第5話 白雪楓
「あ、あの、河野くん……。白雪です……」
予想外の来訪者に、思わず固まってしまった。白雪さんは、あたふたしながら話し始めた。
「え、えっと、お家は、先生に事情を話したら教えていただきまして。河野くんのカバンを届けてあげたいと言ったんですけど……、やっぱり、ご迷惑でしたか……」
「……どうして。どうして、こんなくそみたいな僕に、白雪さんは優しくしてくれるんだ?僕は君に、すごくひどいことを言ってしまった。君は怒って当然なはずなのに……、どうして……?」
「河野さんは、自分がいけなかったとちゃんと反省してくださってるじゃないですか。それなら、河野さんはくそみたいじゃないですよ。ちゃんと、心のきれいな優しい人です」
さっきの夢を見た後に、そんな言葉をかけないでくれ。そんなことをされたら、僕は……、
「ごめん……!ごめん、白雪さん……!僕、君に本当にひどいことを言ってしまった……!」
泣いてしまった。涙を、止めることが出来なかった。彼女の前で、僕はボロボロと泣き崩れた。
「河野くん、落ち着きましたか?」
僕が落ち着くまで、白雪さんはずっと背中をさすっていてくれた。
「うん……、もう平気。ごめんね、白雪さん……」
「もう謝らないでください。私だって、河野くんがそうなってしまった原因を知っていますから」
お昼もそうだけど、彼女はやはり、何か知っているようだ。
「河野くんに話したいことがあります。上がってもいいですか?」
僕は彼女を家に入れた。女の子を家に入れるのは初めての事だったが、今の僕には緊張などしている余裕はなかった。
彼女が僕の昔を知っているというだけで、心臓が痛いくらいに心拍数を上げた。また、ありもしないことで責められるのではないかと……。
彼女をリビングまで連れて行くと、彼女はソファーに腰を下ろした。そして、ポツリと話し出した。
「私は、さっきも言いましたが、河野君の事を知っているんです。きっかけは、河野くんも感ずいてはいるのでしょうけど、あの、駅でのことです」
その瞬間、僕は全身が固まって、まるで金縛りにでもあったかのような感覚に襲われた。全身に痛いほど伝わる恐怖心。今すぐここから逃げ出したい。
だが、彼女の次の言葉に、僕の恐怖心は、いくらか和らいだ。
「あの時は、本当にありがとうございました!」
「……えっ?」
「私は、あの時痴漢された、あの中学生なんです。河野くんが助けてくれた女の子ですよ。あれ、私だったんです」
えっ……、まさか、白雪さんがあの時の……。
でも、何となく覚えている。僕の記憶の中のあの子も、白雪さんのようなきれいな黒髪の子だった。
「君が……、あの時の……」
「そうです。河野くんに、私は救われたんです。だから、それからの事が全部嘘だってことも知っています。あの痴漢したおじさんが、嘘をついたってこと」
本当に、あの子なんだ。あの時の……。でも……、
「ねぇ。君はあの後、どうしていなくなってしまったの?僕はてっきり、君が説明してくれると思ってたんだけど……」
自分でも、意地の悪い聞き方だとは思ったが、こう聞くよりほかなかった。
すると彼女は、目に涙を浮かべて、思いっきり頭を下げた。
「ごめんなさいっ!あの時、私、駅員さんに説明しに行こうと思ったんですけど、途中で同じ学校の人に見つかってしまって。それでそのまま学校に……。謝って許してもらえるなんて思ってないですけど、本当にごめんなさい……!」
そう言って彼女は泣き出してしまった。やはり、彼女は自分が責められていると思ってしまったようだ。これは、僕の聞き方に問題があったかな……。
「ち、違うよ、白雪さん。僕は君を責め立てようなんて微塵も思ってないから。むしろ、無事でよかったよ」
そう言うと、白雪さんは顔をくしゃっとゆがめて僕に抱き着いてきた。
「うわぁ~ん!ずっと、ずっと河野くんに怒られたらどうしようって、怖かったんです!学校でも、ああなってしまった原因は私だって知ってたから、少しでも誰かと喋れるようにって思ってたんですけど、まさかそれが河野くんのご迷惑になっていたなんて思ってなくて……」
彼女なりにそんな思いがあって僕に接してくれていたなんて……。これは、本当に悪いことをしたな。
「本当に、ひどいこと言ってごめんね、白雪さん。君がそんな風に僕の事を考えていてくれたなんて全然知らなくて……」
僕はそっと白雪さんの背中をさすった。さっき彼女が、僕にしてくれたように。
「……ぐすっ……、今知ってもらえただけでも、私は十分です……。もしかしたら、このままずっと伝えられないんじゃないかって、思っていたので……」
「ありがとう、白雪さん。僕の事を信じてくれて。僕に、ありがとうと言ってくれて」
白雪さんは顔を上げて、少し怒ったように頬を膨らませた。
「当たり前じゃないですか!助けてもらった方にお礼を伝えるのは当然のことです!それに、私は河野くんの事、信じてますよ。あなたはとても優しい人だと知ってますし、とても誠実な人だと知っています。だって、この高校に入学してからずっと、あなたの事を見ていましたから」
全く知らなかった。思えばいつも、下を向いて歩いていたからか。誰かに見られていたなんて、考えもしなかった。
「じゃあ、僕も。あんなひどいこと言ったのに、僕の事を見捨てずにいてくれてありがとう」
人を避けることを望んでいた僕が、初めて、人に関わることの喜びを感じた。それも全て、目の前にいる彼女のおかげだ。本当に、感謝の気持ちが溢れてくる。
「あ、あの、河野くん……。実は、もう一つお伝えしたいことがありまして……」
どうしたんだろう?いきなり様子ががらっと変わった。
「じ、実は……」
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