を振りながら帰っていった。
彼女が帰った後のリビングで、僕は一人、ただ泣いた。
でもこれは、悲しかったり、辛かったりする涙ではない。
嬉しかったんだ。家族以外で、初めて僕の事を信じてくれる人がいて。
楽しかったんだ。またこうして、誰かと会話をすることが。
僕はずっと、人に関わりたくないと思ってきた。でもそれは、どうやら僕の勘違いだったらしい。僕はずっと、怖くて意地でも友達をつくらないようにしていただけだったんだ。本当は、寂しかったんだ。
それに気づかせてくれたのも、全部、楓だ。彼女には本当に頭が上がらないなぁ……。
彼女がやさしくしてくれなかったら、僕はきっと、どんどん下り坂の高校生活、もしかしたら人生になってしまっていただろう。
でも、そんな僕を彼女は暗闇から救い出してくれた。何度も何度も、手を伸ばして。
だからこそ、今度は僕が、彼女を助けてあげたい。彼女を支えてあげたい。彼女に、優しくしてあげたい。
彼女のやさしさに気づいた日、僕はまた前を向くことが出来たんだ。
彼女のやさしさに気づいた日、人と関わることがこんなにも楽しいんだって気づいたんだ。
だからこそ僕は、これからの僕の人生をかけて、
彼女に、与えられるだけの優しさを与えてあげたい。
彼女のやさしさに気づいた日、僕は人にやさしくしてあげたいと思えるようになったんだ。
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どうも、はちみつです。
『彼女のやさしさに気づいた日』、最後までお読みいただきありがとうございます。
今回も、ここまでの短編という形にさせていただきたいと思います。
今回は視点を主人公に固定した物語にしてみました。そして、あえてこれからのことはぼかします。皆さん、それぞれこの続きを考えて楽しんでいただけたら嬉しいです。
そして、今言うのもどうかと思いますが、気に入っていただけたら、応援や評価の方も、よろしくお願いいたします。
また、別の作品、
『ピンク色の傘』:https://kakuyomu.jp/my/works/1177354054897694187
『五年の時を経て、君と』:https://kakuyomu.jp/my/works/1177354054898335574
という二作も投稿しております。
今作が気に入って、もし他の作品を未読だという方はそちらも読んでいただけると嬉しいです。
長々と失礼いたしました。ここまでお読みいただいて、本当にありがとうございました。
彼女のやさしさに気づいた日 はちみつ @angel-Juliet
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