第4話 僕の過去
クラスを飛び出して、そのまま学校も出た。カバンは教室に置いたままだったが、それは明日まで置いておけばいいだろう。幸い、定期などは僕のポケットの中に入っているから、家に帰ることはできる。
今日はもう、帰って寝てしまいたかった。そうして今日が終わって、明日、また昨日までと変わらぬ毎日を過ごしたいと思った。
駅まで早歩きで行って、ちょうど来た電車に駆け込んだ。電車の中でも、何をするでもなくただボーっとする。前に座っていたおばさんが、訝しい目で僕を見てきたが、無視だ。そうですよ、僕は今学校をさぼってきたんですよ。
最寄り駅に着いて、朝歩いたばかりの道を逆方向に歩いて行った。そうして誰もいない家に入る。この家には、僕意外誰もいない。別に両親が離婚や死別しているというわけではなく、僕が地元を離れるために、両親が一人暮らしを始めさせてくれたんだ。
家に帰っても何も気力が起きずに、そのままソファーに突っ伏した。視界を遮ると、今日の出来事が僕の頭の中をぐるぐるとめぐっていく。浮かんでくるのは、明日からの平穏な生活を取り戻した嬉しさよりも、彼女に対する罪悪感だった。
だが、それが不思議で仕方ない。なぜ、僕は彼女に謝りたいと思っているのか?なぜ、僕は彼女が離れていくことを素直に喜べないのか?そんなことを考えているうちに、いつのまにか眠ってしまった。
眠りについて、僕は昔の夢を見た。僕がここまで人と関わることを拒絶する原因となった、あの出来事の夢を。
あの日は、確か日曜日だったと思う。当時、中学三年生だった僕は近くのデパートに行くため、一人で電車に乗っていた。その時、たまたま見てしまったのだ。目の前の男が、僕と同じくらいの女の子に痴漢しているところを。
僕は咄嗟にその手を掴んで、次の駅で無理やり引きずりおろした。女の子にもそっと目配せをすると、その子も一緒に電車から降りてついてきた。
ホームに降りると、その男は突然大声を上げた。
「た、助けてくれっ!このガキが、私のカバンから財布を盗もうとしているんだ!」
びっくりして、男を掴む手が緩んでしまった。その隙に、男は僕の手を自分のカバンの中に突っ込んで、僕の手を上から押さえつけるようにした。
「ちょ、お前!何言ってんだよ!僕はお前が、電車の中で女の子に痴漢してるのを見て、それでっ!」
「何を適当なことを!第一、君は僕のカバンに手を突っ込んでるじゃないか!これが動かぬ証拠だろう!」
僕はそのまま、駆けつけた駅員に、事務室まで連れていかれた。その男は別の場所で嘘を吐き散らしていたらしい。
僕は、男が嘘をついていることをどうにか伝えようとしたが、信じてもらうことは全くできなかった。女の子はその時にはもう姿を消してしまっていた。
こんなことなら、助けなければ良かったか……。
自然と、そんなことを考えていた。
結局僕は、防犯カメラに決定的な証拠がなかったために、証拠不十分と判断され、厳重注意で済まされた。一応、親にも連絡がいったが、僕が説明すると、二人だけは信じてくれた。
だが、両親が信じてくれたからと言って、その他全員が信じるというわけではない。僕が次の日、学校に行くと僕にとって良くない状況になっていた。
クラスに入ると、そこにいた全員から怯えたような目で見られたのだ。流石に昨日のあの一瞬の出来事を見ていた奴などいないだろう、僕の勘違いだと思い、僕はクラスで一番仲が良いと思っていた
「お、おはよう、京平。なんか、クラスの雰囲気がいつもと違うな……」
ところが、いつまでたっても京平からの返事がない。僕が彼の顔を覗き込むと、彼は怯え切った様子で、小さくこう告げた。
「もう……、俺に関わらないでくれ。俺に話しかけないでくれ。お前と共犯だとか疑われたら、俺は生きていけない……」
どうやら誰かに見られてしまっていたようだった。だが、それもここで誤解を解けばいいだけの話だ、そう思い、僕は軽い口調で話し始めた。
「嫌だな~。あれは誤解なんだって。京平も、誰から聞いたのかは知らないけど、そんな噂信じないでよ。僕がそんなことするやつに見える?」
京平は、その目に少し怒りを見せた。
「俺だって!お前がやったなんて信じたくないんだよ……!でも、あれを見たのは俺なんだ……。向かい側のホームで、俺が泰吾がおじさんのカバンに手を突っ込んでるのを見ちゃったんだよ……」
まさか、京平に見られていたなんて思いもしなかった。でも……
「京平。僕の事を信じてくれないのか?僕たち、友達だろう?」
「悪い……。俺はもう、お前のことを友達とは見れないし、信じることもできない……。お前はもう、俺の中では犯罪者なんだよ……」
信じられなかった。こいつだけは、京平だけは、僕の事を信じてくれると思っていたのに。こんなにもいとも簡単に裏切られてしまうなんて……。いや、そもそも友達だと感じていたのは僕だけだったのかもしれない。彼はただのクラスメイトとしか僕の事を見ていなかったのかもしれない。
なんて、滑稽だろうか……。僕が勝手に友達だと思い込んで、僕が勝手に信じてくれると思い込んでいた。
他の人だって同じだ。僕が勝手に、クラスメイトなら僕の事を信じてくれると思っていた。自分があまりにも馬鹿に思えて、笑えてきた。……そして同時に、悔しくて、涙がこぼれそうになった。
僕は教室を飛び出して、家に帰った。そして、その日から部屋に引きこもるようになって……。高校に入学するのを機に、僕は誰もいないところへ引っ越すことに決めたのだった。
「……あれ?僕、寝ちゃってたのか……」
気づくと外はもう夕暮れ色に染まっていた。時間は四時。およそ二時間ほど眠っていたことになる。
だんだんと意識がはっきりしてくると、自分の腕が濡れていることに気づいた。そして、目も。どうやら泣いてしまっていたらしい。
「はは……、最近はあの夢も見なくなったと思ってたんだけどなぁ……」
こっちに引っ越して半年ほどは、毎日のようにあの夢を見て泣いていた。ここ最近はもう見ることも少なくなってきていたから大丈夫だと思っていたのだが、どうやらまだダメらしい。全く、僕は弱いなぁ……。
「あの時も、こうして逃げ帰ってきたんだよな……」
京平に友達ではないと言われたあの日も、僕は今日の様に逃げ帰ってきたのだった。結局、何年たとうと、僕の根は変わっていないということだ。自分が情けない……。
泣いていても仕方ない。もう夕方だし、夕飯でも作ろうかとなったところで、玄関のチャイムが鳴った。
はて?通販で、なんか買い物でもしたっけか?
とりあえず、出ないわけにもいかないから、僕は急いで玄関に向かった。
「は~い。どちらさまです、か……」
「あ、あの、河野くん……。白雪です……」
玄関前に立っていたのは、白雪さんだった。
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