第2話 お昼ご飯
彼女が僕に絡んでくるのは朝に限ったことではない。例えば、昼休みだって……
「河野くん!一緒にご飯を食べませんか?」
なぜ?なぜそこまで僕に構おうとする?意味が分からない。だから僕はいつもと同じように無視して教室を出ていく。一瞬彼女がひどく悲しそうな顔を見せたが、気のせいだと思うことにした。だって、彼女が僕と仲良くする理由など、一つもない。揶揄っているのだろうか?だとしたら、相当嫌な女だな……。
僕は決まって、お昼ご飯は屋上で食べる。ここは静かでいい。世の中のあらゆるものから解放されたような感じがする。そして、定位置はこの柵に沿って置かれているベンチに座って食べることだ。こうして何の音もしない静かな空間でご飯を食べることが、僕の唯一の安らぎでもあった。
だが、ベンチに座って弁当を食べようとすると、バタンっ!という大きな音とともに、誰かの足音が聞こえた。どうやらこの空間が、他の人に知られてしまったようだ。あぁ……僕一人のやすらぎの場が……。
と思ったら、入ってきた人はよりにもよって、彼女だった。
「河野くん!ようやく見つけましたよ!探すの大変だったんですからね!」
「はぁ……」
思わずため息が出てしまった。なぜ君がここに来る?他の人ならまだ、安らぎが奪われることは無かったというのに……。
「いつもここで食べてたんですか?」
彼女は僕のため息など全く聞こえていないとでも言うように僕に質問した。
「…………ねぇ、君は、なんなの?」
そう聞かずにはいられなかった。
「どうしてそこまで僕に構うの?」
彼女は少し恥ずかしそうに言った。
「河野くんと……友達になりたいから」
あぁ……と納得した。きっと、今まで告白した奴はこの笑顔に落とされたんだろう。こんな笑みを向けられたら、大半の男子は勘違いしてしまうに違いない。そう、大半の男子はね?
「そう、じゃあ僕は君と友達になる気はないから、お断りするよ。要件はそれだけ?じゃあ、僕はお昼を食べたいから、どっか行ってもらえないかな?」
僕にそんなものが効くと思ったら大間違いだ。残念だったね、僕は笑顔一つに騙されるようなやつじゃないんだよ。それよりもご飯が食べたいんだから、早く出てってくれないかな……。
「じゃ、じゃあ、一緒に食べてもいいですか?実は私も持ってきたんです!だから、一緒に食べましょう?」
面倒くさい……。僕は確か、どっか行ってと言ったよな?聞こえなかったのか?
「あのさ……僕は一人で食べたいんだよ。だから、君は教室ででもみんなと食べればいいじゃないか。とにかく、どっか行ってくれ……」
流石に彼女もあきらめるだろう。
その予想は正しかったらしく、彼女は僕に背を向けて去っていこうとしたが……
「きゃっ!」
「はぁ……」
またため息をつかずにはいられなかった。彼女は屋上の扉を開けて出ていこうとしたのだが、段差に気づかず転んでしまったのだ。当然、お弁当も床にぶちまけられてしまった。
これは、僕が悪いのか……?
僕は追い払っただけだから悪くはないと思うが、扉のところでうずくまる彼女を見たら自然と罪悪感が生まれた。
仕方ない……。昼飯はお預けかな?
「あの、白雪さん……。ごめん……」
彼女は僕が謝ったことにびっくりしたのか、こっちを見てぽかんと口を開けている。目元は……少し濡れていた。
「べ、別に、河野くんが悪いわけじゃ……」
彼女は本当にいい人らしい。僕に向ける目は、全く敵意などが含まれていなかった。だからといって、彼女と親しくなる気は微塵もないのだが。
「いや、でも、無理に追い払っちゃったのは僕だからさ……。それに、お弁当だって。……もし僕のでよかったらあげるよ?」
白雪さんは本当に驚いたようで、いよいよ固まってしまった。失礼な……僕にだって心くらいはある。
「え、河野くん……、どうしたんですか……?」
「いや、別に深い意味はない。僕が無理やり追い払ったから君は転んだ。つまり、原因は僕にもある。まぁ、言うなれば、借りを作りたくないんだ。だから、この弁当、君にあげるよ」
彼女は僕との距離を詰めて、お弁当を受け取った。はぁ……昼抜きか……。でも、これで彼女に借りを作る方が後々嫌だからな……。
彼女は僕の定位置であるベンチに腰掛けて、僕の弁当を食べ始めた。
「これ、河野くんが作ったのですか?とってもおいしいです!」
これくらいは作れないとな……。僕、一応一人暮らししてるし。まぁ、反応が面倒くさそうだから、言わないけど。
「じゃあ、それは明日返してくれればいいから」
もう用事もなさそうだし、教室に帰ってもいいよな?一日に他人とこんなに喋ったのは初めてだから、疲れた……。
「え?だめですよ。こっちに来て座ってください」
「は?いや、用事っていうか、取引は済んだだろ?もうよくないか?」
「今戻っていったら、クラスの人たちに、河野くんに突き飛ばされたって言います……」
こいつ……、一体どういうつもりだ?
「僕はそんなことしてないだろ?大体、なんでいなくちゃいけないんだ?」
「一人は寂しいからです。それに……クラスの方々は、私とあなたのどちらを信じると思いますか?」
まじでめんどくさい。これだから人とは関わりたくないんだ。一人でいるほうが何倍も楽に決まっている。
とはいえ、彼女に逆らったら僕はいよいよ社会的に危ないので、おとなしく屋上に残るのだった。
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